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第三百八十四話 林間学校②

 

 近くの大きな岩の上に胡坐をかきながら座り待つこと数十分。


「……誰も帰って来ないなぁ」


 目を瞑り爽やかな風を感じながら暇潰しだとばかりに体内の魔力を循環させていた。


(父さんのような闘気を練らないと)


 練度の差があれだけの違いを生み出しているのだと。

 次に仕合う時はもっと差を詰められるようにしておかなければ、と。


「何してるのヨハンくん?」

「あれ、サナ?」


 首を傾げているサナは周囲をきょろきょろと見回す。


「どうしたの?」

「あっ、ううん。ナナシーさんとサイバルくん人気者だから抜けて来たの」

「なるほど、ね」


 煩わしそうにしているサイバルの姿を想像すると若干可哀想な気にもなった。


「ヨハンくんこそどうしたの一人で?」

「あぁ……――」


 後ろ手に手を組むサナはヨハンの返答にギュッと手を重ね合わせる。

 返答如何では期待が想像以上だと大きく膨らんでいた。


「――……実はね、コットンラビットって知ってる?」

「コットンラビット? 名前ぐらいなら聞いたことあるけど、それがどうしたの?」

「どうやらそのコットンラビットがここに棲息しているらしくて、みんなそれを獲りに行ったんだよ」

「……どういうこと?」


 疑問に疑問を重ねるサナはわけがわからない。事の経緯を説明する。


「へ、へぇ。そうなんだ」


 ニコニコとその話を聞いていたサナはヨハンに見えないところでグッと拳に力を込めていた。


(なんてラッキーなの!?)


 確かにサナはナナシーとサイバルに群がる学生達と離れる為にここに来ている。パーティーを組んだことで行動を共にすることが多くなるのだから別に今一緒にいなくてもいいのではないかと。

 それは正に事実その通りなのだがあくまでも表向きの事情。内情は違った。ただの口実。


(まさかヨハンくんと二人きりになれるだなんて!)


 せっかくの慰安旅行をヨハンと共に過ごすことができればという一縷の望みに賭けて探しに来ての偶然。


(もしかしたら神様は本当にいるのかもしれないわ!)


 宗教国家パルスタット神聖国では崇められている存在である神。シグラム王国では偶像、創作物として扱われている存在なのだが、その神に思わず感謝を送る。


「なら私も一緒に待っていてもいい? コットンラビット食べてみたいし」

「じゃあサナも捕まえに行ってみる?」

「さすがに私にはまだ無理だよ」

「そう? サナなら大丈夫だと思うけど」

「いいの。せっかく半分休暇みたいな旅行なのだからゆっくりしたいし」


 即座に返答するもののヨハンの提案に内心では焦っていた。

 コットンラビットを捕まえてみたいという気持ちも無きにしも非ずだったのだが、今はそんなこと比較対象にすらならない。この状況を維持する方がなにより大事。


「そっか」


 一言ヨハンから返事を受けるとほっと安堵の息を吐くサナ。


「でもニーナちゃんにも困ったものね」

「それがニーナの良いところでもあるんだけどね」


 自由奔放で天真爛漫なニーナ。竜人族の末裔だと聞いた時はさすがに驚いたものだが、それ以外は自分を慕ってくれる可愛い女の子。


「……ふぅん」


 ニーナのことを嬉しそうに話すヨハンの横顔を見ながら微妙に不満気な表情を見せるサナ。


「どうかした?」

「う、ううん。なんでもないよ。それよりニーナちゃんってセラの出身だったんだね」

「知ってるの?」

「うん。私もセラの生まれだから」

「あっ、そうだったんだ」

「でもあんな子いなかったけど」


 顎に指を当て考え込むサナ。

 歳の近い子であれば大体は知っているはず。セラは小さな港町なのだから。


「セラの近くって言っていたと思うな」


 ヨハンの記憶通り、ニーナの生まれ、生家はセラの近郊にある森の中。幼い頃に母を亡くして父リシュエルと二人暮らしを続けていた。


「そうなんだ」


 そんな境遇にありながらあれだけの明るさに感心する。


「にしても皆遅いなぁ」


 マヌシード高原は穏やかな場所なので魔物の類や獰猛な獣はいないのだと。


「それだけ珍しいのよ」

「……ふぅん」


 遠くを見るように考え込むヨハンは、あのエレナ達でさえ易々と見つけられないのであれば思っていた以上に相当珍しいのだと。


(この分だと大丈夫かな?)


 同時に安堵するのはカレンが見つけられなくて済むという可能性。


「でもどんななんだろコットンラビットって」

「そうね」


 聞いただけの話であるコットンラビットをサナが思い返す。


「身体つきは普通の兎と同じぐらいの大きさだけど綿のような柔らかで白い肌……――」

「へぇ」


 サナの話を聞きながら視界の奥の草原で跳ねる白い小動物。


「――……それでいて額に小さな角があるらしくて……――」

「そぅ」


 着地した場所で周囲をキョロキョロと見回す小動物の額にある小さな角。


「――……綺麗な紅い眼をしているんだってさ」

「そっか」


 サナの話を聞き終えたヨハンはすくっと立ち上がった。


「どうしたのヨハンくん?」

「確かそのコットンラビットは周囲と同化しちゃうんだよね」

「うん。その所為で余計に捕獲難易度が上がっちゃってるらしいの」

「だったら素早く捕まえないといけないってことだね」

「理屈で言えばそうだけど?」


 それがどうしたのだとばかりに首を傾げるサナの横でヨハンがグッと重心を低くさせる。


「ふっ!」


 小さく息を吐いて、強く地面を踏み抜いた。


「ぴぎっ!?」


 ヨハンの視界の奥、白い兎はすぐに気配を察知するなりスーッと周囲の景色との同化を謀るのだが、それよりも早くヨハンが兎の下に到達する。


「捕まえた!」

「ぴぎぃぃ!」


 両手で掴み、小さく鳴く綺麗な白い肌の兎、サナの言った通りの特徴を持った兎を捕獲した。


「どうしたのヨハンくん?」


 その後ろでサナが慌ててヨハンに向けて走って来ている。


「これがそのコットンラビットだよね?」

「……え?」


 振り返ったヨハンの手の中にすっぽりと捕まってしまっている兎を見てサナは目を見開いた。


「う、うん。間違い……ないよ」


 そのまま確認する様にヨハンの手の中をジッと見つめる。


「よく見つけられたね」


 まるで信じられないといった様子で見上げると、満面の笑みを浮かべているヨハンに思わず目を奪われた。


「サナのおかげだよ。ほら、ほんと柔らかいよ」

「えっ、あっ、うん」


 慌てて両腕を伸ばしてサナはヨハンからコットンラビットを受け取る。


「あれ?」


 ヨハンは小さく見えるサナの袖の奥、腕に着けられていた装飾品であるブレスレットに気が付いた。


「ほんとだぁ。ふっかふかだね」


 ギュッと顔の辺りで抱きしめると大きく袖がめくれる。


「サナ、そのブレスレットって」

「え? あっ、これ?」


 チャラっと音を鳴らすそのブレスレットにはヨハンも覚えがあった。


「ヨハンくんがくれてからずっと着けてるんだよ?」

「あっ、そうなんだ」

「もしかして、ずっと気付かなかったの?」


 微妙に膨れっ面になりながらも笑顔を向けるサナ。


「うん。ごめん」

「ううん。いいの。私が着けたくて着けてるだけだから」

「そっか。ありがとう」

「お礼を言うのはこっちだよ? コットンラビットまで捕まえてくれたんだから」

「そお?」

「うん。そうだよ。ほんとにふかふかぁ」


 顔を押し当て、想像以上の柔らかさを堪能し続けていた。


「じゃあ僕たちが一番ってことだね」

「う、うん、そうだね!」


 ニコリと笑みを向けた途端、サナの腕の中からバッと跳び出したコットンラビット。


「「あっ!」」


 慌てて二人して飛び付くようにコットンラビットに腕を伸ばす。


「ごご、ゴメン!」

「う、ううん! こっちこそ!」


 二人で押さえる地面のコットンラビットなのだが、近付く二人の顔。至近距離。


「つ、次はちゃんと捕まえておくから」

「う、うん!」


 ギュッとサナが抱きしめるコットンラビットは既に息苦しさからもう呼吸困難に陥り泡を吹いているのだが二人ともそれに全く気付かない。カクっとコットンラビットは頭を倒していた。


(び、びっくりした)


 思わず背を向けてしまい、顔を赤らめるヨハン。まともにサナの顔を見られなくなる。

 しかしそれはサナにしても同じ。


(あ、危なかった……――)


 俯き加減にサナが思い出す先程の瞬間。口元にそっと指先を送った。


(――……キス、しそうになっちゃった)


 羞恥と同時に思わず惜しかったと思いつつも、それでも恥ずかしさが大きく上回る。


(ねぇ、ヨハンくん、今、どんな顔してるの?)


 そのまま目線だけを向け、ヨハンの背中、その後ろ姿をジッと見つめ続けていた。



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