第 四百九 話 閑話 サナ達への依頼③
「それで、どうしてそのグリム君とローラちゃんが関係あるのかな?」
「…………」
とは言うものの、サナは先程馬車に乗っていた少女に見覚えがあった。
(ローラちゃん……あの子ってもしかして?)
距離があったことと馬車の小窓からしか見えなかったので断定できないのだが恐らく間違いない。
「いい加減話してくれないと先に進めないな」
「どうしてそんなこと言わなけりゃいけないんだ!」
ユーリの問いに語気を強めて顔を上げるのだが、その顔には羞恥が滲み出ている。
「よしわかった。お兄さんたちも暇じゃないんだ。今回の件はなかったことにしよう」
呆れるようにユーリは立ち上がった。
「ちょっ! わ、わかったよ! 理由を話すから頼む! 手伝ってくれ!」
「それが人にものを頼む態度なのか?」
「ぐっ!」
歯噛みするキッド。
「ユーリ。もうちょっと話ぐらい聞いてあげようよ」
「……しょうがないな。ただし、人にものを頼む時の態度というものがあるだろ?」
「お、おねがい、します。話を聞いてください」
言い淀みながら言葉にする。
「よく言えました。では話を聞こうか」
ドサッと再び座り直すユーリ。
「どうしてこんなことに付き合わなければいけないのだ?」
「まぁこれも人間らしさ、人情ってやつね」
「よくわからんな」
「サイバルにはそうでしょうね」
人間の世界に興味があり生活もしていたナナシーにはまだ理解できるのだが、サイバルには全く以て理解できない。少年の話を聞くことの利点も思いつかない。
「それで?」
「絶対……笑わないって、約束してくれるか??」
グッと拳を握りしめながらジト目でユーリとサナを見るキッド。
「ああ」
「うん大丈夫、笑わないよ」
サナもニコリと笑みを浮かべて返事をする。
そうしてキッドはその理由を恥ずかしそうに話し始めた。
◆
「――……ぷっ」
「やっぱり笑ったじゃねぇか!」
「こらユーリ、約束は守らないと!」
「そんなこと言いながら姉ちゃんもなんかにやけてねぇか!? まともに聞いてるのこっちの二人だけじゃねぇかよ!」
ナナシーとサイバルを指差すキッド。
「そんなに面白いことなのか?」
「さぁ? 人間にとっては面白いのじゃないかな?」
詰まる所、キッド少年がローラ――ローラ・メイリエル子爵令嬢のことが好きなのだと。
ユーリはその予想通りのくだらなさに思わず笑ってしまい、サナも可愛らしさについにやけてしまっていた。
「はぁ、いいやもう。それより、手伝ってくれるのかどうなのかってことだよ」
その動機は恋心なのだが、元々キッドの両親はメイリエル子爵家お抱え商人であった。
王都に向かう際、商人の両親が野盗に殺されたのは聞いていた通りなのだが、子爵家に出入りしていることから狙われたのだと。
そういった関係から、立場は違えどいくらかの家族ぐるみの付き合いがあり、しばらくの間はキッドもメイリエル家にて保護されていた。
「その時に好きになったの?」
「う、うるせぇな」
元々はただの子供同士の間柄。恋心を抱いたのは保護されてから。
『元気だしてキッド。私がいるから』
『…………』
傷心の渦中、常に寄り添うように隣にいたローラ。
甲斐甲斐しい世話によってキッドの心の傷が癒されていった。
「で、その時のお礼がしたいと?」
「あ、ああ」
ただし、今は特別保護地区に生活の場が変わったために簡単に会えなくなっている。
孤児となったキッドには貴族が住まう中央区へ簡単に入ることが適わない。
「で、グリムがいたと」
「それはしょうがねぇさ」
当時から対立していたグリム――グリム・メイナード男爵子息。会う度に立場の違いを皮肉られており、キッドがローラの家に出入りしていることを気に食わなかったのは容易に見て取れたのだがそれが今ローラの隣にいた。
「で、冒険者として名を上げれば中央区に入れると」
ローラに会うための手段。中央区に入るためには一定の権力なり、商品の搬送なり、知名度なり、いくらか制限がある。結果今のキッドでできることは名を上げること。
「安易な発想だな」
「そうね。別に今でなくてもいいと思うけど」
「今じゃないと!」
今後ローラに婚約者が出来でもすれば近付くことすらできなくなる。立場の違いがより明確に。
「でもどうして?」
「どうしてって?」
ナナシーの問い。
「ううん。そのローラって子に会えたとしても、結局階級の差があるわけでしょ?」
「……別に、それはいいんだって」
「どういうこと?」
「あの時の恩返しができれば俺はそれでいいんだ」
子供ながらに自暴自棄に陥っていた底辺。これからの人生に絶望しかなかった。
だからせめて恩返しとして稼いだお金で何かプレゼントがしたかった。
(わかるなその気持ち)
立場や階級による隔たり。家柄によっても婚姻が左右されるのだから。
(それにこういう可愛い恋なら応援してあげたいなぁ)
これからの将来どうこうという話ではなく、今の気持ちを伝えたいのだと。
(あれ?)
どうしたらいいのかといくらか思考を巡らせていたところ、サナはふと疑問が浮かぶ。
「あのさキッドくん?」
「なんだよ」
「じゃあプレゼントを用意できた後に中央区に入るか、ローラちゃんに会うことができれば別に冒険者にならなくてもいいってことよね?」
目的を果たせれば過程は別に何だって良い。
「それは、まぁ、そうだけど……」
しかし幼いキッドには手段がない。
「ローラちゃんに会うならお姉ちゃんに任せて!」
「え?」
「任せてって、どうするつもりなんだサナ?」
安請け合いをするサナの意図が理解できないユーリ。
「ナナシー達もいいかな?」
「私は別になんでもいいわ」
「オレはめんどくさい。だが決めた結果には従う」
「ありがとうサイバルくん」
「まぁこれで俺たちが断って、知らないところでこの子が無謀なことをして死なれても後味悪いしな。けどそんなに日数をかけられないぞ?」
もう翌週には学年末試験が控えている。数日単位を掛けた依頼を受けることなどできない。そもそもとして正式な依頼ですらない。
「大丈夫。順調にいけばなんとかなると思うから」
ニコリと笑みを浮かべるサナ。
(それに向こうもきっと……)
そのままキッドを見るのだが、キッドはサナがどうするつもりなのか全く理解出来ないでいた。
「でも俺、まだプレゼントを用意してないぞ?」
「それも大丈夫よ。明日の夜七時に王都の外に出て来れるかな?」
「行けなくもないけど?」
「じゃあ正門を出たところで待ってるわね」
「何をする気かしらないけど、信じていいんだよな?」
「もちろんよ」
「何を言っているのだ。元々お前が言い出した話だろ?」
「サイバルは黙ってて」
「わかった。行くよ」
そうしてキッドと別れて中央区に向けて歩いている。
「どうするつもりなんだサナ?」
「ユーリは覚えてないのね。まぁあの子と遊んでいたの私とアキだったしね」
「?」
そうしてサナ達が向かう先は中央区のメイリエル子爵家。
◆
その夜、学生寮談話室にて。
談話室ではサナ達に加えてヨハンとモニカがいた。
「――……っていうことがあったの」
「へぇ。そのキッドって子の境遇は気の毒だけど、だからこそその恋は応援してあげたくなるわね」
「そうなの!」
可愛らしい子どもの恋。
「それで、サナはどうする気なの?」
「うん、実はね、月光草を採りにいこうと思って」
「月光草って?」
ヨハンが首を傾げる。
「月光草とは満月の夜に咲く花だな」
「満月の夜って、それからどれぐらい咲いてるの?」
「月光草は一晩しか咲かないわよ?」
「そうなんだ。じゃあそれをどうするの?」
「前にお父さんに教えてもらったのだけど、特別な細工をして魔力回路を繋げば数年は咲き続けるらしいの」
ローラに渡すプレゼント。たまたまの思い付きだが悪くない。
「問題はそれを作ってくれる装飾屋さんを探さないといけないの」
「装飾屋? ねぇヨハン、グスタボさんだったらできないかな?」
「あっ。確かにあの人なら魔力も扱うからできるかもしれないね」
「グスタボさん?」
以前魔灯石の採掘で知り合った職人。
後で知ったことなのだが、王都では名の知れた職人だった。
「明日時間作るから一緒に覗きに行ってみる?」
「ありがとうヨハンくん!」
月光草を取り扱える職人の当てができたことは素直に嬉しかったのだがそれ以上に嬉しいのはその展開。思ってもみなかった。
(やった! ヨハンくんとデートできるわ!)
二人だけのお出掛け。しかし同時に懸念もある。
「ちょっと待って。それ私も行くわ」
目つきを鋭くさせるモニカ。
(やっぱり来たっ!)
モニカが同行しようとするのは予想の範囲内。問題はこれをどうやって断るかということ。
「えっ? モニカさんは別にいいよ。私たちの用事だし」
「それならヨハンだって関係ないじゃない」
「だってヨハン君から言ってくれたんだよ?」
「最初に言ったのは私よ!」
「ね、ヨハンくん?」
モニカの言葉がまるで聞こえてないかのようにヨハンに向けて笑いかけた。
「もしかしてサナ、ヨハンと二人で出掛けたかったの?」
その様子を見ていたナナシーが何の気なしに口にしれっとする。
「はえっ!?」
ボンッと弾ける様に一気に紅潮させるサナ。モニカも思わず顔を逸らした。
「なっ、なっ、なっ!?」
「別にモニカがいても良いと思ったのだけど、ダメなのよね?」
そうなると理由がそうとしか思えない。
(ここ、これはちょっと気を付けないといけないわね)
ナナシーの前では不用意な発言はできないと、そうモニカは胸に刻む。
「―――っつぅうう!」
チラと見るヨハンは疑問符を浮かべていた。もう言い逃れの出来ない状況。覚悟を決める。
(そ、そうだわっ!)
そこで視界に飛び込んで来たのはユーリの顔。
「モニカさん! そういえばユーリが買い物に付き合って欲しいって言ってたわ!」
「なっ!?」
「ほんとは私がいかなければいけなかったのだけど、代わりにお願い!」
手を重ねて頼み込む視線の先はユーリ。
(ごめんねユーリ)
ユーリは思わず耳を疑った。
内心大きく溜め息を吐く。
「いや、まぁそうなんだ。お願いできないか?」
目線を彷徨わせながらも言葉にしていった。
「え? で、でも……」
モニカはチラッとヨハンとユーリを交互に見て、最後にナナシーを見る。
(ここで食い下がるとまたナナシーが何を言い出すか……)
グッと奥歯を噛み、仕方なく今回は引き下がることにした。
「わ、わかったわ。ヨハン、お願いね」
「うん。なんかモニカもごめんね」
「いいのよ」
ニコリと笑顔を浮かべたままサナとモニカは顔を見合わせる。
(勝った!)
(あんた覚えておきなさいよ!)
バチバチと無言で圧力を交わし合っていた。




