第三十九話 エルフの里はいずこ
村はヨハンの生まれ育った村と同程度の規模で、村の入口に着くと若い男に話し掛けられた。
「こんな辺鄙な村に来るなんて、君たちは冒険者かな?それにしては…………えらく若いねぇ」
村に来る外部の人間が珍しいのか、男はヨハン達をじっくりと見回す。
見た目が子供の集まりに少し懐疑的な目で見ていた。
「ええ、私たちは王都の冒険者学校の学生ですわ。ギルドの依頼の途中でこの村を見つけたので少し寄らせてもらおうと思いまして。それに、少し教えて欲しいことがありますのですが…………」
エレナは少し言い淀む。
「教えて欲しいことって?」
「エルフの里に行きたいのです。ここからそう遠くないところにあると思うのです」
「あー、あー、エルフの里かぁ。何をしにいくつもりか知らないが、んー、まぁ君たちぐらいの子どもなら大丈夫なのかな?とりあえず、村長のところに行って、もう一度同じ説明をしてくれないかな?おいらもエルフの里に行く手段は知らないな。けど村長ならもしかしたらわかることもあると思うかもしらねぇ」
「村長、ですか」
「ああ。この道をまっすぐいって、一番大きな家が村長の家だ」
男に村長に会い話をするように言われて「ありがとうございます」とお礼を述べ先に進もうとしたところで若い男に呼び止められた。
「あっ、一応念を押しておくけど、エルフと揉め事は起こすなよ?そもそもエルフに会えるかどうかわかんねぇけどな」
「? はい、わかりました」
疑問符を浮かべるのだが、別に揉め事を起こすつもりはない。
返事をして前に進む。
少し進んだところで村の中では大きめの家が見えてきた。
途中で見える村人たちはみな畑仕事に勤しんでいるようなのどかな村だった。
ただ、旅人が珍しいのか、遠目に見える馬車を見ては何やら話している様子が窺えた。
「ここ……かな?」
「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」
大きな家の玄関で誰かいないかと声を掛ける。
しばらくすると、奥からバタバタと足音が聞こえてくる。
「はーい」
すぐに中から返事が聞こえ、ガチャっとドアを開いた先にはエプロン姿の頭に頭巾を被った薄緑色の髪の若い綺麗な顔立ちの女の子が出てきた。
「えっと……?どちらさまですか??」
エプロン姿の女の子は尋ねてきた見ず知らずのヨハン達を不思議そうに見る。
「突然すいません、僕たちはエルフの里に行きたいのですが、道を知っていた仲間が昏睡状態になってしまって道がわからなくなったんです」
「……はぁ」
「そこにこの村を見かけて、何かわからないかと尋ねてきたのですが、村の人にここに行くよう言われて……。村長なら何かわかることがあるかもしれないとのことでしたので…………」
突然の訪問者の説明に対してエプロン姿の女の子は少し思案する様な仕草を見せた。
「――――わかりました。村長に話してきますので少しお待ちください」
「ありがとうございます」
そういうと女の子は家の奥に姿を消していった。
「ねぇ、何かあんまりいい感じはしなかったみたいね」
ボソッとモニカが呟く。
「まぁいきなりエルフについて教えろって言われてもそらぁ困惑するだろ」
「それもそうね」
レインはモニカが受けた印象に一般的な意見を言うと、その意見に一定の納得はした。
しばらくすると家の奥からパタパタと音がして再び女の子が戻って来る。
「村長がとりあえずお話をお伺いしたいとのことです。こちらへどうぞ」
そう言ってエプロン姿の女の子は家の中に招き入れようとしたところ。
「あっ!えっと、ごめん」
ヨハンが唐突にエプロン姿の女の子を呼び止める。
「どうかしましたか?」
「あー、えっと、僕はヨハン。君の名前は?」
「はい、ヨハンさんですね、私はナナシーといいます」
「ナナシーさんだね。それでナナシーさん、お願いがあるんだけど、さっき言った僕たちの仲間が昏睡状態で今は馬車の中にいるんだ。もし良かったら寝かせてもらえるところはないかな?」
スフィアも一緒に入れてもらえないかと交渉した。
「ヨハンさん?もしよろしければわたくしが残っていましょうか?」
エレナがヨハンに提案する。
「それでもいいけど、できれば安静にできるところで様子を見ていたいんだ。僕が……僕がもう少し気を付けていればこんなことにならなかったのに」
少し俯きながら悔しさを噛みしめる。
「そんな、ヨハンさんの責任ではありませんわ」
「んー、わかりました。来客用の寝室がございますので、そちらをお使い下さい」
「ありがとうございます!」
薄緑色の髪の毛でエプロンと頭巾を付けた綺麗な顔立ちの女の子ナナシーは家の中の来客用の部屋に一同を案内する。
そこでスフィアを寝かせた後は付き添いにエレナが残った。
それから村長の待つ応接間に案内される。
応接間に案内されたヨハンとモニカとレインは待つように言われ、少しすると杖をついた白髪の老人が来た。
老人はヨハン達の向かいに座り、老人の横には先程の少女ナナシーが立っている。
「それで?おぬしたちか。エルフの里に行きたいという者は?」
白髪の老人はヨハン達を見渡し言葉を続ける。
「まだ子どもじゃないか。それがどうしてエルフの里に行きたいと?」
「はい、僕たちは王都の冒険者学校で学んでいる学生です。今回はギルドの依頼としてエルフの里に赴くことになりました。ですが、道案内をしてくれていた仲間が道中昏睡状態に陥ることになり、困っていたところにこの村を見つけて何か教えてもらえないかと思い来ました」
「ギルドの依頼でエルフの里じゃと?」
老人は怪訝な表情をしてヨハンの言葉を確認する。
「エルフは本来争いを好まず、人間とは距離を取り生活をしている。人間側からも特定の人間しかエルフへの干渉は行えない。そんなことも知らんのか?」
「いえ、一応知ってはいますが――」
「それがギルドの依頼となれば、きっと碌なものではないだろう。おぬしたちはまだ子どもでわからないだろうが、エルフへ不必要な干渉は行うものではない。昏睡状態の仲間もおるようならまっすぐ王都に帰るべきじゃな」
老人はヨハンの話を聞き、取り合う必要はないと判断したのか、席を立とうとする。
「いえ、それだと困るんです!」
そこにヨハンが突然大きな声を出し立ち上がった。
両隣に座っていたレインとモニカがびっくりし、ヨハン自身も自分でも思っていた以上の声量だったのか、思わず驚いてしまう。
「す、すいません」
「どうしたんじゃ、急に大きな声をだして」
老人が席を立ったところで立ち止まりヨハンを見た。
「あの、確かに仲間は昏睡状態です。でも希望的観測ですが、目を覚ますこともあるかもしれないなかでこの依頼は簡単には放棄できないのです」
「(そらぁ王家から直々の依頼だからなぁ。スフィアさんのことにも責任を感じているようだし、それにこれでもしスフィアさんが目を覚ました時に王都で依頼未達成となればスフィアさんも責任を感じちまうだろうからなぁ)」
レインはヨハンが食い下がった理由をわかっていた。
「そうか、残念じゃがさっきも言った通りエルフへの干渉は特別な事情を除き行ってはならぬ」
「今が……今がその特別な時なんです!」
真剣な眼差しで村長を見る。
村長はその目をじっくりと見て、ふぅと一息吐いたあと再び腰を下ろした。
「わかったわい、ではその特別な事情を話してみろ。話はそれからじゃ」
「それは…………」
思わず口ごもる。
王家からの依頼というのは秘密裏に行われるもの。おいそれと口にすることができず言葉に迷ってしまった。
「どうしたのじゃ?特別な事情があるのではないのか?ないならこの話は終いじゃな」
「――王家からの依頼で私たちはエルフの里を目指しているの」
モニカが口を開く。
「「モニカ!?」」
ヨハンとレインは驚きモニカを見た。
「何よ?だってこのままじゃ何も情報を得られないわ。それに村長さんの口ぶりだと確実にエルフの里に関する情報を持っていて、私たちに事情があれば教えてもらえるって言ってるじゃない!」
「それは……確かにそうかもしれないけど」
「王家からの依頼じゃと?それはまことか!?」
「えっ?」
モニカの話に迷っていたところ、ヨハン達が意見をまとめるよりも早く村長が目の色を変える。
「ええ本当よ」
「もし、そなたらの話がまことだとしたら王家からの依頼書があるだろう?それを見せてみろ?」
「依頼書って……これだよね?」
ヨハンは懐から王都を出発する前にスフィアから渡された紙を村長に手渡す。
「……これは確かに王家の紋章…………」
渡された紙を見ながら村長は王家の紋章が記されていることを確認した。
「おぬしたち、まだ子どもなのに一体何故王家からの依頼を受けることになっているのじゃ?」
「ヨハン、もうこれは全部話した方がいいって」
レインも諦めた様子でヨハンを諭す。
「……わかったよ」
ヨハン達は自分たちの状況とこの村に至るまでの経緯を村長に話して聞かせた。
話を聞き終えた村長は俯きながら思案している。
悩んでいるのか、少しの時間を置いて口を開いた。
「あい、わかった」
村長は重たい口を開きヨハン達を見る。
「(こんな子どもたちがのぉ。じゃが王家の紋章はまごうことなき本物じゃ。しかし――――) あい、わかった。おぬしたちの話を信じよう。確かに儂はエルフの里に関する情報を持っておる。じゃが、全てを鵜呑みにするわけにもいかぬ。おい、ナナシー」
「はい!?」
突然呼ばれたナナシーがびくっと返事をする。
これまでナナシーは村長の横に立ち、一部始終を聞いているだけで微動だにしていなかった。
「おぬしらの実力を確認させてもらう。このナナシーに勝つことができたらエルフの里に関する情報を話そう」
「「「えっ!?」」」
村長の突然の提案に三人が固まってしまう。
「では行きましょうか?」
およそ戦闘とは無縁そうな家事手伝い姿のナナシーは可愛らしくにこっと微笑んだ。




