第 四百十八話 間隙
「さーて、覚悟しろ」
ゴンザが睨みつける先にいるナナシー。
「でもコイツ、サナより順位が上だったわね」
ナナシーが王都に来てから実力を確かめられたのはサナとユーリのみ。あとは水中遺跡で共闘したレインとエレナ。その四人が学生達の強さの基準、他の参加者の物差しになる。
「……サナより上かぁ」
ペロリと上唇を舐めた。
ゴンザの順位は現在五位。相性などがあるので上位が必ずしも下位より強いとは一概には言い切れない。しかしそれでもわくわくが抑えられない。
(ほんと王都に来られて良かったわ)
人間の世界をこれだけ堪能できるだけでなく、ここまで色々と経験できるのだから。こんなこと、里に居たままでは、それどころか例え同じ人間の世界であるフルエ村に居たとしても確実に味わえない経験。
「覚悟しやがれッ!」
ダンッと大剣を振り上げながら勢いよく地面を踏み抜くゴンザ。
(ん?)
真っ直ぐに迫って来る中に得るナナシーの違和感。
スッと半身になって余裕を持ってゴンザが振り下ろす大剣を躱した。
「チッ、よく避けやがったな」
「今のを避けられない方がおかしいでしょ?」
直線的で何の工夫も凝らしていない。
「舐めた口を利きやがってッ!」
未だに余裕を見せているゴンザなのだが、ナナシーは一つの疑問を抱く。
(あ、あれ? コイツほんとに強いの?)
懐疑的に見るゴンザの先程の動き。確かに身体能力は高いのであろうが、動きが単純。態度に表れているような強者の気配が感じられない。
疑問を抱きながら、ナナシーは手の中を空にしたままスッと弓引く姿勢を取った。
「あん?」
ナナシーの挙動を訝し気に見るゴンザ。しかし一直線に飛び込んで来る。
「疾風の矢」
小さく呟くナナシーの手の中に薄緑色の弓矢が瞬時に形成され、間髪入れずに右手の弦をパッと離した。
突如として飛来するその矢を目視したゴンザは目を見開く。
「ぐっ!」
しかし躱すこともかなわない。矢はブスっと左肩に刺さった。
その姿を見たナナシーは失望から大きく溜め息を吐く。
「くそアマッ! いきなりなにしやがんだ!?」
「……べつに」
もうこれ以上会話を交わす必要を感じない。
指先を上に向けてくいくいッと動かした。
「くだらないことをくっちゃべってないで、いいからおいで」
その言葉を聞いた途端、ゴンザはプチンと糸が切れる。額に青筋を立て、ナナシーを睨みつけた。
「死んでも後悔するなよ」
「大丈夫だから遠慮しないで」
ギリッと奥歯を噛み締めながらゴンザは再びナナシーに向かって突進し、豪快に剣を振るう。
「チッ、ちょこまかとっ!」
ブンッ、ブンッと何度も空を切るゴンザの大剣。大振りしているだけではナナシーには当たらない。
「一つ、忠告をしておいてあげるわ」
「あん?」
「あなたは自分に自信を持ち過ぎよ」
避けながら口を開くナナシー。
「少しは頭を使って戦わないと」
「さっきから何言ってやがんだテメェ!」
「せっかく良いものを持っているのに全く使いこなせていないわ」
剣技は綺麗とは言わない。腕力任せ。豪快ではあるが速さを伴わない。そうであればいくらか考えて振るべき。相手の素早さを加味せず今の様に考えなしに振り切るだけではただただ消耗するだけ。
「これで五位?」
疑問が尽きないのだが、それはナナシーの実力が大きく上回っているからこそ。
圧倒的な実力差でもなければ学内の模擬戦ではゴンザもこのような事態には陥らない。
(この感覚……――)
しかしゴンザには覚えがあった。このように会話をしながらではなかったのだがそれはここ最近のこと。
学内順位を確定させるために行われた最終的な模擬戦。そこでモニカを相手にすることになり手も足も出なかった時の事を。結果その時の模擬戦を機にモニカは剣姫の異名を得ているのだが、そんなことはどうでもよくなるほどの完膚なきまでの敗北。
五位という順位を得たことで自身の周囲、ヤンとロンとチンといった子分には尊敬されていたのだが、それでも拭えない敗北感に苛まれていた。
(――……ふざ、けんなよッ!)
それがぽっと出のエルフに再び同様の感情を抱かされることが我慢ならない。
加えて、これを誰が目撃しているのか。チラリと背後にいるヨハンに目を送る。
「余所見するなんて余裕ね」
「ぐふぅっ!」
ドゴッと腹部に掌底を当てられ後方に弾け飛んだ。
「ゴンザっ!」
そうやって心配されるのにも苛立つ。駆け寄ってきて向けられる表情も憎たらしくて仕方ない。どうせなら違うチームにしてもらいたかった。その方がぶちのめせる。
「て、てめぇは、引っ込んでろ」
よろっと立ち上がり、真正面に立つナナシーを見据える。
「その気概だけは認めるわ。でもあなたのはサナのとはちょっと違う気がするのよね」
「何の話だ?」
「こっちの話よ」
チラリとナナシーが視線を動かす先には岩の背後を移動しているレインの姿。
「ヨハン、いい加減助けてあげたら?」
ニコッと首を傾げて問い掛けた。
「そうだね。ゴンザ、このままだと僕たちが負けてしまうよ」
「…………」
ゴンザは少しの間を空けてゆっくりと口を開き。
「だったらてめぇがアイツを抑え込め。トドメは俺が刺す」
ギロリと睨みつけることに呆れてしまう。
「わかったよ、それでいいから」
それでも共闘を認めただけまだマシな方。
「決まったようね」
「いくよナナシー」
「すぐに終わるけどね」
「え?」
大きく溜め息を吐くナナシー。
「今回は諦めてあげるわ」
「よくわからないけど……」
グッと地面を力強く踏み抜いた。
剣を引き抜きながらナナシーに向かって一直線に向かって駆ける。
「速っ!」
もう眼前に迫っているヨハンの瞬発力に驚きを隠せない。ナナシーも対応する為に腰元から剣を抜いた。
キィンと響く金属音。
「初めて剣を抜いたね」
「そうだったかしら?」
初めての対峙の時は肉弾戦。サナとユーリの模擬戦を見た時も同様。
「まぁこれはあくまで防御用だからね」
「防御?」
「ええ」
手数で勝られた時や攻撃力が上回る時の対処用。長さも小回りが利くように長剣ほど長くない。これまでほとんど使うことはなかったのだが、想定されるいくらかの事態への備え。それは正に今この時の様に。
(お、おもっ!)
このままでは押し切られる。
しかし、ナナシーはニヤッと口角を上げる。
「ねぇヨハン、後ろを見てみて?」
「え?」
そのままチラッと背後を見るとぐらッと身体を揺らして前のめりに倒れるゴンザの姿が視界に入った。
「なっ!?」
慌てて駆け付けようとしているサナだが、もう間に合わない。
「はい、引っ掛かったわね。これでヨハン達は負け」
スッと剣を引いてニコリと微笑む。
「やられたね」
「ごめんね、こんなやり方で」
「いや、僕が甘かったよ」
勝ちに徹するレイン達の姿勢を責めはしない。ゴンザが倒れる直前に手の平を縦にしていたレインと目が合い、それが「めんご」と言っているのだと言葉にされなくとも理解できた。表情がそう語っていた。
「まぁまだあと二回あるのだし、またその時にね」
「次やる時は負けないからね」
剣を腰に戻してナナシーは軽やかに跳躍してその場を後にする。
「ごめんヨハンくん、気付くのが遅れて」
「仕方ないよサナ。向こうの作戦勝ちだよ。次はもっとしっかり考えて対応しよう」
「……うん」
笑顔のヨハンに返事をするものの、サナは意識を失っているゴンザが果たしてそう気持ちを変えるだろうかと不安を抱いていた。
◆
「ふぃぃぃっ、なんとかうまくいったな」
「ね、言った通りでしょ」
フフンと腰に手を当て満足気にしているマリン。
「でもマリンさん、今回だけよ?」
「フンッ、これからも言うことを聞いていたらいいのに。勝ちたくないの?」
「勝ちたいけど、そういうわけにもいかないわ。私が勝ちたいのはこういう勝ち方ではないもの」
もう滾ってしまって仕方ない。これほど消化不良に陥ろうとは思ってもみなかった。
今回はマリンがリーダーになったということもありその指示には従っていたのだが、続く二回戦か三回戦のどちらかは必ずヨハンと真剣勝負をするつもり。
「楽しみだなぁ」
「あなたはねぇっ!」
「なに?」
ニコリとしているナナシーをバチバチと睨みつけているマリン。
「ま、まぁいいじゃねぇか次行こうぜ次っ!」
グッとレインが間に入るとマリンはフンっとナナシーに背を向ける。
一回戦、これで残るチームは三チームになった。




