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第 四百六 話 水中遺跡⑲

 

 水中遺跡の真上、ヒートレイクの中島。


「モニカ、ニーナ、私に付いて来なさい。あの子達の救援に向かいます」

「はい」

「えっ?」


 シェバンニが二人に杖を向け、遺跡に踏み込むためモニカとニーナに水中呼吸魔法を掛けようとする。


「先生! ちょっと待ってください!」


 最中、カレンが水中から浮かび上がって来る気配を感じ取った。


「またなにか感じましたか?」

「違います、あそこ」


 感じているのは間違いないのだが、遺跡内部からではない。

 カレンが向ける視線の先、離れた水面にはブクブクと気泡が浮かんで来ている。


「あれって……」


 モニカが疑問を浮かべる中、気泡が徐々に大きくなっていく。

 ボコンと水面が盛り上がった途端、パチンと割れる大きな空気膜。中からヨハン達が姿を現した。


「ぷはっ!」

「みんな!」


 突然姿を見せたことに驚きながらもモニカは走って駆け寄る。


「無事だったのね」

「うん。ただいまモニカ」

「でもどうやって帰って来たの?」

「ウンディーネの魔法で送ってもらったんだよ」

「へぇ、なんか凄そうね」

「すげぇもすげぇのなんの、ものすげぇ速さだったっての」


 後方でヨハンとサナの動向を見ていたレイン達からすれば突然空気膜に覆われ遺跡の外に放り出されている形。ウンディーネの能力によって遺跡内部を物凄い速さで通過してここまで出て来ていた。


「でもたのしかったぁ!」

「もう、ナナシーはお気楽ですわね」

「だってこんな経験里にいたら絶対できなかったもの」

「まぁそれはそうですわね」


 それぞれ陸に上がりながら話しているのだが満面の笑みのナナシーとその様子に呆れているエレナ。


「サナ?」


 ヨハンがふと立ち止まり後ろを振り返ると、サナは陸に上がることなく右手に着けているブレスレットをじーっと眺めている。


「どうかしたのサナ?」


 チャパッと水音を鳴らし再び水の中に入った。


「夢……じゃないよね?」

「大丈夫だよ。確かに夢のような時間だったけど、サナは力を手に入れたんだよ」

「……そっか。そうだよね」


 未だに実感は湧かない。問い掛けたものの、ブレスレットを通じてふつふつと得られる確かなエネルギー。ただただ信じられなかっただけ。


「ほら、サナも疲れただろうし、早く上がろう」

「うん」


 笑顔で差し伸べられる手を、満面の笑みでその手を左手で掴む。


(また一歩、近付けたのかな?)


 手の先にあるその背中、後ろ姿を見ながらサナはギュッとブレスレットを胸の中に力強く抱きしめた。


「……ふぅ。にしてもとんでもない目に遭ったぜ」


 陸に上がり、腰に手を当て大きく溜め息を吐くレイン。


「あのさ……レイン?」

「なんだよヨハン? とにかく今はゆっくりしようぜ。もうさすがに疲れたぜ」


 やれやれと苦笑いするレインは背後に立つ人物に気付かない。後ろ向きに歩き、ドンっと当たる。


「あん?」


 疑問符を浮かべながらぶつかった先を見たのだが、すぐさまその表情は青ざめていった。


「ど、どうしてここに先生が!?」

「ごめん、そういや言うの忘れてた。僕たちがはぐれたのを知ったカレンさんが先生を呼んでくれてたみたいなんだ」

「な、なんだって!?」


 カレンの判断はあの時点では適切なもの。あれ以上遅れていれば救援を送ることも適わない。絶妙な采配。

 しかしとはいうものの、シェバンニの顔を見ればこの後の展開は用意に想像できる。


「さて、聡明なあなた達のことですから私がこの後どうするかはわかりますよね?」


 怒られることはもう仕方なかった。

 ガクガクと身体を震わせているレインがそれを一番体験している。


「……はい」


 何をするのかはわからないが、覚悟を決めた。


「そうですね、まずは一人ひとりお話を聞かせてもらいますのでその間は遠泳でもしていてもらいましょうか」


 ニコリと笑みを浮かべたまま水面を見たシェバンニは杖を向ける。

 途端に大きく波打つ水面は一部だけさながら嵐でも起きているかのよう。


「待って、もしかして……」

「あそこを泳げっていうのかよ」


 全員が青ざめた。

 視線がシェバンニに集中する。


「大丈夫ですよ。どうやらあなた達は体力が有り余っているようですし、それに溺れ死なないように魔法もかけておいてあげますよ」


 そうして一人ずつ事の成り行きを話して聞かせて後の数時間、日が暮れる前までひたすらに泳がされ続けた。



 ◆



(ど、どうしてわたしまで……)


 カレンはカレンでヨハン達が泳いでいる間、くどくどと延々と怒られ続けている。

 厳格なシェバンニは一切の贔屓や忖度はしないと以前兄ラウルから聞いていたのだがまるで想像以上。

 しかし邪険に扱われているわけではないシェバンニの態度や気持ちの向けられ方はそれほど気分の悪いものではない。むしろ向けられる素直な感情。


「……ぜぇ、ぜぇ」


 そんな中、水辺で仰向けになり呼吸を荒くさせているレイン。


「お、お前ら、一体どんだけのバケモンなんだよ」


 疲労困憊に陥っているのはレインとユーリのみ。ユーリに至っては何度も溺れ、シェバンニに助け出されては再び送り出されるということを繰り返していた。


「失礼ですわねレイン。女性に向かって化け物とか、普通なら傷付きますわよ?」

「ほんとよねぇ」

「んなもん当たり前だろ! なぁユーリ!?」

「ぅん? ああ、いやなんだって?」

「……いや、やっぱいいわ」


 目の焦点が合っていないユーリに今何を問い掛けても無駄。疲労でそれどころではない。


(っつか、いくらなんでもこんなに差がでるもんか?)


 そもそも身体能力では確かにモニカやエレナが上回っているのは間違いない。

 それでも普段から知るその体力的な差を加味してもここまでの疲弊の差にどうにも納得が出来ない。疑問が浮かぶ。


「……なんかしやがったか?」


 ジロッと見るレインの質問を受けたモニカとエレナはフイっと顔を逸らした。


「お、おい!」


 その反応だけで十分。何かしら行ったのだと。


「あれ? レイン知らなかったの? 私達サナの魔法で補助してもらっていたのよ」


 スッと横に立つナナシーがニコリと答える。


「なっ!?」


 そのままサナに視線を向けると苦笑いしていた。


「ごご、ごめんねレインくん。レインくんとユーリにも使うよう話したんだけど、エレナさんがいいって」

「……あんだって?」


 ギロリと恨み節を含みながらレインはエレナを睨みつける。


「ほら、やっぱりバレたじゃない」

「こうなったらしょうがありませんわね」


 実のところ、エレナ達はウンディーネから得た水の魔力を早速使ってもらっていた。


『サナ?』

『なにエレナさん?』

『もしかして、ウンディーネの力ってもう使えたりしますの?』

『え?』

『もし使えましたら、わたくし達の負担を軽減させることはできませんの?』

『それって……』


 エレナはニコリと笑みを浮かべる。


『できますのね』

『やってみなければわからないけど。でもいいの? そんなことして?』


 エレナも最初は半分冗談で言ったことなのだが、サナには何故か出来るという確信があった。

 サナがしたことは、水の抵抗力を劇的に引き下げることと合わせて、見た目では荒れ狂っている湖の水を自分達の周囲だけ落ち着かせること。


「んだよそれ! ずりぃじゃねぇかよ!」

「あんな程度の渦に飲み込まれたレインは泳力をもっと身に付けるべきですわ」

「ぐっ!」


 遺跡探索を始めてすぐ、内部で早々に迷惑を掛けている。


「そ、そりゃあ確かにそうだけどよぉ! なんで俺達だけでヨハンは良いんだよ!」


 シェバンニと話しているヨハンはレインとユーリ程に疲れていない。贔屓だと。


「何言ってるのよレイン」

「ん?」


 くいッと親指を向けるモニカの先にはシェバンニと話を終えて歩いて来るヨハン。


「ヨハンは普通に泳いでてのあれなのよ」

「は?」

「凄いよねぇ。どんな体力してるのよ」

「……マジで?」


 その驚愕的な体力に目を疑った。


「どうかした?」

「いや、本当のバケモンはお前だったんだなって話だ」

「どういうこと?」


 突然わけもわからない話をされヨハンは首を傾げる。レインは苦笑いをするしかなかった。



「さて、今日のところはこれで終わりますが、学内行事の時の異常は必ず知らせるようにしなさい。でないと対処できません」

「「「はい」」」


 中島から戻り、宿舎に歩いて向かいながらの話。


「ってか、先生。一ついいっすか?」

「なんですかレイン?」


 歩きながらレインはシェバンニに声を掛けた。


「不正をしてもいいんすか?」

「不正、ですか? いいわけないでしょう」

「やっぱそうっすよねぇ」


 途端にニヤリと笑みを浮かべるレイン。

 レインの発言の意図を察したモニカが慌てて口を開こうとしたのだがエレナはその肩を掴んで制止する。


「どうして止めるのよエレナ」

「いえ、問題ありませんわ」

「え?」


 その言葉の意味をモニカは理解できない。


「何を言ってるのですかあなたは」

「だって先生が課した罰をアイツらサナの魔法で緩和していたんすよ」

「……そうですか」


 チラリとサナを始めとした全員に目を送った。サナは思わずビクッと肩を動かす。


(これまでのサナの魔法ではできなかったでしょう)


 確かにエレナ達の体力の余り方に疑問はあった。しかしこれでいくらか納得はできた。

 本気ではないとはいえ、王国随一である自身の魔法を相殺するだけの干渉。


(ウンディーネの力、ですかね?)


 考えられるのは先程聞いた話が関係しているのだと。


「だから不正っすよね?」


 ニヤニヤと話すレインはただの腹いせ。


「どうなのですかエレナ?」


 とはいえ不正は不正。レインの言葉自体に変わりはない。

 ジロッとエレナを見るシェバンニ。


「ええ。間違いありません。ですが先生、わたくしからも一つよろしいでしょうか?」

「もちろんどうぞ」


 全く動じていないエレナの様子をレインは訝し気に見る。


「先生は常日頃から冒険者は困難に対して立ち向かう勇気と即時対応。時には退くことも必要とすることも当然ですが、持てる力を発揮するようにおっしゃられていますよね?」

「ええ。その通りです」


 口を酸っぱくするほど何度も伝えているその教え。臨機応変の判断、局所事の決断。


「ですのでサナが新しく手に入れた力を困難な課題を乗り越える為に使って頂きました」


 ニコリと笑みを向けるエレナに大きな溜息を吐くシェバンニ。


「ものは言いようですね。そう言われれば仕方ありません。その一件、不問に致します」

「ありがとうございます」


 そのやりとりを見ていたレインはあんぐりと口を開けていた。ホッと息を吐くモニカの横で信じられないといった眼差しでエレナを見る。


「あはは。エレナの方が一枚上手だったわね」

「だね」


 その様子をヨハンは後ろでナナシーとサナと三人で歩きながら見ていた。


「でもサナ、良かったね」

「え?」

「もうすぐ学年末試験だから、新しい力が手に入って」

「……うん、そうだね」


 確かにそうなのだが、微妙に不安が過る。

 昨年の学年末試験は、あとでわかったことなのだがペガサスのシンが最後の関門として立ち塞がっていたことをふと思い出した。


(私にどれだけできるか。やれるだけやってみよう)


 しかし決意は揺るがない。抱いた不安をギュッと胸の中に強引に押し込む。

 そうして二泊三日の林間学校を終えて翌日王都に帰還することになった。



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