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第三百九十四話 水中遺跡⑦

 

「ねぇヨハンくん、ここってどういう場所なんだろう?」

「わからない」


 無数の水泡が浮かぶサナとヨハンの目の前に広がっている幻想的な空間。壁面には古代文字らしき文字がいくつも見られる。


「でも、すごい綺麗だね」

「うん」


 中でも一際目を引くのは、中央にある大きな台座の上に浮かぶ大きな水球。直径五メートル程もあった。


(何かを祀ってあったのかな?)


 見た感じでは神殿とまではいかなくとも、どうにも崇められているような印象を抱くその中央の台座。

 授業で習っただけだが、神事を行う際の儀式や儀礼に用いられる場所に見えなくもない。


「ぐっ!」

「サナっ!?」


 周囲を見回していたところ、途端に頭痛に襲われ苦しみだしたサナは両膝を着く。


「出ていけと言ったのに、よもやここまで来るとはな」

「誰だっ!?」


 中央の台座に浮かんでいた水球の中が白い光を灯した。


「我は水精霊――」


 次の瞬間、水球が大きく破裂する。


「――お前たち人は、人間たちはウンディーネと呼ぶがね」


 姿を見せたのは長い蒼い髪で水色の羽衣を纏った女性。


「ウンディーネだって!?」

「うん……でぃー……ね?」


 痛みを堪えながら、サナは目線だけその精霊であるウンディーネを確認するとフッと意識を失い、前のめりに倒れた。


「サナ!?」


 慌ててサナを抱き留める。


「どうやらその少女には我の声が聞こえておったようだな。忠告通りおとなしく帰っておればそうして傷つかずに済んだというのに」

「傷付かずに? それはどういうことだ!?」


 四大精霊である水の精霊ウンディーネが姿を見せたことに驚くものの、今はサナの状態が気がかり。


『ヨハン?』

「えっ!? カレンさん?」


 不意に脳裏に響くのはカレンの声。辺りを見回すのだがどこにもカレンの姿はない。


「ふむ。ここへ外部から干渉する者がいるのか?」


 ウンディーネにもカレンの声が聞こえていた。


「どうやら(ことわり)を理解している者か」


 干渉の元であるヨハンの上半身、その胸元と肩へ視線を向ける。


『良かった。聞こえたようね』

「どうしてカレンさんの声が?」

『昨日あなたに渡した精霊石よ』

「え?」


 言われて胸元に手を入れて取り出したのはペンダント。その先端に取り付けられていた魔石が白く光り輝いていた。


「これがどうして?」

『微精霊の力を精霊石を介して増幅させたの』


 その結果、離れた距離であっても念話をすることを可能にさせた。


「すごいですね」

『っていってもそっちの空間への干渉にかなり障害があってわたし一人の魔力ではできなかったからモニカとニーナの魔力を借りてるけどね』

「それって?」

『ごめんなさい。その辺りは後で話すから、とにかく今はそっちの状況を教えてくれないかしら?』


 水中遺跡の地上部、カレンが繋いでいる手の先にいるモニカとニーナ。


「こ、これ、結構きついね」

「え、ええ」


 魔力を大きく吸い上げられている。

 通常、自身の魔力をほとんど必要としないのが精霊術。離れた微精霊を介して精霊石の持ち主と念話をするだけならばまだしも、精霊が、特に四大精霊が独自に築いているその空間への干渉ともなるとカレン一人の魔力では賄いきれないでいた。


『すいません。今目の前にウンディーネがいるんです。それとサナが意識を失くしちゃって…………』


 横目に見るサナは自発的な呼吸をしているが意識はない。外的な傷がないので今すぐ命の危険があるようにも見えないのだが、ふよふよと浮いているウンディーネが関係していることは明らか。


「そぅ……――」


 ヨハンの言葉にそれほど驚かないのは、カレンには遺跡の中にいる存在に思い当たるところがあった。


(――……やっぱり精霊がいたわね。でもまさかそれがウンディーネだなんて)


 微精霊を通しこれまで感じていた気配からして恐らくという程度に遺跡に居るのが精霊だとは思ってはいたのだがそれも想像以上。四大精霊ともなれば予想を大きく上回っている。


「他には?」

『レイン達ともはぐれてしまって。今どこにいるのか』

「そこは大丈夫よ。あの子たちも無事だわ」

『え?』

「微精霊が教えてくれてるのよ」


 遺跡内部を移動している三つの反応。微精霊から感じられるのは三人共無事だという事。


(今は信じるしかないわね)


 とはいうものの、ヨハンには伝えない。

 移動している三人を追いかけている精霊の反応。


(ヨハンがウンディーネを説き伏せることができれば)


 自ずとレイン達の無事を確保できる、と。

 レイン達を追っている精霊の反応が正にヨハンの目の前にいるウンディーネと同じ反応。つまり、仕掛けているのはウンディーネ自身。というよりも恐らくその分身体。


「それで、ウンディーネはあなた達に何を?」


 格の高い精霊は精霊使いでなくとも人間と対話できる。


『出ていけ、とだけ』

「そう……――」


 その言葉が差す意味。つまり遺跡に踏み入られるのを、干渉されるのを嫌ったのだと。


(――……でも)


 ウンディーネが精霊界に還らず遺跡に留まっている以上、何らかの理由があってそこにいるはず。


「わかったわ。こっちでもできるだけのことはするから、ヨハンはヨハンでなんとかして」

『なんとかって』

「なんでもいいのよ。とにかくウンディーネの話をよく聞いて。できることがあるはずだから」

『……わかりました。ありがとうございますカレンさん』

「どういたしまして、ってあれ?」


 そこで念話が途切れる。


「ぷはぁっ! もうげんかいっ!」

「私も」


 はぁはぁとニーナとモニカは荒い息を切らせていた。


「ご苦労さま。ありがとう二人とも」

「いえ、少しでも力になれれば」

「すっごい疲れたけどね」

「なら今度美味しいの食べさせてあげるから」

「ほんとぅ!?」

「もちろん全部が無事に済めばね」


 こんな状況でも食い意地が張っているニーナに呆れる。


「当然カレンさんの手料理じゃないよね!?」

「あなたはねぇ!」

「あの、それでヨハン達は?」

「あっ、ごめんなさい。今は大丈夫よ」

「良かった」


 ホッとモニカは安堵の息を吐いた。


「色々とややこしいみたいだけど、彼ならなんとかしてくれると思うわ」

「ま、そうだよね。お兄ちゃんだし」


 確かに信頼はしている。それに基本的に精霊は人間に危害を加えない。理由がない限りは。


(でも……――)


 もし仮に、憎悪に取りつかれた精霊の場合に限ってはその限りではない。


(――……ティア)


 願わくば以前のように力を貸して欲しい。しかし今となってはもう叶わないその願い。


(ヨハンを、ううん、みんなを、あの子たちをお願い)


 祈りを込めてカレンは翡翠の魔石をグッと握りしめた。



 ◇ ◆ ◇



「あれ? ここって?」


 ふと目が覚めた先は見慣れた景色。

 木造建ての家屋に小ぢんまりとしながらも使い込まれた台所。周囲に置いてある木彫り細工の置物も小さいころから見てきたものばかり。


「どうしたのサナ?」

「あっ、お母さん」


 幼い頃から知っている母、黒髪の女性が不思議そうにサナを見ていた。



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