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第三百七十二話 閑話 魔灯石採掘護衛依頼②

 

 王都の北に広がる広大な平原の中に作られた街道をしばらく移動した場所にある魔灯石の採掘が出来るその鉱山。岩肌が剥き出しになっているその山の標高はそれほど高くはなく、どこにでもある山。

 グスタボが手綱を握る荷馬車に乗り移動している中、そのままグスタボは背後に目を送り、楽しそうに談笑している学生達の様子に感心する。


「ふむ、さすがは冒険者学校の学生達といったところか。最初はいくらか心配したが、なるほど。一通りの護衛術は身に付けているのだな」

「はい。学校では色々と教わりますので」


 ただ談笑しているだけでなく、四方八方に警戒を張り巡らせていた。周囲を見回す様子を見てグスタボもいくらか安心を示す。これなら仮に魔物が出ても問題なく対処してくれるだろうと。

 そうして目的の鉱山に着いたところで荷馬車を停める。


「さて、これから中に入ることになるが……――」


 目の前には人工的に掘り進められた鉱山洞窟。


「――……入口に近い所の魔灯石はもうほとんど採り尽くされている」


 質の良い魔灯石を採る為には少し中に潜らなければいけない。

 帰りのことも考えると荷馬車の番をする者も必要。


「誰が一緒に来てくれる?」


 役割分担をどうするのかと問いかける。


「そうですね、じゃあ中に入りたい人は?」


 戦力的なバランスを考慮するとヨハン達は六人。誰が中に入ってもいいので人数的な配分は四:二程度。


「僕は採掘現場って見たことないからグスタボさんと一緒に入りたいな」

「俺は別にいいかな。親の仕事の関係で採掘された魔灯石は見飽きてるしな」

「あたしもぉ。食べ物ないし、残っててもいいならいかなーい」

「もう、ニーナは相変わらずね。いいわ、私が一緒に入るわ」

「わたしも王国の資源がどのようになっているのか見ておきたいので一緒に入るわ」

「でしたらわたくしも一緒に入りますわ。たぶんどちらでも良いのでしょうけど」


 そうして中に入る者と残る者が決まる。

 鉱山内の護衛にはヨハンとモニカにカレンとエレナ。残るのはレインとニーナになった。


「決まりました。じゃあグスタボさん、お願いします」

「あ、ああ。決まったか。では行こうか」


 あまりにも緊張感に欠けたやりとりにグスタボは呆気に取られる。


(本当にこの子ら学生か? 妙に落ち着きおってからに。学生だろ?)


 まるで熟練の冒険者みたいな雰囲気。


(それとも実は何も考えておらんのか?)


 余りにも落ち着き払ったそのやり取りに不安を覚えるのだが、ここまで来た以上引き返すわけにもいかない。となれば手短に仕事を終えて引き上げようと考えた。



 ◇ ◆



 そうして中に入ったヨハン達はしばらく歩く。

 壁に埋まっている自発的な光を放つ魔灯石によりランタンなどの灯りは必要としないのだが薄暗い。


「ここに埋まっている魔灯石は光が弱いみたいですけど、これは?」

「ああ。この辺にあった質の良い魔灯石はもう既に採られてしまっておるからな。残った分だとこの程度ということだ。ここにある魔灯石は所詮通路を照らす役割を担っておる程度だ」

「へー、そうなんですね。ということは、まだ奥に潜っていくんですね」

「そういうことだな」


 それは採掘するものからすれば当たり前のこと。奥に行けば質の良い魔灯石、魔石類が採れるのは常識。しかし同時に魔物の襲撃を受ける確率が上がるだけでなく、入り組んだ迷路による遭難の危険性も高まる。


 そうしてマッピングしながら更に奥に進んでいった。もう既に一時間は経過している。


「お前達は本当に学生か?」

「はい。どうしてですか?」

「いや……――」


 ここに来るまで既に洞窟内独自の蝙蝠型の魔物を何匹も討伐していた。低ランクとはいえその手際の良さに感心を示している。


「――……このまま引き続き頼む」

「わかりました」


 グスタボの様子にヨハンが首を傾げる中、グスタボが考えるのはこの様子ならば安心して採掘に専念できると。

 それからさらに三十分程度洞窟内を進む。途中までは人工的に掘り進められていた内部の様子なのだが、辺りはもう自然に生まれたであろう洞窟になっていた。


「綺麗ね」

「ええ」


 明らかに周囲の魔灯石、自発的に放つ光は大きくなっている。


「さて、では今回はこの辺りで作業を開始するか」

「えっ? まだ奥があるのに行かないの?」


 モニカの視線の先にはまだ奥に続く通路。その言葉の意味。


「ああ。奥に行けば更に良い質の魔灯石や他の希少な魔石が手に入るかもしれんが、当然その分危険にもなる。まだここは比較的魔物が弱い方だが、あまり人の入らん洞窟だと奥に行けばどれだけ危険になるのかも読めんのでな」

「ふぅん。そうなんだ」


 危険性との折り合い。ある程度質の良い魔灯石が得られればそれで良い。これ以上深く潜る気もない。

 グスタボは手持ちの鞄から掘削用の道具を取り出し作業に当たる。

 ヨハン達の任務はグスタボが作業に集中できるように周囲の警戒にあたること。


 辺りに響くのはカーン、カーンと鋭い音。グスタボが工具を壁に打ち付けている。洞窟内ともあって反響音が大きく鳴り響いていた。


「ねぇ何か聞こえない?」


 壁に打ち付けられる金属音の合間を縫って聞こえてくる妙な音。カレンが耳に手を当てている。


「……そうですね」


 グスタボが壁から魔灯石を掘り出しては手に持って角度を変えて眺めていた。掘り出す過程で傷がないかなどの質を調べている。

 そんな中で聞こえて来た音。洞窟の奥から。それは先程までの気配とはまた違っていた。


「ヨハンさん」

「うん」


 再び壁に工具を打ち付けるグスタボ。


「グスタボさん。少しよろしいでしょうか?」


 カーン、カーンと壁に工具を打ち付けており、一心不乱に作業へ集中している。エレナがグスタボに声を掛けるのだが、まるで返事が無い。


「もうしょうがないわね」


 モニカがグスタボの肩を掴み、強引に振り返らせた。


「グスタボさんってば!」

「なんだ!? どうした!? 何か起きたか!?」


 我に返ったグスタボは周囲をキョロキョロと見回す。


「……何もないではないか」


 ホッと安堵の息を漏らすのだが、問題はそうではない。


「いえ、これから起きるかもしれません」


 奥から感じる妙な気配。


「奥から妙な音が聞こえますわ」

「ん? 音? 何も聞こえんぞ?」


 エレナの言葉にグスタボは首を傾げた。耳を澄ますのだが、グスタボには何も聞こえない。


「大方、風の音でも聞こえたのではないか?」


 洞窟内部で外部、地上との何かしらの繋がりがあれば風の音が鳴り響くこともある。


「……いえ、何かが迫ってきている気配を感じます」

「そうね、結構な数の魔物の気配ね」


 しかしそれとは明らかに異なるのは感じ得る気配。

 経験が成せる業なのだがグスタボは尚も信じられない。


(何をいっておるのだこの子等は)


 目を凝らし、洞窟の奥に視線を向けるのだが一向に見えなかった。

 しかしそこでようやくグスタボの耳にも妙な音が聞こえてくる。カサカサと。


「な、なんだ?」


 カサカサガサガサと何かが地面を這いずり回って迫って来ているような音。

 その音が徐々に大きく複雑になっていた。



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