第 四百十七話 駆け引き
「みーつけた」
大岩の上に立ち、見下ろしながら嬉々とした笑みを浮かべているのはナナシー。
「んだ? お前は逃げないのかよ?」
「どうして私が逃げないといけないの?」
ナナシーはゴンザの問いかけに首を傾げる。
「ゴンザ、ナナシーは強いから僕たちも一緒に――」
「テメェは黙ってろ!」
「でもゴンザ!」
「うるせぇ! 今は俺がリーダーだ! 黙って言う事聞きやがれッ!」
「…………」
まるで話し合いにならない。聞く耳を持ってもらえない。
(……どうしよう)
現状、岩の上にはナナシーの姿しか見当たらない。ナナシーのチームメンバーはレインとマリンの二人。
(レインだったら……――)
恐らく近くで様子を見ているはずだろうと考えるのだが、どうにも気配を上手く消されていた。実際ヨハンの見解通り、レインとマリンは近くで様子を見守りながら動向を気にしている。
「ねぇレイン、あいつはバカなの?」
「バカなんだろうな」
見事なぐらいにバカと断ずるのは、誰がリーダーかわからないからこそ戦略の立て方に工夫が必要なはずなのに、自分からそれをバラしているゴンザ。それも恐らく駆け引きなどではなく正しい情報として。
「でもこれで目算が少し立ったわ」
「ってぇと?」
「わからないのレイン? バカなの? アイツと一緒で」
「なっ!? あのバカと一緒にするなよ!」
ガッとマリンの両肩を掴む。本気でゴンザと同じに見て欲しくなかった。懇願するようにマリンの顔をジッと見つめる。
「わ、わかったから離しなさいよ! じょ、冗談じゃない」
マリンは突然顔を赤らめて首を振り視線を逸らした。
「おぅ。すまんな。それで?」
その様子など意に介さないレイン。気にもならない。
どちらかというと、今の方が楽。試験前の話し合いでは険のある物言いをしていたマリン。通常その態度の悪さは目に見てわかる程なのだが、レインからすれば最近のよそよそしさに比べたら以前と同じ風に戻ったに過ぎない。その態度の軟化はやり易い以外の何物でもなかった。
(はぁ。ほんとう、レインってなんなの?)
ニコニコとしていることが余計に腹立たしいったらない。どうしてこれほどまでに感情をかき乱されるのか。あのエルフの女、ナナシーにしてもそう。林間学校を始めとして、絡んでいったところで敵意を返してこない。まるで歯応えがなかった。
「で?」
ニコッと向けられるレインの笑顔に若干の苛立ちを得ながらも溜息を吐く。
「あのね、つまりこういうことよ」
「どういうことだ?」
その上、やはりレインもバカだと。しかし悪感情は抱かない。
「いいから聞きなさい。ゴンザのチーム、つまりチーム4は実質ヨハン一人が特級の戦力よね?」
「ああ、もちろんだ」
むしろヨハンを倒せる者がこの場にいるのかどうか。参加者全員で総がかりになればその可能性はあるかもしれないがそれは現実的ではない。
「だとしたら、ここであのエルフがゴンザを倒せればこちらとしては例えあのエルフが倒されたとしてもポイントが4もらえるわね?」
リーダー以外の減算はなし。現在リーダーはマリンが務めている。
「この試験はリーダーが相手を倒した方がより多くのポイントを稼げるけど、その実如何にチームの中で一番弱い者がリーダーをやり過ごすことができるのかも重要なのよ」
「……へぇ」
だからこそマリンはいの一番にリーダーに志願していた。
一回戦は恐らく様子見をするチームが大半。であれば乱戦になることは可能性としては低い。ならば単体戦力としては一番劣る自分が一回戦目でリーダーをやり過ごしておく必要があった。
「それにヨハンがリーダーではない時に遭遇できたのも好都合よ」
その回であれば間違いなく退避を選ぶ。
(これぐらい、エレナでも考えていますわね)
戦略的な思考としては似たような結論に至るだろうと。実際エレナも一時はそう考えていたのだが、思い直したのは全体を俯瞰的に見られたこと。チーム2の初戦のリーダーはサイバルが務めていた。
マリンを悩ませるのは、エレナと自身には圧倒的な違いがあるのだと。単独戦闘能力におけるその大きな差。開き。これだけはどうしようもなかった。
(まったく。どうしてわたくしが選抜に選ばれていますのやら)
選ばれるとは微塵も思っていなかった。しかし選ばれたとなればやれるだけのことはするつもり。最近になって何故かそういった気持ちが強くなっている。以前の自分であればめんどくさくて仕方がなかったはず。
「結構考えてるのなお前」
「当たり前ですわ! ほんとレインはバカですわね」
「バカバカ言うなっつの! 本当のバカはアイツだろ!」
くいッと親指でゴンザを指差すレイン。
「それは否定しませんわね」
加えて有益なのは今回だけではない、先程の発言によって残りの二戦のどちらかでヨハンとサナがリーダーを務めるのが確定的だった。この情報は大きい。
「でもそれよりも、あのエルフはゴンザを倒せるの?」
「あのエルフじゃなくてナナシーな?」
微妙にムッとする表情のレインを見ているとマリンも同じようにして苛立ちが込み上げてくる。
「はいはい。ナナシーですわね」
「ったく、頼むぜおい」
しかしそれを我慢しつつ、冷静に胸の中に押し込めた。心の中でする深呼吸。
「それでどうですの?」
「たぶんその辺りは問題ないぜ」
とはいうものの、ゴンザを倒すどうこうの実現度は後ろに姿のあるヨハンの参戦具合に大きく左右される。
「その根拠は?」
「アレだよアレ」
視界に映るゴンザは大剣を岩の上に立つナナシーに向けていた。
「降りてきやがれエルフのクソ女!」
「……口が悪いわねアイツ」
若干の苛立ちを覚えるのだが、ナナシーの視線の先にはヨハンとサナ。
(さすがにまだ本気出すわけにはいかないかな?)
マリンからの指示は様子見からの自己判断。
王都に来て以降、話に聞く限りのヨハンの偉業の数々には耳を疑うものばかり。手を出すにはまだ早いと判断できる。
「アイツらのことなら心配するな! 手は出させねぇ。ってか俺一人で十分だからな」
「……バカなのかしら?」
どれだけ自信満々なのだろうか。負けるつもりは毛頭ないのだが、しかしその言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。チラリと視線を背後に落とし、レインとマリンを見た。
そこには大きく頷いているレインの姿。
「おっけー」
他の学生たちの性格的な部分を詳しく知らない。もしかしたら嘘かもしれないと疑う必要もあったのだがその必要はないのだと。
ニヤッと笑みを浮かべてそのまま大岩から軽やかに飛び降りる。
「なら、やりましょうか」
ニコリと笑みを浮かべながらナナシーはゴンザの前に堂々と立った。
「な?」
「そういうことね」
通常団体戦で一対一をするなど愚の骨頂。しかし相手のゴンザはリーダーであることからしてこちらの方により利がある。あとは倒せるかどうかの問題だった。
「さーてどうなる?」
しかしその辺りに関してレインは全く心配していない。気になるのはナナシーの戦い振りのみ。
「それよりもレイン、場所を変えますわよ」
「ん?」
「念のためよ」
先程のナナシーの挙動で自分とレインのいる場所が勘付かれる可能性の考慮。
そしてそれは実際その通りだった。
「急に走り出して、どうしたのヨハンくん?」
「いや……――」
ナナシーの動きを見てその場所を見に来たのだが、そこには誰の姿も見当たらない。
もしここにレインとマリンがいれば倒しに掛かるつもりだったのだがそうもいかない。
「レイン、ううん、もしかしたらあのマリンって子かもしれないね」
「なにが?」
まだ憶測に過ぎないのだが、相当に頭が回るのだと。
「いや、とにかくこうなったら僕たちはゴンザとナナシーの戦いを見守ろう」
「うん」
今の状態なら加勢したところで余計に関係性が拗れるだけ。
(この回はもう仕方ないか。まだあと二回あるし)
いっそ一度好きな様にやらせてみる方がすっきりするだろうと考える。




