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第 四百八 話 閑話 サナ達への依頼②

 

「えっと、キッドくんはどうしてお姉ちゃん達に声を掛けたのかな?」


 突然声を掛けられたことで依頼を受けることなくギルドから出て近くの喫茶店の屋外テラスの椅子に腰かけ話を聞いていた。


「お、俺、冒険者になりたいんだ! だから冒険者として生きていくためにはどうしたらいいのか教えてくれないか!?」

「えっ? 冒険者として?」


 サナとユーリが顔を見合わせる。一体どういうことなのかと。

 ナナシーとサイバルが無言で話を聞いている中、二人ともにまったく理解できない。


「あの、キッドくん。どういうことかな?」

「理由は………言えない。」

「冒険者は一応誰にでもなれるけど……。でも知っていると思うけど、もちろん強くないと死んでしまうこともある命懸けの職業よ?」

「そんなの知ってる。けど、どうしてもなりたいんだ!」


 詳しく内容を聞こうとしても一向に答えないキッド。サナとユーリは再び顔を見合わせた。


「えっと、冒険者になりたいのはわかったけど、理由を説明してくれないと私達も相談に乗れないかなぁ。それに冒険者になりたいならもうちょっと大きくなって私たちのように学校に通えば?」


 冒険者学校の授業料は無料。王国が負担している。

 質の良い優秀な冒険者が多く育って王国に貢献する方が将来的には有益であるとされているため。


「それだったら遅いんだよ!」

「何か急ぎでお金がいるの? だったらもっと大人の人に声を掛けないと。あんまり勧められないけどね」


 学校に通わなくとも冒険者にはなれる。しかしキッドのような子供であれば大概が荷物持ち程度。むしろその程度であればマシな方で、悪質な冒険者の下に身を寄せればぞんざいな扱いやひどければ難敵な魔物との遭遇時に囮にされることすらある。


「…………」

「どうかな?」

「……さっきも言ったけど、理由は言えない。それに、大人の冒険者に声を掛けなかったわけじゃない。もちろん何回も声を掛けたさ。けど、子供だからって相手にもしてもらえなかった…………」


 だが、戦力にもならないただの少年などいてもすぐに死んで終わりだと、負担にしかならないと相手にもしてもらえなかった。


「そっか。じゃあせめて冒険者になって何をしたいのか教えてもらっていいかな? でないと私達も断るしかないわ」


 そもそもとして、在学中にパーティー外の冒険者と組むのであれば申請が必要になる。それも資格を持って間もない子供が相手だと許可が下りない可能性があった。


「……力と金が欲しい。今すぐに」

「力と、お金?」


 珍しくもない返答。それはまるで一獲千金を夢見る子供には極々普通の回答。

 予想の範囲内の答えであったのだが、わからないのは今すぐという部分。


「今すぐじゃないとだめなの?」

「うん、力と金があればなんだって出来る!」

「えっと、キッドくん?」

「なんだよ」

「あのね、さっきも言ったけど、冒険者は命懸けよ? 死んでしまうかもしれないの? それにご両親はなんて言ってるの?」


 サナの問いかけにキッドは表情を曇らせる。

 そのままゆっくりと口を開いた。


「親は……いない。野盗に殺されたんだ」


 キッドは元々王都に出入りする旅の商人の子だった。

 それが王都に向かう途中で野盗の襲撃に遭って殺されたのだと。人身売買のためにキッドは殺されることなく捕まってしまったのだがそれが見知らぬ冒険者に助け出されたのだと後になって聞かされた。


「そっか。ごめんなさい。嫌なことを思い出させちゃったね」

「いや、別に珍しくない話だからいいよ」


 多い話ではないが珍しい話でもない。それからつらつらと話して聞かせた自身の境遇。キッドの両親を襲ったのは当時王都近郊を騒がせていた野盗集団。

 サナ達は知らないのだが、ヨハン達が壊滅させたオルフォード・ハングバルム伯爵と繋がりのあった一味。しかしキッドの心情を慮ると痛々しいものもある。

 キッドはそれから孤児として王都のスラム街で生きて来たのだと。


 スラム街とはいっても、王都では貧民層の暮らすところをそう名付けられているだけで、正式名称ではない。正式名称は『特別保護地区』という名称。


 そこは老若男女問わず、何らかの事情で金銭を稼げない又は稼ぐことが出来なくなった者の最低限度の生活を王国が保証しているのだが、そのお金は国民の税金から賄われている。そのため、一部では蔑称としてスラム街と呼称されていたのだった。


「じゃあキッド君はその野盗に復讐したいのかな? でもそれならお金は別にいらないよね?」


 その割には身の上話をしている際に激情を見せていない。


「復讐はもういい。というよりも、最初は復讐を考えたさ。けど、しばらくすると父ちゃんたちを殺した野盗はめちゃくちゃ強い冒険者が討伐したって王国騎士団に聞かされた。その冒険者のことを聞いても教えてもらえなかったんだけどな」


 どの冒険者が討伐したのかを調べてもわからなかったのだが、せめてもの確認として生き残った末に投獄された野盗の顔を見せてもらったのだと。


「父ちゃんと母ちゃんを殺した野盗はあいつらで間違いはなかった」

「そんな不思議なこともあるのね。野盗討伐とかは大体どこが討伐したかとかは調べればわかるのにね」


 サイクロプスの関係以上に王国貴族によって手引きされていたことから民間では秘匿されている事情。キッドには知る由もない。


「じゃあ、どうして?」


 復讐でもないのであるならば、どういう理由なのだろうかと。全く話が見えてこない。


「だから理由は言えないっていってるだろ!?」


 堂々巡りの会話に苛立ったキッドは声を荒げた。


「おい。こんな問題にわざわざ付き合う必要もないだろ?」


 その様子を見ていたサイバルは、いい加減辟易する。


「うーん。それもそうなんだけど……――」

「オレ達には関係のない話だ」


 ガタンと立ち上がるサイバル。続けて同じように立ち上がるユーリとナナシー。


「え? あっ、ちょ、ちょっと!」


 そこでキッドは声を荒げたことを後悔した。

 大人の冒険者と違ってここまで話を聞いてもらったことによる勘違い。このまま自分の希望、望みを叶えてもらえるのだと。


「――……ごめんねキッドくん」


 サナも申し訳ないなと思いながらも立ち上がる。


「姉ちゃんも……」


 若干の申し訳なさを感じながらも、普通はこれまで断られ続けた冒険者同様相手にしてもらえるものではない。


「あっ…――」


 困惑と戸惑いを抱きながらキッドは腕を上げて引き留めようと口を開きかけた。


「おっ!? そこにいるのはキッド君じゃないか?」


 すぐに謝罪をしようとしたのだが、不意に背後から声を掛けられる。

 振り返るとそこには見た目キッドと同じくらいの年齢で、キッドとは対照的な高価な服に身を包まれたふくよかな青髪の少年がいた。隣には従者を立たせており、奥には王都内を走る貴族の馬車が控えている。


(知り合い?)


 しかし疑問が浮かぶのは、ニタニタと笑っている貴族の子とは対照的に苦虫を噛み潰したような顔をするキッド。


「おろおろ? いやぁ、キッド君。最近見ないと思っていたら冒険者にたかっていたのか。それも見たところ学生の冒険者かな? ははっ、情に訴えるのは確かに学生が良いかもな。いやいや、辛いね君も。だが親を亡くして大変なのもわかるがそれはないだろ」

「……グリム」


 小さく目の前の貴族の子、キッドは悔しそうにグリムの名を口にした。


「おいおい、グリム様か、せめて百歩譲っても、グリムさん、だろ?」


 侮蔑の眼差しをグリムはキッドに向ける。


「だがまぁいい。今のお前には何もできやしない。ローラは俺に任せて、君は君の人生を歩みたまえ。はっはっはっ! おい行くぞ」

「はっ、グリムぼっちゃま」


 吐き捨てるような言葉を浴びせるとグリムは振り返り待たせている馬車に乗り込んだ。


「あっ、そうそう。そういえばローラはここにいたんだった。しまったなぁもう時間がないな」


 馬車のカーテンを開けると、そこには金髪の少女がキッドに視線を向けている。


「……キッド」


 小さく呟くローラの声はキッドに聞こえることなくグリムはカーテンをシャッと閉じた。

 そのまま何事もなかったかのようにして馬車は王都の中に姿を消していく。


「…………」


 その場に立ちすくむキッドを見てサナも理解した。


「ねぇ、キッドくん?」

「…………」

「もしかして、さっきのあの子が理由なのかな? 今のグリムっていう子と馬車の中にいたそのローラっていう……女の子」

「―――ッ!」


 小さく声を発すキッドを見てナナシーは軽く息を吐く。


「どうやら当たったみたいねサナ」

「……うん」


 ドサッと座るキッドは顔を上げない。言葉を発さない。



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