第三百九十七話 水中遺跡⑩
「ほんとにんなもんあるのかよ!?」
水ヘビを形作っている何かがあるという見解なのだが皆目見当もつかない。
打開策が見つからないまま遺跡内部をあちこち走り回り、もうどこを動いているのかすらわからなかった。
「仕方ないわね」
魔力を残しておきたかったのだがもう四の五の言っていられない。
スッとナナシーは後方、水ヘビに向けて腕を伸ばす。
「なにかありますの?」
「ちょっとね」
エレナの問いに片目を瞑るナナシー。
「生命の源たる木々よ。我にその力の一端を貸し与えたまえ」
ナナシーの腕に巻き付くように生まれる木の根。
突然ナナシーの腕が木の根に巻き付かれたことでレインはギョッとした。
「自然の恵み」
エルフが持つ固有魔法。
自然界にある草木や花。自然を愛することでその見返りとして得られるその力。それを水ヘビに向けて使う。
そのままビュルっと枝が水ヘビに伸びていった。
「おい、つか物理攻撃は効かねぇんじゃないのか!?」
物理どころか現状攻撃魔法ですら水ヘビには効果を成さない。
無形故、水ヘビの前に戦っていた四つ足の獣にしてもすぐに形を元に戻している。
「だから言わんこっちゃねぇ!」
レインの言葉通り水ヘビを貫く木の枝なのだが、水ヘビは枝を意に介さず突き進んでいた。
「そんなことわかってるわよ」
「何か狙いがありますのね?」
「上手くいくかどうかわからないけど」
水ヘビの中に枝を突き刺し、染み込む水から感じ取るその魔力の奔流。
(やっぱり作為的に作られているわねコイツ)
意思の介在を敵意と共に感じ取っている。
エレナの見解通りこの水ヘビはあくまでも魔力の根源からすれば先端部分でしかない。
(それにしても一体どれだけの魔力量なのよ)
感じ取る魔力はかなりの距離を繋いでいる。
エルフであり尋常ならざる魔力量を有するナナシーであっても魔力の下に辿り着けない。
「なにかわかりましたか?」
「もう、すこし……――」
水ヘビの中を突き進んでいく枝。次々と幾重にも枝分かれを繰り返し、僅かに葉を生み出しているその魔法。
「――……み、つけた!」
はっきりと感じ取った魔力の根源。
ニヤリと笑うナナシーはグッとレインの手を引いて向きを変えさせた。
「おいどこに行くんだよ!」
とは言いつつも、突然手を握られたことによる心臓の高鳴り。切迫したこんな状況であっても高揚感を得る。
(何か手掛かりを見つけましたのね)
エレナもその後に続いて二人の背を追いかけた。
「なぁナナシー」
「決まってるじゃない」
「……ってぇと?」
「もちろんアイツを生み出している下によ!」
「…………え?」
勝気な表情でナナシーが笑う。
「さぁ反撃の時間よ!」
その横顔を見ながらレインはぽーッと見惚れていた。
(はぁ……――)
それを後方から見ているエレナが抱く見解。
どっちが一方的に想いを寄せているのかということが傍目に見れば一目でわかる。それは知り合って間もないカレンにもすぐ察することができた程。
(――……まったく。やはりマリンにはかなり厳しい勝負のようですわね)
しかし別にマリンを応援するつもりも援護をするつもりもない。
(レインのどこがいいのやら)
僅かに従姉妹の趣味の悪さを心の中で嘆いていた。
そうしてナナシー先導の下、魔力の根源を目指して駆けていく。
◇ ◆ ◇
(僕に何かできることは……)
苦悶に表情を歪めているサナを腕に抱きながら抱くもどかしさ。
「……ウンディーネ」
「なんだ小僧?」
不遜な態度を崩さないウンディーネはサナの容体には一切の興味を示していない。
「質問をしてもいいですか?」
「質問、とは?」
僅かに表情を変えるウンディーネは耳を傾ける。
「どうしてここにあなたがいるんですか?」
「その質問に答えることに何の意味がある?」
「…………」
ヨハンは考えていた。
サナにしかウンディーネの言葉が聞こえていなかった。
厳密にはカレンにも感じ取れていたのだが、より正確に感じ取っていたのはサナの方。精霊術士であるカレンよりも何故サナの方がその状況になっていたのか。現在置かれている状況に於いても同じ。
(もしウンディーネが原因だとすれば)
先程ウンディーネによってサナの昏睡状態について説明が成されていた。
しかしあくまでも状態についてのみで根本的な原因についてはウンディーネ自身も覚えがない。
(何かできることを探さないと)
いくらサナ自身の持つ問題が内包しているのだとしても、このまま黙って見ていることなんて出来はしない。
カレンの言葉にもあったように、話を聞けば何か光明が差すかもしれない。
「教えてもらえないんですか?」
「小僧の考えていることはわかるぞ。我の存在によってこの少女が眠りについたのだと考えているのだな?」
「……はい」
「だとしてだ。それをどうして貴様に教えてやらねばならない?」
尤もな意見。
突然の見知らぬ少年からの質問。
来客でもなければ来訪者でもない。突然の侵入者にして、元来不可侵な場に姿を見せたヨハン達はウンディーネからすれば所詮無頼漢。
「サナを、彼女を助けたいからです」
真っ直ぐにウンディーネを見るヨハン。
その眼差しをウンディーネも同じようにして見つめ返した。
(……その返答はどうやら本音のようだな)
ヨハンの瞳、その奥に見える真贋を見定める。
(しかし気になる点は二つ)
意図していないと答えたサナの昏睡は正にその通りであり嘘偽りはない。実際原因はわからない。
そしてもう一つ。
(小僧、どういうわけだ?)
微精霊を使役している者が仲間にいるということは視てすぐに理解しており、先程聞こえて来た声の主がその術者でありかなりの術士であるということもわかっていた。
(こ奴の中に感じられる魔力はどういうことだ?)
まるで信じられない。
(まさか精霊王が関係しているはずなどない)
決して口に出すことはないその精霊の王。
この場に存在しているわけではないその力の切れ端の様なものが不思議とどこからか感じられていた。




