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第三百七十七話 閑話 魔灯石採掘護衛依頼⑦

 

「――――……ああああああああっ! 滑るすべるすべるっ! どこまで落ちるのよこれっ!?」


 遠くから聞こえる聞き慣れた声。


「……ニーナ?」


 既に穴の入り口には女王蟻が到達しようとしているその前方。

 這い上がろうとしているところで姿を見せたニーナ。どう見ても滑り落ちていた。


「ニーナ!?」

「危ないですわ!」


 モニカとエレナが同時に声を上げる中、女王は目の前に滑り落ちてくるニーナに対してガパッと大きく顎を開ける。


「とまらないーっ!」


 目の前のジャイアントアントの女王蟻に気付かないニーナはそのまま一直線に顎の中に飛び込んでいった。


「え? ちょっとあの子食べられちゃったけど」

「…………」


 その場に生まれる困惑。

 わけがわからないのだが、わかっていることは急いで助け出さないといけないといけないこと。


「くっ!」


 事態が上手く呑み込めないのだが、ヨハンが剣閃を放とうと大きく剣を振り上げるのと同時に目の前の光景に思わず目を奪われる。


「…………あれ?」


 ジャイアントアントの女王の胸の辺りが赤みを帯びて膨張していた。

 次の瞬間にはボンっと激しい爆発音を響かせながら女王の上体が大きく破裂する。


「きゃああああ」

「え?」


 跳ねる様に飛び出して来たのはニーナ。

 降って来るニーナをドサッと両腕に受け止めた。


「ありがとお兄ちゃん」

「……いや、うん、どういたしまして」


 女王蟻は上体を吹き飛ばされ、その場に崩れ落ちる。既に亡骸。


「ちょ、ちょっとどういうことよ!?」

「わかりませんわ。ですがわたくし達は早く残りを殲滅しますわよ」


 事態が全く呑み込めないのだが、とにかく女王は倒せた。

 残りの兵隊蟻をモニカとエレナ、カレンの精霊術で一気に掃討していく。


「ニーナ」

「なに?」

「何やってるの?」


 レインと二人で入り口の見張り番をしていたはずのニーナがどうしてここにいるのか。


「い、いやぁ……――」


 抱きかかえられているニーナは目を泳がせた。


(――……い、言えない。鉱山サボテンの実を探していたら落ちただなんて)


 笑顔のヨハンの問いかけなのだが、明らかに目が笑っていない。怒っている。


(そ、そうだっ!)


 周囲を見回し、背後に倒れている巨大なジャイアントアント、女王の死骸を見て状況を悟ったニーナは閃いた。


「あ、あのね、お兄ちゃんたちこの蟻を倒しているんでしょ?」

「そうだね」

「だからあたしも他の入り口から入って来たんだ」

「ふぅん。でも今回の依頼はグスタボさんの護衛であって、討伐じゃなかったんだけど?」

「……あっ」


 取って付けた言い訳は穴だらけ。冷や汗がタラタラと顔から落ちる。


「……ごめんなさい」

「そうだね。じゃあ詳しい話は後で聞くよ」


 ニコリと笑みを浮かべた。


「今しなければいけないことは?」

「はい! 頑張って倒して来ます!」


 元気よく返事を返すニーナはすぐさま駆け出していく。

 そうして程なくしてその場はジャイアントアントの死骸だらけになった。


「ま、まるで信じられんな」


 辺り一帯を見回したグスタボは未だに夢でも見ているのかといった感覚を抱いている。


「お前達、こんなに強かったのか?」


 とても学生の所業には思えないその戦場と化したジャイアントアントの巣の中。


「それに、お主の魔法、それでどうして……」


 最年長のカレンのランクが一番低いのか理解できない。

 グスタボが抱く当然の疑問。


「あっ、えっと……」


 ヨハンが返答に困る中、スッとカレンはヨハンを制止する様に腕を水平に伸ばした。


「申し訳ありません。彼らはわたしの護衛なのです」

「護衛、とな?」

「はい。わたしはカサンド帝国第一皇女、カレン・エルネライと申します」

「なっ!?」


 綺麗な所作を用いて軽く一礼したカレンに対してグスタボは目を見開く。


「これが証拠になります」


 胸元から徽章を取り出したカレン。グスタボはマジマジと見るなり次にはカレンの顔と徽章を交互に見やった。


「ど、どうして皇女様が……?」

「いえ、シグラム王国の視察に訪れているだけです。それで王国の職人の仕事をこの目で見せて頂いただけですので」

「は、はぁ?」

「そのわたしの護衛として彼らは雇われているのです。確かにまだ学生の身分ではありますがその実力が確かなのはこの通りですね」


 手を広げてみせる現場の状態。その過程の全てをグスタボは目撃している。


「ですので、ご内密にして頂けましたら幸いです。わたしとしてもグスタボさんの工房とは良い取引が出来そうですので」

「そ、それはもちろん!」


 突然降って沸いた話にグスタボが目を輝かせた。


「そんなことより、よろしいので?」

「え?」

「ここの魔灯石は純度が高いようですが?」

「おっと、そうだった。こうしちゃおれん!」


 ふと我に返ったグスタボはすぐさま工具を取り出し、魔灯石を掘り出す作業を始める。


「ニーナ、ちょっと来なさい」

「へ?」

「あら。珍しくヨハンが怒っているわね」

「仕方ありませんわ。結果的には女王を倒しましたけど、持ち場を離れているのですから。それに何事もなかったから良かったですけど、わたくし達がここにいなければニーナ一人でジャイアントアントの群れを相手にすることになったわけですしね。まぁ先程の動きを見ている限り、仮にそうなっても逃げることぐらいはできたでしょうが」


 ニーナが落ちた穴。

 ジャイアントアントの巣に繋がる地上からの穴であり、その途中に鉱山サボテンが生っていたのだが一歩間違えば惨事を招く行動。

 巣への落とし穴、本来動物を食料として落とすための穴なのだが、今回落ちて来たのはニーナ。女王からすれば今回はそれが最大の仇。


「勝手なことすると危ないって前にも言ったよね?」

「ご、ごめんなさい」


 くどくどとヨハンに注意を受けているニーナは涙ぐみながらしゅんとしていた。


「あら?」


 カレンが小さく息を吐きながら周囲を見渡すと、一つの石が視界に入る。

 どこか導かれるような感覚を得ながら、拾い上げるのは手の平に納まる程度の石。


「これって……――」


 呼応するように僅かに光る胸元の翡翠の魔石。


「――……やっぱり精霊石だわ」


 珍しいと思うのは、天然の精霊石など滅多に手に入らない。


「良いもの見つけちゃった」


 思わず笑みがこぼれた。


(これもティアのおかげかしら?)


 その精霊石の使い道はすぐに思い付いている。そのままヨハンを見た。


(やっぱりこういうのは形から入らないといけないしね)


 そうしてホクホク顔のグスタボがひとしきり魔灯石を掘り出したのを確認した一行は帰路に着く。


「そういえばあなた達、凄かったわね」


 カレンが称賛するのはモニカとエレナの戦いぶり。予め聞いてはいたのだが寸分違わない一騎当千の戦力。


「カレンさんも凄かったです」

「そぉ? でもわたしはあなた達みたいに直接戦えるわけじゃないから」

「そんなことないですわ。互いの役割を明確に理解し合っていれば問題ありませんもの」

「…………」


 エレナの言葉に思わず嬉しさを覚える。


「あ、ありがと、エレナさんとモニカさんにそう言ってもらえると」


 傍目に見ていたヨハン達の戦いぶり。久しぶりに共闘しているにも関わらず息の合ったその信頼関係が素直に羨ましくもあった。


「エレナ、で良いですわ」

「え?」


 カレンに向けて柔らかい笑みを浮かべるエレナ。


「カレンさんの方が年上ですし、それに教師ですので呼び捨てで構わないですわ」

「でも、それだったらあなただって」


 この国の王女ではないのかと。


「あっ。なら私はカレン様って呼んだ方がいいのかな?」

「そ、それはやめて!」

「ふふっ、ではそういうことで」

「もうっ、仕方ないわね」


 その三人の後ろ姿を見ながらニーナはヨハンの横を歩いている。


「なんだか嬉しそうだねお兄ちゃん」

「うん。カレンさんとモニカ達が仲良くなってくれたみたいだからさ」


 大きな心配はしていなかった。

 モニカもエレナもレインもすぐに受け入れてくれるのだということには。

 気になっていたのはカレンの気持ちの方。しかしそれも杞憂だったのだと、前を歩く三人の姿を見ていれば理解する。


「まぁあたしの時もそうだったしね」


 いきなり喧嘩を吹っ掛けたのに受け入れてもらえるぐらいの器量は持ち合わせていた。


「そうだったね」


 そうして鉱山入り口に帰って来ると、レインが一人慌てふためいている。


「あ、あのさ、ニーナが帰って来ないんだ!」

「へ? あたしならここにいるよ?」

「あん?」


 後ろからヒョコっと姿を見せるニーナに対して、レインの頭の中では混乱が埋め尽くしていた。


「お、おい、なんでニーナが中から一緒に出てくるんだ?」

「いやぁ、ちょっと色々ありまして」

「ニーナ。ちゃんとレインにも説明しなさい」

「はぁい。レインさん、ごめんなさい」

「なんだなんだ?」


 ペコリと頭を下げるニーナの姿にレインはわけがわからなくなる。


「どういうことだ? 中で何があった?」


 そうして帰り道で一連の騒動をレインに説明しながら王都への帰路に着いた。


(ほっ。中でそんなめんどくさいことになってやがったのか。あぶねぇあぶねぇ)


 一人蚊帳の外だったにも関わらず事態に巻き込まれずに済んだことにレインは安堵の息を漏らす。


(なんでか知んねぇけど、女連中たちも仲良くなったみたいだしな。万事解決!)


 意図せずにモニカ達の仲が見てわかる程に深まっていることもまた喜ばしかった。



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