第四十二話 エルフの里の過去(後編)
「エレナ!?スフィアさんは大丈夫なの?」
「ええ、スフィアの容態も安定しているようですからこちらに話を伺いに来たところに昔話をしていたようですので。 申し訳ありません、盗み聞きをするような真似をしてしまいまして――」
エレナは部屋に入りながらヨハン達の近くに立つ。
「かまわんよ。しかし、確かにそのエルフの里襲撃の件は王家の側近が画策したものじゃが、何故お主がそれを知っておる?」
「今回この依頼を受けるに当たって父からその話を予め聞いておりましたので」
「父とな?そのお主の父とは?」
村長は目を丸くしてエレナを見た。
「はい。お初にお目にかかります。わたくしは王家の娘、エレナと申します。父はシグルム王国の国王であるローファス王でございます」
エレナは綺麗な所作を用いて一礼する。
その所作の綺麗さだけでエレナが高貴な生まれのものだと物語っていた。
「なんとっ!?王家の姫が直々に来ておったのか。じゃが、一体何故?」
「わたくしも今は王家の習わしでただの学生として過ごしております。ただの冒険者でしかありません。それにこれはパーティーとしての依頼ですので、特に特別な対応をして頂かなくても大丈夫ですわ」
エレナはにこりと微笑む。
「そうか、ならば何故仲間に歴史を話してやらなんだ?」
「わたくしもついこの間父から聞いたばかりの話ですし、父からはエルフに直接接して自分で判断しろと言われておりました。それに、話の内容からしても王家の恥です。依頼内容に直接関係ないようでしたら秘匿しておかなければなりませんでしたですが、無関係でもなさそうですわね」
「そうか、なるほどのぉ。各々事情はあるものよの」
村長はヨハンとエレナを交互に見た。
「まぁよい。では話を続けるぞ?」
その後村長より話された内容は、先代国王の側近であった臣下がエルフの力を使って、国家転覆を謀ろうとしたのだという。
水面下で計画を練り、同時に野心に満ちた強力な冒険者を複数雇い、エルフの里の襲撃を行った。
エルフの里襲撃の報告を遅れて受けた先代国王は、スフィンクスに国家転覆を企てた一味の討伐依頼を行う。
そしてエルフの里を中心とした中での激戦が行われ、最終的に全て掃討されたのであった。
「――そんなことが…………」
村長の話を聞き終えたキズナのメンバーの表情は皆暗く、どう言葉を口に出していいかわからない。
それまで村長の横に立ち、無言を貫いていたナナシーがそこで口を開いた。
「皆さん、そんな顔をしないでください。話の中にもありましたが、エルフは人間全てが悪だとは思っていません。ですが、これらの歴史があるように、人間への不信感は拭いきれません。そのため、エルフはこれからも一部の人間と繋がりを持つのみで、その生活は変わらないのです」
「そういえばナナシーさんはどうしてこの村にいるの?」
ふと疑問に思うのはナナシーの存在。
どうしてこの場、この村にいるのか。
「それは、やはりエルフの中にも人間に興味を持つ者もいるのです。少ないながらも。そうなると狭いエルフの世界に閉じこもるのではなく、人間の世界も含めて広い世界を見てみたいって思ってしまいますからね」
ヨハン達の顔を真剣に見ながら答える。
「ただ、さすがに素性がばれるのは困りますし、里の中にはそもそも人間の世界に踏み込むのを嫌がる者もいます。そのため、そういった一部のエルフの希望を叶える為に王家が秘密裏に用意したのがこの村なのです。本当にごく一部ではありますが、里の決まりを破り脱け出す者もいなくはないのですが……。そういった者ははぐれになります」
「そうだったんですね。それでこの村に」
「ええ。ですから私は人間に興味のある少数派ということですね」
そう言ってナナシーはにこりと微笑んだ。
色々と納得するにはしたのだが、ここに来た目的はエルフの話を聞くことではない。
「エルフの歴史についてはわかりました。それで、村長。エルフの里に行くにはどうしたら?」
「それのことなんじゃが、恐らくお主等の仲間はこの村に立ち寄るつもりじゃったと思うぞ?さっきも言ったが、エルフの里との繋がりをこの村は持っておる。というか、この村を通じてでしかエルフの村には辿り着けん」
「そうなんですか!?それで、その方法は?」
「まぁそう急ぐなて。仲間の容態も安定したのじゃろ?夜も更けた。とりあえず今晩は泊まっていきなさい。続きは明日で良かろう?」
窓の外に映る景色はもうどっぷりと夜に浸かっている。
「それもそうだな、俺もう腹減ったよー」
そこでレインが唐突に気の抜けた声を出した。
「そうですね、では皆さん、先にお風呂に入ってきてください。その間にお食事を用意しておきますので」
「やたっ!やっとまともにお風呂に入れるわ!」
モニカが嬉しそうにしているのに対してエレナはどこか浮かない表情をしていたが、それに気付いたナナシーがそっと声を掛けた。
「そんな顔をしないでください。私たちはきちんとわかっておりますので」
「ありがとうございます。王家の人間としてこれからもエルフに危害が及ばないよう十分な配慮をしていきますわ」
「ええ、よろしくお願いします」
二人で顔を見合わせて笑い合い、それを横目に考える。
「(せっかくもう一度関係を築き直しているんだから、この関係はこれからも続けなければいけないよね…………)」
こうして長い一日が終わった。




