第 四百十四話 試験の始まり
「さて、これからあなた達に二学年時の学年末試験について説明します」
シェバンニが全体に向けて話すヨハン達二学年の学生が集められた場所は広大な冒険者学校の敷地の中でもこれまで立ち入り禁止だった場所。
鍛錬場と同じような作りではあるが、屋根は半球状に造られた大きな空間、その場所に入ったことはこれまで学生の中には誰一人としていない。
「なんでここに入ったらダメだったの?」
「さあ?」
その観戦席に座りながらヨハンが浮かべる疑問にレインは答えられない。しかしそれは学生達の誰もが同様にして抱く疑問と相違ない。それほどに何もない場所。
「まず、あなたたち二学年の学年末試験は二つのグループに分けさせてもらいます」
二つに分けると聞いても理解できない。疑問に疑問を重ねる。
「二学年に入ってからあなた達の力の差は大きく開きが見られます。これは毎年のことですが、この学年は特にその開きが大きいです」
二学年の中頃から成績と実績に合わせて付けられている順位。その順位に応じて卒業後の進路に大きな差が生まれる。
(僕、何もしてないんだけどなぁ)
その頃ヨハンはカサンド帝国に赴いていた。
王都に帰って来てから後で知ったこと。いつの間にか一位になっている。
エレナ達に言わせれば当然なのだというのだが、果たしてそれで良かったのかと申し訳なさも感じていた。
「分けるグループのことですが、まずはあなた達の中から十五名を選抜します」
冒険者学校の学生は一学年少なくとも二百人程度いる。
「その十五名で選抜試験を行いますので他は観戦しておいてください。今回呼ばれなかった者には別に試験を用意しますのでそのつもりで」
突然のシェバンニの話に誰も付いていけていない。
「ではカレン先生よろしくお願いします」
「はい」
カレンが羊皮紙を広げながら困惑する学生達を見渡した。
「では名前を呼ばれた者は前へ」
凛とした声が響く中、カレンは羊皮紙に視線を落とす。
「チーム1、モニカ、ユーリ、テレーゼ」
「えっ!?」
名前が読み上げられた途端、モニカを始めとした学生達がにわかにざわつき始めた。
「チーム?」
「確かにそう言ったね」
しかしざわついているのはそれだけではない。
「それにヨハンと違うチーム?」
選抜というものだから個別なのだと思っていた学生が大半の中、それはまるで想像していなかった展開。驚きながらもとにかくモニカは立ち上がる。
困惑しながらも前に向かって歩くのだが、同じように名前を呼ばれたユーリと赤髪の少女テレーゼにしても同じ。
「はぁ。そういうことですの」
「そういうことって?」
「聞けばすぐにわかりますわ」
続けて呼ばれる名前を聞いてヨハン達も理解した。
「チーム2、エレナ、サイバル、ロイス」
学生達の動揺などお構いなしに名前を読み上げるカレン。
次に呼ばれたことで溜息を吐きながらすくっと立ち上がるエレナ。
「もしかして、僕たちバラバラになる?」
「ではヨハンさん、試験内容次第ではありますがとりあえずこういうことみたいですので」
ガッカリしながらエレナも歩いていく。
「おいおいおいそういうことかよ」
そこでほとんどの学生達がなんとなくだが状況を理解した。
先の三人は順位も上位であったのでまだ理解できたのだが、エルフであるサイバルが選抜として選ばれている以上、こうなれば誰がどう呼ばれるのか見当もつかない。
「チーム3、カニエス、オルランド、シリカ」
続けて呼ばれたのはヨハン達が普段接点のない三人。互いに困惑しながら前に向かって出る。
「チーム4、ヨハン、ゴンザ、サナ」
「サナと……ゴンザ?」
立ち上がりながら顔を向けるサナは両手を口元に当てているのだが、憮然とした態度を取っているのはゴンザ。
(まさかよりにもよってヨハンとゴンザかよ)
レインは内心で驚きつつも、しかし微妙にそれどころではなくなっていた。焦りが生まれている。
選抜十五名であるならばあと三人で終わり。まさかここに来て自分が呼ばれなければヨハン達と同じパーティーメンバーとして恥ずかしくて仕方がない。それにチラリと視線を送る先にいるのはナナシー。サイバルが呼ばれているのであるならばその可能性は十二分にあった。
(頼む!)
平静を装い、手汗をかきながら握っている手の平。
「チーム5、レイン、ナナシー、マリン」
呼ばれた瞬間に内心で大きくガッツポーズをする。
(ひゃっほう!)
元気よく立ち上がり、ナナシーと目が合った。
「ナナシー! 呼ばれたぜ。ほら行こうぜ!」
「わかってるわよ。それよりもどうしてそんなに嬉しそうなのよレイン」
「んにゃ、そんなことねぇぜ」
「なにそれ?」
ニヤけているレインを笑っているナナシーが二人で歩いて行く。
「あのエルフと同じチーム?」
マリンはナナシーの背中を憎々し気に見ながら二人の後を歩いていた。
そうして名前を呼ばれた全員が前に立つ。
「今回の選抜試験、学内順位で選んだわけではないということはわかりますね?」
そもそもナナシーとサイバルは順位が付けられていない。それどころかマリンに至っては総合成績が三十位程度。エレナはまだしもマリンまで選抜に選ばれている以上何かしらの忖度があるのではないかと考える者もいた。
「理由は試験を見届ければ自ずと理解できるようにしてあるのですが、もし不満がある者がいれば遠慮なくこの場で申し出てください」
確かにいくらかの学生は不満を抱えている。しかしシェバンニからすればそれは予想の範囲内。
「お前いかなくていいのか?」
「去年を思い出せよ。誰が行くかっつの」
ひそひそと話しているのは順位が十五位である学生トール。しかしこの場に出たいと思わない。
呼ばれたのはそのほとんどが成績上位者。仮に同じようにしてその場に行けば比べられるのはその上位者達と。それならばここは不満を押し殺して我慢してでも次に行われるらしい試験に備えればいいと考える。
(はぁ。仕方ありませんね)
本当であれば呼ばれなかった学生にはここで気概の一つでも見せて欲しいと思うのがシェバンニの本音。
例え試験であろうが取り組むことに対しての姿勢や向上心がまるで見当たらない。そこそこでいいのだろうという考え。そんなことでは結果どうしてもそこそこにしかならない。
(他を見て刺激になればいいのですが)
その点、呼び出したのはそれらを持ち合わせていると判断した学生達。
「さて、案の定混乱しているようですね。では改めて説明します。今回の試験は三人一組の団体戦。知っている者もいるとは思いますが、例年二学年は団体戦になっています。しかし今回は見ての通り、普段組むことのないチームで組んで頂きます」
「ハッ! 俺はゴメンだぜ」
「ゴンザ。異論は認めません」
ゴンザの一言をシェバンニが一蹴する。
「チッ!」
憎々し気に一瞥しながら地面に唾を吐いていた。
「不満があるのはわかります。しかし依頼によっては普段組まない、組むことのない仲間とどんな関係を作り、どんな風に連携していくのか、常に周りは見知った間柄だけではありません。即席の応用力も必要になります。そういう意味ではあなた達はその分顔見知りが大半なのですからまだマシなほうですよ」
ゴンザを真っ直ぐ見ながら諭すように話す。
(うーん、視線が)
ヨハンが思わず苦笑いしてしまうのは、ゴンザはシェバンニの顔を見ようともせずヨハンを見ていた。
「それと、これはただの団体戦ではありません」
もう既にただの団体戦ではなくなっているのだが、他に何があるのかと。
「あなた達はこの場所が不思議だったでしょう?」
そこでシェバンニにしては珍しいといっていい程に小さく口角をあげる。




