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第三百九十 話 水中遺跡③

 

「――……ヨハンくん! ヨハンくん!」


 声に反応してゆっくりと目を開けると、そこにはヨハンを心配そうに覗き込んでいたサナ。


「っててて」


 ゆっくりと身体を起こしてサナの全身を見回す。見る限りサナに外傷は見当たらない。


「良かった。無事だったんだねサナ」

「うん、ごめんねヨハンくん!」


 半泣きになりながらサナはヨハンに抱き着いた。


「ヨハンくんが守ってくれなかったら私……」


 サナの身を護りながら何度となく壁に打ち付けられている。


「ヨハンくん、血が出てる」

「え?」


 サナの視線の先、額を触ると微かに血が付着した。


「これぐらい、サナが無事なら問題ないって」

「……ごめんね」

「もう謝らないで良いよ。それよりここは?」


 周囲に目を配ると、足下の作りと周囲の建造物の加減から打ち上げられているのは遺跡内部だというのはわかるのだが空気がある。


「わからない。でも他のみんなも今のところ無事だと思う」

「……そっか」


 水中呼吸魔法が解けていないということがその証明。この魔法は生物にしかかけられない。

 ただし、意識があるかどうかや重傷を負ってしまっていないかなどといった事情までは把握できないのであくまでも生きているという確認ができるだけ。


「エレナとナナシーなら大丈夫だよ」


 恐らくあの渦の中でも微かに動きを取れそうな様子を見せていた。


「信頼しているんだね」

「あの二人はね」

「……レインくんは?」

「ちょっとどうかな」


 心配なのはレイン。泳ぎが不十分であったことからして、身体的には強化できたとしてもどこに流されてしまっているのかわからない。


(……レイン)


 エレナとナナシーに任せたのだが、内心では気掛かりではある。


「あっ……――」


 隣にいるサナが四つん這いになって不安気にヨハンの顔を見上げていた。


「――……大丈夫だよサナ。レインはこんなことじゃ死なないし、エレナとナナシーに任せて僕たちは僕たちで動かないと」


 ポンとサナの頭上に手の平を乗せる。


「……ぅん」


 頬を赤らめてサナは静かに俯いた。


「わかった。ヨハンくんがそういうのなら」


 すぐさま顔を上げるとニカっとはにかむ。


(そうだね。今はお互いを信じ合わないと)


 今この場で一番の足手まといは自分。だからこそナナシーとエレナはヨハンに自分の身を護るように声を掛けたのだということは理解している。


「それより、サナはもう大丈夫なの?」

「え?」

「ほらっ、さっきの」


 言及されてようやく思い出した。

 そういえばいつの間にか頭痛はなくなっており、あの頭痛は何だったのかという程にすっきりとしている。


「なにかあったの?」

「うん……――」


 明瞭になった今だとはっきりと思い出せる。


「――……私に『出ていけ』って言ってたわ」

「誰、って聞いてもわからないよね」

「……うん」

「もしかして、僕たちを巻き込んだあの渦も?」


 サナが最初に反応していた。


「うん。感情と言ったらいいのかわからないけど、明らかに敵意を感じたわ」

「そっか」


 そこでヨハンはすくっと立ち上がる。


「わからないことは考えても仕方ないね。じゃあいこっか。大丈夫だよ。僕がサナを守るから」


 サナに向けて手を差し出すヨハン。


「……うん」


 ゆっくりとその手を取り、サナは立ち上がった。


(どうしてヨハンくん?)


 それ以上何も聞かないのか。もっと早く危険を知らせられなかったのかと責められないのか。

 それどころか向けられる笑顔が信頼できるのだと、頼って良いのだと、不安に駆られていた今の状況を和らげてくれるのだと思うのと同時に、沸き上がる気持ち、感情が抑えきれない。


(好きだよ、ヨハンくん)


 声に出して伝えたい。どう思っているのか教えて欲しい。


「どうしたのサナ? 行くよ」

「ううん。なんでもないよ。じゃあまずはあっちに行ってみようよ」

「あっ、ちょっと待ってよ」


 それでも今は伝えられない。まだ早い。


(また守ってもらった。守ってもらわなければいけなかった)


 仕方ない事態が発生したとはいえ、守られる立場は以前と変わっていない。今も。


「ほらっ、はやくはやく!」


 振り返り笑顔を向けるのだが、胸の中には燃えるような感情を抱いていた。



 ◇ ◆ ◇



「……ニーナ」

「なに?」


 遺跡の真上、ヒートレイクの中島で待機していたカレンとニーナとユーリ。モニカは周囲の調査に出ている。


「シェバンニ先生を呼んで来て」

「それは、何か起きたということですか?」


 カレンの真剣な表情を見てユーリが問い掛けた。


「ええ。恐らくね」


 魔物の気配をこれまで一向に感じなかったので興味本位の遺跡調査であっても大丈夫だろうと考えていたのだが、こうなっては事情が違う。


(さっきの反応、なに?)


 ヨハン達が分断されているのは微精霊から得られる反応からしても明らか。全員生存しているのはわかっていたのだが、その直前に感じられた気配が穏やかではなかった。


(何が起きているの?)


 思考を巡らせる。

 未だに魔物の気配はない。戦闘にもなっていない。となると何らかの事態がヨハン達を分断するに至ったのだが思い当たることもない。


「だったら俺が先生を呼んできます」

「いいの?」

「はい。俺がここに残るより、ニーナがいた方が頼りになると思うので。情けない話ですけど」

「そんなことないわよ。向上心があればあなたはまだ強くなれるわ」

「……ありがとうございます。じゃあいってきます」

「お願い」


 ザブンとユーリは湖に飛び込み、シェバンニを呼びに向かった。


「あたしたちはどうするの?」

「とりあえず様子を見るわ」


 様子を確認しに行きたくともいけない。


(ねぇティア。ここにいるのってもしかして…………――)


 問い掛けるようにカレンは翡翠の魔石を握りしめると、返事をするように魔石は(ほの)かに光を灯す。



 ◇ ◆ ◇



「すまん」


 両の手の平を合わせて謝罪するレイン。


「ほんとに何をやってますの」

「まぁいいじゃない。無事だったのだし」


 レインとエレナとナナシー、共に遺跡内部にいるのだがヨハンとサナとはまた別の場所。

 泳ぎが不十分だったレインはエレナとナナシーに支えられこの場に行き着いていた。

 周囲を水で囲まれた遺跡内部にある岸。背後は土壁である地面のその上にいる。天井も高くそれなりに大きな空間。遺跡を進むにせよ戻るにせよどちらに行けばいいのか方向もわからない。


「はぁヨハンさんとサナは無事でしょうか?」

「それよりエレナ、今は私達がそんなことを言っている場合じゃないみたいだけど?」

「そうみたいですわね」

「お、おい! なんなんだよこいつら!?」


 正面の水面から浮かび上がるいくつもの水の塊。それが四つ足の獣を形作っていく。


「いいから戦闘準備ですわ!」

「いったいなんだっつんだよ!」


 既に周囲を取り囲まれてしまっていた。



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