第四百二十二話 モニカvsサイバル
「まさか全員で一斉にかかってくるなんてね」
リーダーが返り討ちにある可能性があるにも関わらずの全員での特攻。
(ということは余程自信があるの?)
でなければこれだけ大胆な作戦を立てようと思わないはず。
モニカもすぐさま気配を感じ取って三方向に気を配るのだが、真っ先に自身へ向け物凄い勢いで迫ってくる攻撃、先端を鋭くさせた蔦を無視できない。
「ふっ!」
素早く斬撃を繰り出して蔦を切り払い、リーダーであるテレーゼを守ろうと一瞬考えるのだがそれは状況が許さなかった。
「ユーリ、テレーゼ、そっちはお願い」
「わ、わかった」
「時間だけは稼ごう」
「さて……」
キッと睨みつける茂みの中から姿を見せたのはサイバル。
「なるほど。確かに強い」
「サイバル……ね」
ということは迫って来ている残り二つの内どちらかはエレナで間違いない。
「いくぞ!」
すぐさま踏み込んで来たサイバルとモニカの剣が重なり、辺り一帯に鋭い金属音を響かせる。
「はあっ!」
グッと剣を押しのけ、横薙ぎに振るうとサイバルは後方に飛び退いた。
「お生憎様。そう簡単に私はやられないわよ?」
「そのようだな。だが、仲間の方はどうだ?」
チラリと視線を向ける後方には既にユーリがロイスに不意打ちを仕掛けられ後手に回っている。しかしなんとか踏みとどまっていた。
「……エレナ」
テレーゼに向けて仕掛けているエレナはチラとモニカを見ては柔らかな笑みを浮かべている。機先を制したと言わんばかりの勝ち誇った笑み。
「仕方ないわね」
見事に嵌められたのだと。エレナであればこれだけ大胆な采配を振るうことにも納得ができる。
「時間がないわ」
「であるのならどうする?」
学内順位が六位であるテレーゼ。槍を得意とするテレーゼとエレナの相性は悪くはないのだが一枚上手なのはエレナ。一つひとつの技術そのどれもがテレーゼを上回っている。
「ぐぅっ!」
「中々にやりますわね」
防御に専念して必死に踏ん張ってはいるのだが、エレナの実力を一番良く知るのはモニカ自身。それほど長く持つわけではない。
「すぐにあなたを倒してみせるわよ」
「ほぅ。面白い」
スッと剣を引いて中段に構えるモニカ。射貫くようにサイバルを見る。
(……強いな)
先程の一合にしても感じていたのだが今はそれ以上。モニカの持ち得る気配があからさまに変わっていた。常人であれば畏怖を抱くほどの気配。同時に得る既視感はかつてエルフの里に訪れた人間の少女のそれと同じ。
(これが剣姫、か)
さながらその佇まいはまるで鬱蒼とした森の中に真っ直ぐ綺麗に咲く一輪の花のよう。隙間から差し込む僅かな光がモニカの容姿を一層映えさせるように引き立てている。
(なるほど、あの言葉に嘘はなかったのだな)
仕掛ける直前のエレナからの指示。それは可能な限りモニカを引き付けておくこと。
倒してもいいのだろう、と問い掛けたのだが、その際に返された返事を思わず疑ってしまっていた。
『モニカを倒すですって? あなたが?』
『ああ。なにかおかしなことを言ったか?』
薄っすらと笑みを浮かべているエレナ。思わず寒気を覚えるその冷笑。
『いえ、できるようでしたら是非ともその光景を見てみたいですわね』
『……善処しよう』
本来仲間であるモニカを軽視されたことによって垣間見せた苛立ちだと、サイバルは当初その発言をそう捉えていた。加えてエレナがモニカの足止めをしないのも、例え試験とはいえ仲間同士で戦うことに躊躇したのだろうと思っていたのだが正面に立ってみてその考えを改める。
(これはいいようにあてがわれたな)
ただただ単純に、エレナに向けた自身の発言、それがあまりに現実的ではなかっただけの話なのだと。
つまり、現在モニカの学内順位は三位ではあるが、二位であるエレナはコレと対峙したくなかった。それだけの気配を放つ圧倒的なまでの存在感。目の前の人間は本当に脆弱な人間と同じかと疑う程。
(油断は、しない)
そして得手としない剣技は目の前の圧倒的な気配を醸し出している少女には及ばないのだと瞬時に理解した。これを一定時間引き付けておくことなど本気を出さなければ成し遂げられない。
「仕掛けるか」
目線を周囲に動かし、巡らせるのはその足下。条件は十分に整っている。
くいッと指を上に動かし、サイバルの魔力に呼応するようにモニカの足下の草がビュルっと伸びるなり足首をがっしりと掴む。
「ずいぶんとせこい手を使うのね」
「どうとでも言え」
剣捌きは一流だが、それは足捌きと相まってのこと。であれば動けなくなるようにすればいいだけ。
動きを制限したところで立て続けに攻勢に動くサイバル。中距離から射るのはエルフが得意とする遠距離攻撃である魔法の弓矢。
「疾風の矢」
元来遠距離でさえ狙いを正確に捉えるその魔法の矢。高速で射出された矢は違えることなくモニカの顔を狙う。
切り払うようにその矢に向けて剣を振るうのだが、払い落とすことなく軌道を逸らすのみ。そのまま矢が向かう先、モニカはチラリと背後にいるエレナを見た。
「なっ!?」
思わずエレナが後方に飛び退く。エレナがいた場所の木にサイバルが放った矢がストンと刺さる。
「ちぇ。惜しかった」
ペロッと舌を出して片目を瞑るモニカ。
「…………今のは狙ってやったのか?」
「あれぐらいならね」
軽く言ってのけるのだが、それがどれだけの技術を要するのかと。
「だが、次も同じようにできるかな?」
先程と同じように弓矢を構えるのだが、射かけられようとしているのは三本の矢。三射同時。
「さすがにそれは難しいわよ」
先程の一射は的確そのもの。しかし三射でそれができるのならば狙うのは三か所。それをもう一度先程と同じことをしろと言われてもできるとは言い切れない。しかしとはいうものの、やってみなければわからないというのが本音。
「ならば諦めるか?」
「何言ってるのよ」
「ではどうする?」
「こう、するわ」
モニカが小さく口を開く。既に体内の魔力は変換済み。時間を掛けたことがサイバルにとっては失策で致命的。
「紫電」
足下がパリッと音を鳴らし、足首を掴んでいた草をその放電によってジリッと燃やしきる。そのまま倒れるように前のめりになった。
「ぬっ!?」
次の瞬間、サイバルの視界からモニカの姿が消え去ってしまっている。
「ごふっ」
そして腹部に受ける強烈な衝撃。胃液が込み上げてくる感覚を得ながらサイバルは後方に吹き飛ばされた。木々をなぎ倒しながら弾け飛ぶ。
そこには身体を屈めながら横薙ぎに剣を振るっているモニカ。
「ごめんなさいサイバル。これまだ加減できないのよ。でもあなたなら大丈夫でしょ?」
サナとユーリを圧倒する実力者であることからしてモニカとしても本気を出さなければ倒せないという判断。余力を残そうということを考える余裕もないほどに。
「な、なにいまの…………」
茂みの中に身を潜めて戦況を見定めていたのだが思わず呆気に取られるサナ。
記憶に新しいあの敗北感を粉微塵にさせられる程の凄まじさ。サイバルをああも簡単に倒しきるなどということがにわかには信じられない。
「……で、でも今はっ!」
すくっと立ち上がり自分がしなければならないことを遂行するためだけに集中する。
ナイフを構えるのと同時に腕のブレスレットが光を放ち、中空に生み出すいくつもの青の魔方陣。ウンディーネから得た力の一端【加速魔法】。
「はっ!」
素早くナイフを投擲し、魔方陣を通過したナイフはその速度を加速させた。
(いたたっ。うーん、やっぱりもうちょっと慣れが必要ね)
モニカの身体に響く反動。帯電が感覚を刺激する。
それでも痛みを堪えながらスッと身体を起こして弾け飛んだ先のサイバルを見やった。しかしすぐさまモニカは振り返る。まず今はテレーゼを助け出す事が先決。
「えっ!?」
そこで見た光景に思わず目を疑った。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて駆け出すモニカの視線の先にはエレナが劣勢に立たされていた。後方には片膝を着いているテレーゼの姿。
「ヨハン!?」
一体どういうことなのか理解できない。思わず呆けてしまう。
「どうしてヨハンが私たちを助けているの?」
理解できない状況。現状、チラリと横目で見るユーリとロイスは互角の様相を呈していた。
「いえ違うわね」
ヨハンがテレーゼを助ける理由がないし、助けるはずもない。
「と、とにかく急がないと!」
どういうことにせよ今は慌てて駆け寄ろうとしたところで後方から得る気配。
「ちっ!」
素早く飛来する複数の気配を得て瞬時に剣を振るう。
「しまった!」
いくらかを切り払うことはできたのだが、もう間に合わない。
「そう、いうこと、ね」
足を止め、ヨハンの行動の意味を理解したことで大きくため息を吐いた。
「しょうがないわね。こうなったら最後に賭けるしかないか」
それがサナの水魔法の強化を受けたナイフの投擲だとすぐに察し、二回戦は敗戦したのだと悟ってさすがにもう諦めてしまう。
「がはっ!」
結果、突然のヨハンの参戦に驚き困惑していたテレーゼは警戒を緩めていたサナのナイフの投擲をまともに受けて戦闘不能に陥ってしまった。




