第四百二十四話 心の中に抱くのは
魔導闘技場が生み出したその深い森の中を歩いているゴンザ。
「チッ。誰もいやしやがらねぇ」
一人相手を探し回っているのだがどうにも見つからない。
「ん? ははん」
一本の太い木の奥、薄っすらと遠くに見える人影。どうにも目深にフードを被っているので誰なのか判断付かないのだが、ようやく見つけられたことに思わず笑みがこぼれる。
「次こそぶっ倒してやるぜ!」
大剣をギュッと握りしめ、勢いよく走り出した。
「はっはぁっ! ん?」
ザンッと大きく横薙ぎに振るわれた大剣は人影を切り裂いたのだが手応えが全くない。いつの間にか人影はどこにもない。
「んだ?」
不思議な感覚だけが手の中に残ったのだが、次に辺りに響いたのは聞いたこともない声。
「よもやまさかと思って来てみれば、どうやら可能性があるようだな」
「誰だッ!?」
地面からぬっと伸びる影。すぐに人の形に形成される。それは先程のフードの男。
「あんだてめぇ?」
どうやって先程の一撃を躱したのかという疑問も抱くのだが、それよりも改めて正面から見てそのフードの男には全く見覚えがない。見た目それなりに歳を取っている風貌に血の通いが悪そうな白い肌。試験に参加している学生でもなければ学校の教師陣でもない。
「儂はガルアー二・マゼンダという者だが、お主、何をそんなに興奮しておる?」
「興奮、だと?」
確かに試験の一回戦を終えてここまで苛立ちが抑えきれなかったのだが、その原因も数多い。余裕で学内最強になれると思って誰よりも強くあろうとしていたのだが、まるで歯が立たない存在が何人もいたこと。加えて教師陣の小言や周囲の目もまた苛立ちに拍車を掛けていた。
(チッ)
何より、のほほんとしている同級生、ヨハンの存在が何よりも許せなかった。それがあれだけの戦い、思い出すだけでも腹立たしい手の届かなさを目の前で繰り広げられたのだから。
「……てめぇには関係ねぇな」
しかし見ず知らずの他人に胸の内を話そうとは思わない。それどころか誰に話せるものでもない。結果で示せばそれでいい。それで認められる。
(ふむ。まだ時期尚早といったところか。では種だけでも仕込んでおくか)
ガルアー二・マゼンダが視るゴンザの体内には確かにどす黒い塊が渦巻いている。それは魔族へ転生するに値する確かな根源。
「んで関係ねぇヤツがなんでこんなところにいやがる?」
「少々道に迷ってな。帰り道はどこかな?」
「チッ。耄碌ジジイかよ。アッチにいけば出れるんじゃねぇか?」
ふてぶてしくめんどくさげに親指を向け、火時計が見える比較的出口に近い方角を差した。
「これはどうも。お礼にこれを贈ろう」
「あん?」
スッと手を差し出す老爺を訝し気に思いながらもゴンザも何の気なしに手の平を差し出す。
そのまま手の平に乗せられたのは小さな黒い玉。手の平で十分に収まった。
「なんだよこりゃあ?」
ジッと見つめたのだがどういう物なのか全く判断出来ない。
顔を上げガルアー二・マゼンダに向けて問い掛けたのだが、もうどこにもその老爺の姿はなかった。
「チッ。なんだあのやろう」
わけもわからない出会いがまた余計に不満を生む。
「くそっ。余計な時間を喰っちまったじゃねぇかよ」
受け取った黒い玉を強引に胸元へ押し込んでそのまま索敵を再開した。
◆
「くるっ!」
ドンっと勢いよく地面を踏み抜いたナナシーが一直線に向かって来ている。
(速いっ)
これは模擬戦などではない。試験とはいえ真剣勝負そのもの。相手の手の内を探るのにも油断するわけにはいかない。
「はっ!」
腕を伸ばして手の平をナナシーに向ける。そのまま腕先に魔力を練り上げ、繰り出されるのは三つの小さな火球。殺傷力は高くないのだが、速さはかなりのもの。
「そりゃあそうだよね」
ドドドッと射出された火球をナナシーは左右に軽く跳躍して何事もなく躱す。
「だったら」
続けて地面に向けて魔力を送り、パッと小さな魔方陣がナナシーを挟むように二つ描かれた。
「土槍」
ドシュッと伸びるその土の槍をナナシーは高々と跳躍して躱す。
「光の矢」
そのまま上空のナナシーに向けて射るのは白く光る弓矢。間髪入れずナナシー目掛けて射た。
「瞬速の矢」
ヨハンが光る矢を射るのとほぼ同時。時間差がなくヨハンに向けて飛来する緑色の矢。
ナナシーが放てる最速の矢が射られている。
空中で互いの矢の先端が衝突した瞬間、辺り一帯が白みを帯びた。
「いまっ!」
素早く高く跳躍する。
「ごめんねナナシー」
上空のナナシーの背後を取ることに成功すると大きく剣を振りかぶり、このままナナシーを地面に叩きつければ相当なダメージが見込めた。
「お互い様ね」
「えっ?」
クルっと反転して笑みを浮かべているナナシー。
笑顔の理由が理解できないのだが、躊躇なく剣を振り下ろす。
「ぐぅっ」
呻き声を上げるナナシーはドゴッと音を立てる剣の衝撃と共に地面へと叩きつけられた。
当然それだけで倒せるとはヨハンも思っていない。視界の先にいるナナシーは素早く起き上がりその場から後方に飛び退く。
「うっ!」
地面に下りて追撃を仕掛けるつもりだったのだが、直後にヨハンが受けるのは背中への痛み。トストスと鋭い痛みを得た。
一体何が起きたのかと肩越しに背を見ると、緑色の矢羽が僅かに見える。
「ぐっ、なるほど。そういうことか」
地面に着地するなり考えられる状況を絞り込み、結果導き出した答え。周囲に目を送るとヨハンの着地と同時に地面へ刺さった他の矢も背の矢と同じもの。
ヨハンとナナシー、二人して考えたことは同じ。辺り一帯が白みを帯びたその瞬間が相手の隙を突く機会。より上手をいったのはナナシーの方だったのだが、見誤っていたのはヨハンの素早さと避けきれない速度で振るわれた斬撃。
「初手は痛み分けってところね」
背後を取るのは戦いの常。ヨハンがその手段に移るのはある程度予測できており、より上空に射かけていた幾つもの矢なのだが、矢が落ちて来るよりも先にヨハンの動きの方が早かった。
「さーて、どうしよっかぁ」
放ったその魔法の矢の魔力が状態を維持できずにシュウッと微かな音を立てて霧散していく中で巡らせるこの後のこと。
(これは思っていた以上だわ)
正直なところ、ヨハンの動きが読めないことにナナシーは困惑してしまっている。表情には出さないようにしていたのだが、先程繰り広げられた魔法の多様さだけでなく判断の速さにその的確さ。素直に驚嘆、驚きを隠せない。先手を仕掛けたつもりでいたのだが常に先手を取られていた。
そうして最後の攻撃にしても予測を上方修正した結果、ようやく得た成果。
「今度はこっちからいくよっ!」
どう対応しようかといくらか思考を巡らせていたのだが考えがまとまらないまま、目の前で対峙するヨハンは剣に闘気を流し込んでいた。




