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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百二十五話 取引

 

 一方その頃、別の場所では。


「なるほどね。つまりチーム2の初戦のリーダーはあのエルフだったわけね」

「はい。マリン様」


 ヨハンとナナシーが開戦の狼煙を上げた頃と時を同じくして、チーム3とナナシーを除いたチーム5が顔を合わせていた。

 話し合っている中心はマリンとカニエスであり、その内容は互いの情報交換。レイン達他のチームメンバーはその様子を遠巻きに見ている。


(だったら恐らく最終戦はエレナがリーダーを務めるのに間違いないはずだわ)


 一回戦で大きく差を広げることに成功したチーム2が二回戦でも大きくポイントを稼げば最終戦では真っ先に狙われる対象になってしまう。その大事な最終戦に於いて戦力が一番劣るロイスがリーダーを務めてポイントを損なうような愚行を犯すはずがない。


(これであとは彼がどうするかですわね)


 マリンの脳裏を過る一人の少年。

 チーム4どころか選抜された中でも確実に一番の脅威。王宮内で偶然耳にした話によれば王国を出ている間にS級まで上り詰めているというのだから。

 とても信じられなかった話であったのだが、両親が最強に謳われているヨハンの素性を考えるとなくもない話。詳細はわからないままだったが父に確認したところ、誤魔化されはしたもののその反応から見ても間違いはない。一体どれだけ凄いのかと。そのヨハンを追いかけているレインにもまた思わず感心してしまう。


(あのエレナを果たして出し抜けるかどうか)


 今回の選抜試験で最大限に警戒しなければいけないのがもう一人。

 総合力でいえばもう既に単独で特級戦力である王女エレナ・スカーレット。誰もが認めるその実力の高さは折り紙付き。


「カニエス」

「はい」

「あなたはこのあとどうするつもりなのかしら?」

「……そうですね。可能であれば私達で倒せる相手を見つけ、ポイントを重ねたいところですが、果たして見つけ出せるかどうか」


 互いの利害の一致ということで情報交換をしているのだが、他にはチーム1を巻き込みたいのがカニエスの本音。その過程でチーム2とチーム4の誰かを見つけることができれば相手によっては多対一の状況に持ち込めるよう画策するつもりだった。


「おいマリン!」

「!?」


 不意にマリンの背後からレインが肩を掴む。


「なんですの!?」


 マリンとカニエス以外の接触はしないという話でレインとオルランドとシリカは距離を取って動向を見守っていたのだが、レインがマリンに近付いたことでオルランドとシリカも慌ててその場に駆け付けていた。


「いいから隠れろって!」

「え?」


 がっとレインはマリンの頭を押さえ込んで地面に伏せさせる。交戦に入ったわけではないと判断したカニエス達もレインとマリンと同じようにして身を伏せた。


(な、なによ突然!)


 驚き困惑してしまうマリンなのだが、目の前にあるレインの顔を見て鼓動を高鳴らせる。

 その真剣な横顔に思わず魅入ってしまっていた。


「――聞いてるか?」


 何やら小さく声を掛けていたレインなのだが、反応がないことで首を回す。その距離は目と鼻の先。


「「!?」」


 目と目が合うその間近さに互いに目を見開いて思わず逸らす。


「す、すまん……――」

「い、いいことですわ……――」


 羞恥に顔を赤らめ無言の間が生まれるのだが、その場は二人きりではない。本来主人であるマリンが普段見せない表情、明らかにレインを意識している顔を見せたことで肩をわなわなと震わせているカニエスを、オルランドとシリカが必死に押さえつけていた。


「ここは我慢しろカニエス」

「し、しかし!」

「そうよ。マリンなら大丈夫よ。あの子ああ見えてうぶなんだから」

「……っ」


 シリカから見てもレインは明らかにナナシーに気がある。あれだけデレデレとしていれば容易に見て取れた。気付いていないのは本人とよっぽど鈍い人間だけ。目の前のマリンのような。それがカニエスとしてもまたもどかしくも腹立たしくもあった。


(マリン様は一体あのような小僧のどこが)


 普段のレインは軽薄でお調子者。エレナとモニカと行動を共にしていることでいくらか周囲の反感を買ってはいたのだが、上下関係が成立しているのも周囲は理解している。


「そ、それでレイン? ど、どうしたの?」

「あっちだよ」

「え?」


 くいッとレインが指差す先にはモニカがテレーゼを背負って歩いている姿。その後ろをユーリと教師達が歩いていた。


「……テレーゼがチーム1のリーダーでしたのね」


 教師を同伴していることからする判断。モニカが傷を負っていない中、意識を失っているテレーゼと負傷していながらも一人で歩いているユーリ。


(だったら話は早いですわね)


 二回戦を終えてのポイントであとは大まかに計算できる。


(あのエルフ、上手くポイントを稼げればいいけど)


 単独行動を容認したナナシーが今頃どうしているのか考えたのだが、ポイントを稼ごうが稼げまいが正直マリンからすればどちらでもいい。稼げれば恐らくエレナと肩を並べられる程度のポイントになり、仮に稼げなくとも、言うことを聞かせられることによる戦略の立てやすさに加えてエルフを従えられるという優越感を得られるのだから。


(くっ、まさかチーム1が抜けるとは)


 しかしカニエスはまた違う。

 敗退したチームに話し掛けることは禁じられているため、予定が変わってしまう。


(このままいけば……)


 最終戦、狙われるのは自分達になってしまうのではないかと。ポイント稼ぎの絶好のカモにされてしまう。


「マリン様、先程の話ですが」

「……わかったわ。その代わり、しっかりと働きなさい」

「かしこまりました」


 直後、ドンっと大きく音を立てる森の中。視界が遮られる中ではあるものの、微かに黒煙が立ち昇るのが見えた。


「誰かが戦ってるみたいだな」

「覗きにいくわよ」

「おいおい、いいのかよ?」

「当り前ですわ」


 グイっとレインの腕を引いて立ち上がるマリン。


「では私達はこれで」

「ええ」


 身を低くさせたまま、カニエス達は森の中に姿を消す。


「にしてもそういう発想はなかったわ。やっぱ頭いいなお前」


 マリンとカニエス、共に他チームと情報交換及び共闘戦線を張るという考えに至っていた。


「違反をしなければ問題ないわ」

「ふぅん」

「レインは単純すぎるのよ。よく言われるでしょ?」

「……言われるよ。悪いかよお嬢様」


 皮肉に対して思わず憎まれ口を叩いたのだが振り返るマリンはレインの言葉を受けて一瞬きょとんとしていたのだが、次に移り変わるその表情にレインは思わず見惚れてしまった。


「いいえ。それがレインのいいところでしょう? わたくしやエレナにさえ遠慮なくそうした無礼な口を利けるのだから。そうそういませんわよ?」


 普通に聞けば脅しているようにも聞こえる。いくら立場を構えない学内であったとしても、王女や公爵令嬢である自分達との立場の違いを弁えろと言わんばかりの台詞。それがどうしてかそういう風に聞こえないのはマリンの見せる穏やかな表情から。


(こいつってやっぱ可愛いんだよなぁ)


 どうしてこれ程までに柔らかな笑みを向けられているのだろうかと、殊更不思議でならなかった。



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