第三百八十三話 林間学校①
ナナシーとサイバルがサナとユーリと新たなパーティーを組んで数日後。
「今日のご飯は私が担当だからねヨハン」
夕食を用意する使用人姿のナナシーにようやく見慣れたのだが、最初は困惑した。
ナナシー自身は実に楽しそうに過ごしており、ネネと一緒に買い物ついでに王都内も見て回ってはどこに何があったのかと逐一報告してくれている。念のためエルフだということには気付きにくいように帽子を深々と被りながらの買い物。
「そうなんだ。ごめんね」
「もうっ、謝られ飽きたわよ」
「ごめん、じゃないや、ありがとう」
「それでいいのよそれで」
ニコリと笑みを浮かべながら食事準備に入るナナシー。
夕食はなるべく屋敷で取るようにしていた。
(そんなに嬉しいんだ)
もう王都に来てそれなりの日数になるにも関わらずルンルンと楽しそうに食事の準備をしている笑顔のナナシーを見ながら思い返す。いつか王都に行ってみたいと口にしていたナナシーを。
「――……あっ、そういえば」
そうして食事の席でふと思い出す様に目線だけ見上げるナナシー。
「ヨハン。林間ってなんのこと?」
夕食を摂りながらナナシーに問い掛けられる。
「さぁ。僕もわからないけど?」
「クラスの子が言っていたのよね。今度その林間があるって」
「ふぅん」
「林間とは、冒険者学校における催し物の一つのことです」
「イルマニさん?」
紅茶を差し出しながらニコリと笑みを浮かべるイルマニ。
「ヨハン様は戻って来て間もないのでご存知ないようですな。よろしければご説明をさせて頂きますが?」
「じゃあよろしくお願いします」
「かしこまりました」
イルマニによると、林間学校というのは冒険者学校の二学年にある学内行事なのだと。
行事とは言うものの、特に学内の成績に影響があるわけでもない謂わば遠征を兼ねた二泊三日の慰安旅行。
「……休めないのか?」
「サイバルは興味ないの?」
「興味ない」
「そっか」
迷いのない返答に苦笑いする。
ナナシーのお目付け役として王都に同行させられたサイバル。
「でもナナシーが行くとなると」
「……行かざるを得ないな」
サイバルが溜息を吐く中、話を聞いていたナナシーは王都から外に出かけられることに目を輝かせていた。
そうして数日後、林間学校当日。
「さて、それでは出発します」
王都の外の平原。用意された馬車数十台。
学生達がこぞって乗り合い向かう先は馬車で二時間ほどの高原。マヌシード高原。
標高が高い山間にあり、高温の季節である夏季には王都の貴族や富裕層が避暑として訪れる人気の場所。
「エレナは行ったことあるの?」
「ええ。とても良い場所ですわ」
「俺も親父に付いて行っただけだけどあるぜ。のんびりとできる良い場所なんだよなぁ」
「そうなんだ」
馬車に乗り合わせているのはヨハン達キズナに加えてカレン。
「にしてもナナシー達は上手くやってるかな?」
不意に背後の馬車を気にするようにレインが口にした。
後ろを走る馬車にはナナシーとサイバルにサナとユーリ、それに加えてマリンとカニエスも含めたいくらかの学生が乗り合わせていた。
「他の人間との親交を深めることも必要ですわ」
「まぁそうだけどよぉ……」
気になるのはマリンの態度。
ナナシー達が乗る馬車に合わせて無理矢理乗り込んでいったようにレインには見えていた。
「レイン、この間からちょっとナナシーのこと気にし過ぎじゃない?」
「だってもし関係が悪くなったらって思うと気になるじゃねぇの」
「大丈夫だって」
ヨハンの目から見ても過度な心配。概ね多くの学生達との親交は順調に見える。
「そういえばあなたってナナシーと知り合いだったのよね?」
「えっ? はい、そうっす」
疑問に思いながらのカレンの問いかけ。
(ふぅん。だったらこの子、レインはナナシーに気があるのかしら?)
使用人見習いとしてナナシーとは屋敷で接することの多いカレンなのだが、ふと時々ヨハンに会いに来たと言って遊びに来るレインを思い返した。
改めて考えてみると特に用事があるようにも見えない。遊んでいるといえばそれまでなのだが時々そわそわとしていることもあったようにも思える。
「カレンさん?」
「なにエレナ?」
問い掛けに疑問符を浮かべるのだが、ニコリと笑みを浮かべるだけに留めるエレナ。
(……えっと、どういうことかしら?)
返事を返したのだが無言。それが示す意図について思考を巡らせた。
「大丈夫ですわレイン。マリンもエルフに危害を加える程愚かではありませんわ」
「そうかなぁ?」
「もし心配であれば向こうで一緒に行動すればいいではありませんか?」
「……それもそうか」
ニコニコとしているエレナの横で苦笑いしながら呆れているモニカを見てようやく理解する。
(ああ。そういうことね。だったらわたしが出る幕じゃないわね)
要は色恋沙汰が起きているのだと。どこからどこまでの関係なのかはわからないが、学生同士のことであれば変に口出ししない方が良い。
そうして程なくしてマヌシード高原に到着した。
わいわいと賑やかな学生達の姿。ナナシーとサイバルは多くの学生に囲まれており、行動を共にしようとする中にレインも割って入っている。
「エレナ、さすがにあれはちょっと可哀想よ」
「そんなことありませんわ。あの子もいい加減こういうことを知っていかなくては。全部思い通りにならないのだと」
エレナの思惑の意図を正確に理解したモニカ。チラリと視線を集団に向けた。
(あの子、結構感情的に行動するみたいだけど)
レインの姿を後ろから見ているマリンが明らかに不満気に頬を膨らませてカニエスの足を踏ん付けている。
その姿を見たエレナがにまにまと笑っていた。
(でも別に私が口を出すことでもないか)
隣にいるモニカはエレナが時々見せる底意地の悪さに小さく首を振る。
「仕方ないわね。じゃあ私達はどうする?」
林間学校といっても基本的には自由行動。
近くには湖があり、水遊びをする者もいれば森林浴をする者もいる。
「そうですわね……。でしたらこういうのはどうかしら?」
「なになに?」
「このマヌシード高原には美食家が認める程のコットンラビットが生息していますわ」
「へぇ」
冬季に入った時期である今頃に姿を見せ始めるというコットンラビット。その肉は綿の様に柔らかく、蕩ける程の美味しさなのだと。
ただしコットンラビットは捕獲難易度が学生にしては相当高いBランク。通常の学生ではすぐに見失うのだと。その理由として、コットンラビットが強いというわけではない。俊敏であるのも理由の一つなのだが、なにより警戒心が高く、身の危険を感じ取れば周囲の景色と同化するのだと。
「そのコットンラビットを捕まえるというのは?」
「いいわねそれ」
「あたしもそれ食べたい!」
「「「えっ?」」」
不意に聞こえるここにいるはずがない少女の声。
「ニーナ?」
「どうしてあなたがここにいるのよ?」
「だってみんなばっかりズルいじゃない!」
「ずるいってあなた、これは学校行事よ?」
カレンが呆れながら問い掛けるのだが、口笛を吹いて誤魔化すニーナ。
「先生には?」
「もちろん言ってないに決まってるじゃない」
「「「…………」」」
さも当然の様な返答。自由気ままなニーナの行動。
馬車の荷物に紛れてここまで付いて来たらしい。
「ほんとにあなたって子は!」
「だってあたしもみんなと一緒に遊びに行きたかったんだもん!」
どうしようかとエレナ達は顔を見合わせる。
「まぁ今さら帰れとも言えないし、付いて来ちゃったのなら仕方ないね」
「さっすがお兄ちゃん! だーいすきっ!」
ヨハンの腕に抱き着くニーナ。
「でも先生にはバレないようにしてね」
「わかったわかった」
一向に離れる様子を見せないことと、ヨハンのニーナに対する甘い対応を見ているとカレンとモニカとエレナはふつふつと怒りが湧いて来た。
「良いわニーナ。だったらそのコットンラビットを捕まえてヨハンに食べてもらいましょ! どっちが先に捕まえられるか勝負よ!」
「え?」
「それは面白そうですわね」
「ちょ、ちょっとあなた達勝手に決めないでよ!」
「よーし、負けないもんね!」
「あっ……――」
颯爽と近くの草原に向けてモニカとエレナとニーナは駆けて行く。
カレンを置いてけぼりにして。
「――……大丈夫よヨハン」
目が合うカレンとヨハン。
「コットンラビットは誰が調理しても美味しいって話らしいから」
「……そうですか」
「じゃ、じゃあ行って来るわね!」
「……いってらっしゃい」
遅れて走り出したカレンの後ろ姿を見ながらヨハンは考えていた。
(どうかカレンさんがコットンラビットを捕まえて来ませんように)
と。




