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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百二十七話 急転直下

 

「それにしても、レイン、強くなってたなぁ」


 森の中を駆けながらヨハンは先程のやり取りを思い返す。

 レインに背後を取られた一瞬。余裕を持って躱すことはできたのだが、僅かながら肝を冷やした。

 強くなっている自信と実感は持っている。しかしそれは自分だけでなく周りにしても同じなのだと。


「僕もうかうかしていられないね」


 そうして気配を殺しながら森の中でサナの捜索を始めるのだが、同時に思い出す。


「そういえばゴンザはどうしてるんだろう?」


 上手く誰かを倒すことができていればいいとは思うものの、エレナ達が後れを取るとも思えないし、多対一に持ち込まれればそれもまた同じ。


「無事だといいけど」


 なんとかして共闘できないかと考えていた。



 ◆



「……なにを、しているの?」


 明らかな怒気を見せてナナシーは正面に立つ男を睨みつける。


「おいナナシー、落ち着け!」


 ヨハンに退却され次の相手を探し始めていたチーム5なのだが、それはすぐに見つかった。

 目の前には激しく燃える森の木々。その中央にはニヤリと笑みを浮かべているゴンザがいる。


「なにをしているかだって? はんっ。テメェが来てくれて良かったぜ」


 森がまるで助けを求めるような(こえ)を響かせたのでナナシーは急いでその場に駆け付けていた。それをわけもわからずただ追いかける形になるレイン。


「つまり、あなたは私達をおびき寄せるために森を焼いているというのね?」

「あん? それ以外に何があるってんだよ? 頭わりぃなテメェは。別にてめぇじゃなくてもよかったんだがな」


 ゴンザの言葉を受けたナナシーは俯き加減にピクッと指を動かす。


「ははーん、なるほどなるほど。単細胞のエルフは人間様の偉大な戦略に驚いているようだな。どうだ? 理解できたか?」


 続けざまに吐き捨てられる言葉にナナシーは拳をギュッと握りしめた。


「落ち着けってナナシー! あいつはお前を挑発してるだけだろ!」

「止めないでレイン! そんなことはわかっているわよ」


 肩を掴むレインをキッと睨みつける。


「でも、それとこれとは別よ。アイツのしたことは許せるものではないわ!」


 自然を愛するエルフが故の怒り。生きていく上で必要なだけの狩や伐採などということは許容できる。むしろそれもまた自然の摂理。それが生物が生きていくということなのだから。

 しかし、エルフの中にはそれが認められず嫌悪感を抱いて忌避している者もいる。ナナシーも人間の世界に関しては他のエルフよりも幾分か詳しいとはいえ、目の前の行いを容認できない。森は生きている。生命である植物や木々の生殺与奪の権利を目の前の人間には与えられていない。

 まるで無意味に、ただの自己満足の為だけに行われるなどあってはならない。目の前で悪辣な態度を見せる男のそれは、さながら快楽を求めているかのようにすら映った。


「そんなことより、早く消さねぇと!」


 声を大きくするレイン。このままいけば火は大きく燃え広がり、下手をすれば大惨事に陥る。


「消したきゃテメェらで好きなようにやりな」

「もちろんそうさせてもらうわ」


 一回戦のゴンザを見ている限り、倒すのにそれほど手間はかからない。すぐに意識を刈り取って消火にあたるつもり。即座に弓引く姿勢になり、瞬時に形成されるのは薄緑の弓矢。


「はっ!」


 間髪入れずに放たれる一迅の矢は疾風となって一直線でゴンザへと向かっていった。


「んだ?」


 ゴンザが大剣を一振りすると、バシッと音を立てて矢が消滅する。


「え?」

「あいつ、アレが見えたってのか?」


 ナナシーとレインが同時に驚きを見せるのは、ナナシーは決して手加減をしたわけでも躊躇いを見せたわけでもない。むしろ間違いなく矢を射る速度はこれまでで最速だった。


「おいおいおい。舐めてんのか? 本気でやれよ? それかテメェらはさっきのように不意討ちでもしなけりゃ俺を倒せないのか?」

「言って、くれるわね!」


 ギンッとゴンザを睨みつけるナナシーは地面を踏み抜いて一直線に向かう。


「とろいぜ。さっきはもっと速かったじゃねぇかよ」


 真っ直ぐに突き出されたナナシーの正拳突きを、ゴンザは目測違わず正確に読み切った。

 スッと身体を斜めにして、拳を躱すなりそのまま手首を掴み取る。


「がっ!」


 立て続けにナナシーが腹部に受ける強烈な衝撃。勢いよく振り上げられるゴンザの膝。


「おいおい、あのやろう、一体どうなってやがんだ?」


 目を見開きながら度々の驚きを隠せないレイン。

 およそこれまでのゴンザでは考えられない身のこなし。それは間違いない。



 ◆



「へぇ。確かに彼のやり方は褒められたものではありませんが、なるほど。エルフの彼女と互角にやり合える学生が他にもいたのですね」


 観戦席で感心の声を上げるマックス・スカーレット公爵。

 元々エルフの来都の報告は受けており、その際にナナシーとサイバルの強さの基準を長であるクーナによって教えてもらっていた。

 兄のローファス王や既知の仲であるアトムにエリザといった面々からも、学生でありながら特級の戦力にまでなったエレナ達と比較しても遜色ないと教えられている。


「カレン様、おっとここではカレン先生とお呼びしなければいけませんね」

「い、いえ、それはどちらでも構わないのですが……」

「ですが?」

「彼、あそこまで強かったのかと疑問に思っていまして」


 まるで一回戦とは別人のよう。確かに素行が良くないのは選抜の名前を読み上げた時にしても、もっといえば普段の授業態度からしてもそうだった。


「どうやら彼らの年代は豊作年と言われているようですよ。マリンもその豊作に含まれていればいいのですが。いや、選抜されているのですからそれを見に来たのでした。今のところそのような片鱗は見えないですね。もう次で最後ですからさっきのような油断をしなければいいのですが」

「……そうですね」


 ははは、と笑うマックス公爵の横でカレンも仕方なく笑顔を返すのだが、その横に座っているニーナは難しい顔をしている。


(んー? おっかしいなぁ)


 視界に入る巨大な森。黒煙を上げている場所は一ヵ所しかないので、その場所で現在ゴンザとナナシーにレインが交戦に入っていることは理解していた。


(あれってなんなんだろう?)


 映像の魔道具からは全く視えないので確認のしようはないのだが、目視できる黒煙が上がっている場所から僅かに覗かせている妙な色。魔眼をギュッと凝らしてみてようやくなんとか視認できる黒煙とはまた別の黒い煙がぼやけていた。


「ねぇカレンさん?」

「なによニーナ」


 小さく耳元でそっと話し掛ける。


「あたし近くまで見に行って来てもいい?」

「見に行くって?」

「あっちあっち」


 トントンと指差す先は黒煙が立ち昇る場所。


「ダメに決まってるでしょ!」

「で、でも」

「でももなにもないのっ! いいからあなたはジッとしていなさい!」


 これまで大人しくしていたかと思えば突然の発言。突拍子もないことを言いだすニーナに思わず呆れてしまう。試験の結果がどうなるにせよここまでは一応順調に進んでいる。不満があるとすれば、ヨハンの足を引っ張りまくっているゴンザの行動。反りが合わないのは見て取れるのだが、もどかしさしかない。腹立たしさを抱いたとしてもそれは学生同士のこと。表にはださないよう公正に務めていた。


「とにかく、今日は我慢してよね」


 でないとニーナを止めることができなかったといって怒られるのはカレンに他ならない。


「……わかったよ」


 そのままニーナは前方にいるシェバンニを見ると、丁度シェバンニも振り返ったところで目が合いニコリと微笑まれる。その無言の眼差しが言いたいのは妙なことをしないよう牽制しているのだということは理解している。


(まぁ……もうちょっと様子を見ればいいか)


 どうしても気になれば最終的に抜け出せばいいだけと考えていた。



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