第四百二十三話 乱入者
「これは見事にやられましたわね」
「僕たちもこのまま負けるわけにはいかないからね」
ヨハンとエレナ、高速の剣戟のやり取り。不意にその場に姿を見せたヨハンに攻撃されたことで応戦せざるを得なかった。
「おかしいと思ったのですわ」
テレーゼがリーダーだと判断したエレナは速攻で倒しにかかったのだが、ヨハンによる妨害を受けてしまう。しかしテレーゼを守る理由が見当たらない。
(サナは上手くやったみたいだね)
現状守勢に回っているエレナを倒しきることはできないまでも、テレーゼがサナによって倒される姿を確認した。
(ということはサナが二回戦のリーダー?)
エレナが抱く疑問。効率良くポイントを稼ごうとすれば可能な限りリーダーが倒す方が良い。しかしそれこそがヨハンの狙い。悩ませること自体に意味がある。
(ダメですわ。今は集中しないと)
思考を巡らせている余裕などどこにもない。目の前で振るわれる剣戟の圧力は恐ろしい程。
「ヨハンさん、さすがの強さですわね」
「エレナの方こそ」
わかってはいたことだけど、想定以上に以前のエレナよりも遥かに実力を向上させていた。
しかしまだ余裕はあった。そのままチラリとモニカに視線を向けると、モニカとユーリは動きを止め、テレーゼを担ぎ上げてその場を後にしようとしている。テレーゼがリーダーだったという見解に間違いはなかったのだと。
この時点でモニカ達チーム1はリーダーが倒されたことによる減算。一回戦と合わせた合計ポイントが0で最終戦に活路を見出すしかなかった。
「それで、これからどうなさるのでしょうか?」
「そうだね。エレナを倒してから考えるよ」
「できればヨハンさんとは戦いたくはなかったのですが」
「僕もだよ」
互いに剣を交えながら会話をしている目的は探り合い。
(たぶん、エレナはリーダーじゃない)
エレナを低く見積もるつもりはないのだが、剣技では自分の方が勝っている。それなのに退く様子を一切見せない。そうなるとリーダーはロイスの方。
チラッとロイスに視線を向け、魔力を込めて片手を伸ばした。
「させませんわ!」
「えっ?」
突如としてぐんッとエレナの力がヨハンを上回る。およそ普段のエレナでは考えられない腕力。
ヨハンが自身を相手取りながらロイスに魔法を射かけようとしたのを察したことで狙いを外させる。それは魔剣シルザリのもう一つの固有能力である倍加。持ち得る物理的な力の底上げ。
結果、精度を欠いたヨハンの魔法はドゴッと音を立ててロイスの近くの木に風穴を開けるに留まった。
「そういえば、シルザリの能力を僕は詳しく知らなかったね」
「幸いしましたわ」
従来、風の力を生み出すその魔剣はサイクロプスの魔石から生まれたこともあり物理的な力を向上させるという側面もある。ただし欠点は時間差で訪れる身体への膨大な負担。こればかりはどうしようもなかった。
「それにしても、やっぱり彼がリーダーなんだね」
「バレてしまっては仕方ありません」
互いの挙動での違和感。しかしエレナに判断がつかないのはヨハンがリーダーであるかどうか。もう少し判断材料が欲しいところ。
「こんなところにいたのね!」
「「えっ!?」」
木漏れ日の中に不意に響く女性の声。
エレナとヨハンは上方を軽く見上げ、木の枝に立っている人の姿を確認するなりすぐさま二人して後方へ弾ける様にして飛び退く。
「ナナシー!?」
「はぁ。また面倒なのが来ましたわね」
ドンッとその場に堂々と姿を見せたのはナナシー。圧倒的な存在感をその身に宿して。
「ヨハン。約束、忘れてないよね?」
「もちろんだよ」
一回戦での約束。それを今まさに果たそうと。
「良かったらエレナもどう?」
「……いえ、遠慮しておきますわ」
もう一度後方に飛び退くエレナ。そこにいた突然の魔法攻撃を受けたことで青ざめているロイスへ小さく話しかけるとロイスは小さく頷き、すぐさま二人して森の奥に姿を消す。
「なんだ。残念」
飄々と話しているのだが、仕掛けようにもナナシーには隙が見当たらない。
「まぁ今はヨハンだけでいいわ。じゃあヨハン。やろうか」
クルっと向き直り、ニコッと向けられる笑み。
(ここでナナシーを倒せれば大きい)
今回の試験では他チームの獲得ポイントももちろん重要なのだが、最重要なのは戦略的な要素。
一回戦では誰も倒せなかったことから判断材料が少なくなってしまい、他チームの状況を判断出来なかった。
しかしチーム1の二回戦のリーダーがテレーゼだったことと、ナナシーを倒せればポイントの獲得状況で相手の状況も分析できる。
(けど……――)
動きを止めてジッと見つめるナナシーの佇まい。流石の一言。
(――……倒せるかどうか)
初めて対峙したあの時点でナナシーは闘気を身に付けていた。あの時はフルエ村の村長が介入したことで有耶無耶になってしまったのだがそれでもその強さは十分に際立っていた。
偶然ナナシーの背後の茂みにいるサナ。不安そうな表情が視界に入る。
(大丈夫だよ)
軽く目線だけ向けるのだが、しかしナナシーの他に誰がいるとも限らない。周囲の警戒をしてもらえるよう予め決めておいた合図、剣の鞘を二回叩く合図を送った。
小さく頷いたサナはゆっくりとその場を後にする。
「サナを逃がしたのは正解ね」
「なんだ気付いてたんだ」
「森はエルフの領域よ」
その言葉に思わず納得と感心をしてしまった。これだけの臨戦態勢であっても周囲の索敵に余念がないのだと。
「でも素直に逃がしてくれたんだね」
「先にサナを倒しにいくのをヨハンは見逃してたの?」
「それはないよ」
「だから無駄なことをしなかっただけ」
そんなことをすれば隙を見せることになりただただ体力を消耗するだけ。しかもヨハンを含めた二対一の構図が生まれてしまう。
(こっちから願い下げだわそんなの)
いつ踏み込もうかと考えていたのだが、まるで踏み込めない。目の前の少年の気配が、普段全くといっていい程に見せないような気配が滲み出ていた。
(これがあのヨハン?)
圧倒的な強者が醸し出す気配。物腰柔らかないつもの姿からは考えられない。しかし同時に沸き立つのは体の芯から湧く興味。
ペロリと無意識の内に舌なめずりをしてしまっていた。




