第三百八十九話 水中遺跡②
「でも、どうやって水の中に潜るの?」
問題は遺跡が水中深くにあるということ。遺跡の中に息継ぎできる場所があればいいが、なければ待っているのは窒息死。
「そうですわね。シェバンニ先生であれば水中呼吸の魔法を使えるでしょうからお願いするしかありませんわ」
「それなら私使えるけど?」
不意に声を発したのはサナ。
「サナが?」
「うん。私の生まれ故郷は港町だから、魔法が使える人は大体その魔法が使えるかどうか確認するのよ。それで私も使えたし、練習もしたから」
絶対に習得しておかなければならない魔法というわけではないその水中呼吸魔法。
水に従事する者が習得している場合が多いのだが、使えると稀にこういった水中探索の際に重宝する。大体の場合は局所的に臨時で使用者が雇われるというもの。
「そうですの。では一度に何人ぐらい行けますの? それと持続時間の方ですが」
「えっと、今なら五人までかな? 時間はたぶん大体二時間ぐらいなら問題ないはずだけど」
「……そうですか」
チラリと視線を見回すエレナ。サナ自身が把握できていない不確かな部分も合わせると多少の誤差は見ておいた方が良い。
中島にやってきているのはヨハンとエレナとサナ。それにモニカとニーナとカレンとレインとナナシーとユーリの全部で九人。
「でしたら、サナとヨハンさんは確定であとはわたくしと他に行きたい人はいますか?」
「わたしは残るわ。その代わり微精霊を飛ばしておくから異変があればすぐに応援を呼ぶようにしておくから」
ポッと翡翠の魔石が光り、五つの緑色の光が中空を漂う。
そのうちの三つがヨハンとエレナとサナの肩にぴとっとくっついた。
「助かりますわ。よろしくお願いしますわね」
「任せておいて」
微精霊を通して得られる共感覚。全てというわけではないのだが起きている事象のいくつかは把握できる。
「俺はやめておく。足手まといになる可能性があるからな」
「……ユーリ」
サナが視界に捉えるユーリの表情。力不足の実感。それはサナにしても同じ。偶然水中呼吸魔法を使えるため参加することになっているのだが、自信があるかと問われればそうではない。
「他は?」
エレナの問いにレインはゴクッと息を呑む。
(おいおい、未知の遺跡なんて何が起きるかわからねぇじゃねぇかよ)
尻込みしたまま視線の先に捉えるのはナナシー。
「私は入りたい!」
スッと手を上げ立候補するナナシー。
「俺も行くに決まってるじゃねぇかよ!」
「でしたらこれで決まりですわね」
「あっ……」
勢いで参加表明してしまった。
スーッと微精霊がレインとナナシーの肩に引っ付く。
(や、やっちまったあぁぁぁぁぁっ!)
ナナシーに釣られての参加。すぐさま後悔してモニカかニーナに代わってもらおうとするのだが目の前に来るナナシー。
「へぇ。レインも結構男前なところあるのね」
「へ?」
「中に何があるか楽しみだね。がんばろっ!」
グッと手を握りしめられたことににへらと表情を崩す。
「まかせとけってのぉ」
だらしない顔のまま答えている姿を見るエレナとモニカは考えていた。
(レイン、そんなことでは死にますわよ)
(やっぱり私が行こうかなぁ。アレじゃ死にかねないわ)
明らかに緊張感に欠けたレインの安否を気にかけていた。
◇ ◆ ◇
「こんな魔法あったんだ」
水の中に潜って泳いでいるのだが、まるで息苦しさを感じない。
「使いどころほとんどないけどね」
漁をする上であった方が便利なだけで内陸だとまず使用する機会はない。こうした機会の方が少ない。
「ううん。そんなことないよ。すごいよサナ」
「そぅかなぁ?」
水中での呼吸だけでなく、同じ魔法を使っている者同士であれば会話もできる。
「私なんかより、ヨハンくん達の方がずっと凄いよ」
「どうして?」
「…………」
チラリと見るヨハン達の姿。
水中呼吸魔法は確かにその効力を発揮しているのだが、使用者であるサナならまだしも魔法をかけてもらっているエレナたちも平然としていた。
「普通、いきなりそんな風に泳げないよ」
「そうなの?」
「うん」
「あっ、でもレインはちょっと手こずってるみたいだよ」
二人して見る視線の先にはレインがナナシーに手を引かれている。
「おわっ」
「もうっ、最初の勢いはどこにいったのよ」
「だってなんかふわふわして泳ぎにくいんだよ」
もう一つ泳ぐコツを掴めていなかった。
確かに感覚としては陸地とは大きく異なるのだが、それでも集中すれば泳ぐこと自体には問題はない。
(剣が振りにくいぐらいかな)
問題があるのは遺跡の中で戦闘が起きた際のことを考えておかなければならない。その感覚自体は全く違う。
「見えましたわ」
視界に映る石造りの建造物。土と木の根に覆われた中にあるその小さな入口に辿り着いた。
「すごい。ほんとに遺跡なんだ」
どうして水中にこのような建造物があるのかわからない。わかっているのはかなりの年月が経過しているであろうというその見た目。
「入りますわよ」
「うん。気を付けてみんな」
ヨハンの声に小さく頷き合い、周囲に気を配りながら遺跡の中にゆっくりと入っていく。
すいすいと泳ぎながら中を見回すと、壁面にはびっしりと苔が張り付いている。
「誰も来ていないみたいだね」
「ええ」
罅割れた壁に悠々と泳いでいるいくつもの魚。少なく見積もっても数年から数十年は人の出入りがなかったであろうということ。
「サナ、問題はありませんか?」
「うん。まだ全然余裕あるわ」
引き返す分も考えて進まなければいけない。魔法を使用しているサナだけが残りの時間を感覚で理解している。
(なに? この感覚?)
とはいえ、それとはまた別の感覚に襲われていた。
今まで何度となく使った魔法のはずなのに、これまでと明らかに違う得も知れない感覚、敢えて言うなら外部から干渉されるような感覚を得ている。
(言った方がいいのかな?)
スッと泳ぐのをやめ、前を泳ぐヨハンの背中を見た。
「どうかしたの、サナ?」
「あっ……――」
声を掛けようか迷っていたところにヨハンはサナが動きを止めたことに気付いて振り返る。
「――……あのねヨハンくん」
一度引き返した方が良いかもしれないと考えたところに強烈な気配がサナの脳裏に襲い掛かった。
【出ていけ】
頭痛を伴い響く声。
「だ、だれっ!?」
女性のような声に聞こえるのだが、辺りには誰もいない。
「サナっ!? 大丈夫!?」
「どうかしましたか?」
「なに? 具合が悪いの?」
エレナとナナシーも泳ぐのを止めて振り返るなりヨハンとサナの下に戻る。
「おいおい、なにやってんだ。早く進もうぜ」
「ちょっと待ってレイン! サナちゃんが」
後ろ向きに泳いでいるレインはヨハン達より僅かに進んでいた。
「だ、だめ、レイン、くん――」
「え?」
額を押さえながらサナは左腕をレインに伸ばす。
(サナ? レインがなに?)
具合が悪そうにしているにも関わらずレインの何らかを気にする素振りを見せていた。
首を回してレインを見る。
「――っ!」
その進行方向から渦が迫って来るのが視界に入ってきた。
「レイン! ダメだッ! 早くこっちに戻って来て!」
「あん?」
ヨハンの大きな声に反応したレインは振り返り、前を見る。
「え? がはっ!」
その瞬間にはもうレインは渦に飲み込まれてしまっていた。
「レイン!」
「ヨハンさんはサナを!」
「くっ!」
もう間もなく自分達も渦に飲み込まれてしまう。
瞬時の判断でヨハンはサナをグッと抱き寄せ、エレナとナナシーはレインを見失わないよう前に距離を詰めた。
巻き込まれる渦の勢いに逆らうことができず、サナを離さないようにがっしりと抱きしめる。




