第三百七十 話 精霊石
「ふぅ。学校って覚えないといけないこと多いのね」
数日後、学校の終わりに中央区の屋敷に顔を出すとカレンは机に向かって冒険者学校の資料に目を通していた。
「大変ですか?」
「うーん。そうね。でもやりがいはありそうよ」
グッと椅子に目一杯もたれて伸びをしながらも楽しそうな表情のカレン。
人に何かを教えることの新鮮さ。今までは学びばかりだったが、環境の変化も相まって興味が湧いている。
「あっ。それでヨハンにお願いがあるのだけれど」
「お願いですか?」
クルっと身体を回してヨハンに笑いかけた。
「ええ。授業に使いたい魔具があってね。それで魔道具を売っている場所を教えて欲しいの」
「魔道具ですか? わかりました。それぐらいなら。ついでに王都の主要箇所、ギルドとかの案内もさせてもらいますね」
「助かるわ。じゃあ明日の休みにでもお願い」
そうして翌日、カレンと二人で出掛けることになる。
◇ ◆ ◇
ヨハンとカレンは冒険者ギルドのある西地区を二人で歩いていた。
カレンは長い髪を頭頂部で束ねて結っている。
「そういえばS級に昇格したのって学校ではどうしているの?」
「別に自分達のランクを開示しなければいけないものでもないのでシェバンニ先生からは言わなくていいと」
「まぁその方が無難でしょうね」
ただでさえ多くの僻みを受けているのだからこれ以上余計なトラブルの種を蒔く必要もないというシェバンニの考え。ヨハンからしてもまだS級に相当するとは思ってもいない。
「それよりもカレンさん今日どうしたんですか?」
「え?」
視線を向けるのはカレンの頭へ。その髪型。
ヨハンの目線を確認したカレンは目をパチパチとさせる。
「な、なによ!?」
「いや、いつものカレンさんとはなんかちょっと違うなーって」
「へ、変かな?」
会った時には触れられなかったので安堵と不満を抱いたのだが唐突に追及されたことで思わずどぎまぎとさせた。
「いえ、よく似合ってます。可愛いですよ」
「っつぅ!」
無邪気な笑顔を向けられたことで思わず顔を逸らす。
「も、もう何を言ってるのよ! さぁ行くわよ!」
「えっ、はい」
さっさと前を歩いて行くカレンの背を、疑問符を浮かべながら追いかけた。
「ちょ、ちょっとカレンさん?」
羞恥で顔を紅潮させていることには気付かない。
(ほんとヨハンって急にああいうことを平気で言うんだから)
思わずにやける顔を見られないようにする。そうして程なくして冒険者ギルドに着いた。
今回の目的はギルドの場所をカレンに伝えることとギルド長であるアルバにカレンを紹介すること。
「おっ、良い女じゃねぇか」
「おい、こっち来て一杯飲もうぜ!」
ギルド内に入るなり遠くにある酒場から声を掛けられる。入り浸っているのは王都に出入りしている冒険者。お世辞にも品があるとは言えない者達。
「お、おい! やめとけって、恥かくだけだって!」
「んだよ?」
「久しぶりに顔を見たけど間違いない。あいつだ。あの飛竜を倒したのは」
「……あの飛竜って、もしかしてアレか?」
「ああ」
「あんなガキがか?」
ひそひそと話され、既に一目置かれている存在になってしまっていた。
「チッ!」
冒険者ギルド内の依頼掲示板でその話を聞いていたのはヨハンの同級生のゴンザ。
ヤンとロンとチンを引き連れ受ける依頼を見繕っていたのだが、聞こえてくる会話がまるで面白くない。
「兄貴、しょうがないですって」
「そうですよ。あの時はアイツが異常なだけですって」
「くそっ!」
「今度の学年末試験で見返してやりましょうよ。噂によれば新しいシステムが導入されるみたいですよ」
「……フンッ。いくぞ」
ヨハンがカレンに内部の説明をしている間にゴンザ達は依頼を受けてギルドを出て行った。
「あれ、今のゴンザ?」
再会を祝う間柄ではないのだが、王都を出る時に言われた言葉をふと思い出す。
(どれぐらい強くなってるんだろう?)
自分より強くなると断言していたゴンザが今どうしているのか少しだけ気になった。
ギルドを出ていくゴンザが肩越しにこっちを見ていた気がして、目が合ったと思ったのも微妙に気になる。どうにも怒気を孕んでいる様子の眼光。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
首を傾げるカレンなのだが、どう説明したらいいものなのかわからない。
わかっているのは一つだけ。
(やっぱり嫌われているみたいなんだよなぁ)
嫌われる覚えもないのだが、と内心で疑問符を浮かべながらそうしてそのまま受付に行く。
「あら、久しぶりですね」
「ご無沙汰しています」
顔見知りの受付嬢。ヨハンを見るなりニヤニヤとしていた。そっと耳元で小さく声を掛けてくる。
「聞きましたよ。最年少S級昇格、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
苦笑いするしかない。ギルド間を通じて既に情報が入っているのだと。
「それで、今日は依頼を受けられるのですか?」
「いえ、あの、アルバさんは今いますか?」
「ああ、ギルド長に用事でしたか。ええ、連絡しておきますので上がって下さい」
「ありがとうございます。じゃあカレンさん行きましょうか」
そうしてギルド長室前に着いて扉をノックした。
「入りたまえ」
部屋の中から声が聞こえたので中に入る。
奥の椅子に腰掛けているのは恰幅の良い男アルバ。
「ご無沙汰しています」
「いやいや、中々大変だったようだな。報告は受けている。それで、しばらくは落ち着けそうか?」
「はい、とりあえずは」
ようやく王都への帰還を果たして一段落したところ。差し迫っているのは学年末試験のみ。
「それで、今日はどういった要件だ?」
「こちらの人を紹介しようと思いまして」
「確か、帝国の皇女殿下で君の婚約者になったんだったな」
起きた出来事全てというわけではないのだが、ギルドで共有する情報以外にもガルドフから内々にいくつかの情報を既に得ていた。
「はじめまして、カレン・エルネライと申します」
「ああ。王都のギルド長を務めているアルバだ」
そのまま確認するようにカレンをジッと視るアルバ。その魔眼を通して。
(ふむ。精霊術士と聞いていたがなるほど。体質的なものか、どうやら精霊に愛されておるようだな)
今は可視化されていないカレンの周囲を漂う微精霊。その周囲を取り囲むようにしている様子からして精霊術士としての格を覗き見る。
(この分ならば問題なさそうだな。必要であれば依頼を出すことも…………)
チラとヨハンを見て視線を落とす手元の一枚の用紙。そこにはシグラム王国の西の町、セラで起きている事態が記載されていた。
「戻って来て早々でなんだが、また必要に応じて依頼を出させてもらっても?」
「はい、もちろん大丈夫です」
アルバから受けるのはいつも裏の依頼。
「とは言ってもS級ともなれば通常の指名依頼になってしまうな。いやはやどうしたものか」
「いえ、これまで通りで大丈夫です。シェバンニ先生からもそう言われていますので」
「そうか。それはこちらとしても助かる」
そうしてアルバとの話をそこそこに、ギルドを出た後は真っ直ぐに東地区に向かう。
商業地区である東地区の店先を二人で眺めながら着いた先は以前レインに連れて来てもらった魔道具店。
「ここです」
蔦の這った木造家屋。
「へぇ。雰囲気あるわね。ここなら良いのが揃いそうだわ」
扱う商品が魔道具ともあって、趣のある建物をカレンが気に入っていた。
「あーらー、いらっしゃいませー。なにかお探しでしょうかぁ?」
独特の話口調の店主、キシリアに出迎えられる。
「あの、精霊石って置いてあったりしますか?」
「あー、ありますよぉ。ちょっと待ってくださいねぇ」
キシリアが店の奥に姿を消す中、疑問が浮かぶ。
「精霊石ってなんですか?」
「簡単に言うと、わたしのこれと同じ物ね」
カレンが言うのは首元にある翡翠色の魔石。
「ある程度魔法を扱える人なら誰でも微精霊の力を使えるようになるの」
通常、魔法は体内の魔力を消費するのだが、その魔力と精霊の魔力を掛け合わせて行使されるのが精霊術。精霊石はその補助的なもの。魔石に分類されるものなのだが、稀少鉱石マナストーンが使われている。
補助的なものであるので、本来の精霊術士とは使役できる精霊自体にも大きな開きがあり、効力も大きく下回る要は練習用。
「おまたせしましたぁ。こちらでよろしいですかぁ?」
キシリアが持って来た木箱の中には十個の小さな石。
「ありがとうございます。これ全部頂いても?」
「もちろんですぅ。また発注しておきますのでぇ」
「こちらで製造を?」
「いいえぇ。それは王宮の――」
「それはわっしが作った物じゃ」
不意に背後から聞こえる声に振り返ると見知った人物が立っていた。白衣を着た見た目小さな女性。
「久しいのヨハンくん」
「ナインゴランさん」
王都の魔道具研究機関の所長を務めているメッサーナ・ナインゴラン。
若く見えるナインゴランは所長を務める程に優秀な人物なのだが、実際は見た目以上に歳を取っている。実年齢が幾つなのか定かではない。
「そちらが噂の婚約者じゃな」
ジッと観察する様にカレンを見るナインゴラン。
「ふむ。中々のモノのようだな」
大きく頷く。
「ええ。精霊術に関しては自信があるわ」
「いやいや、そうではない。こっちの方じゃ」
まじまじと見る視線の先ではカレンの胸の大きさを確認しており、視線を理解したカレンは慌てて胸元を両腕で隠した。
「な、なにを言ってるのよあなたは!」
「おっと、これは失礼。挨拶をしてなかったな。わっしは魔道具研究所の所長のメッサーナ・ナインゴランじゃ」
悪びれる様子がないままカレンに微笑む。
「あなたがこの精霊石を?」
疑念の眼差しを向けた問いかけ。
「うむ、その通りじゃ。もし何かあればいつでも連絡してくるが良い」
「そうですか。腕の方は確かなようですね」
「もちろんじゃとも」
「でしたら今後も何かお願いすることもあるかもしれないですね」
「しかし見返りはしっかりと求めるがな。キシリア、アレは入っておるか?」
「あーりますよぉ」
ナインゴランはキシリアが棚から取り出した小さな箱を受け取り、用件は済んだとばかりに店を出ようと出入り口に向かった。
「おお、そういえばヨハンくんは二学年だったな」
店の出入り口でナインゴランが立ち止まり振り返る。
「はい」
「今年の学年末試験は楽しみにしておることじゃな。きみなら間違いなく該当するはずじゃからの」
「え?」
ナインゴランはニヤリと笑みを浮かべた。
「楽しみに、ですか?」
「うむ。わっしが新しく作った設備を使って試験をすることになったのでな。試験なので一部にしか運用せぬが」
「それって、どういうものなんですか?」
「それは実際に使ってみてのお楽しみじゃな。しかしまぁ一つ言えることは、既存の概念を大きく覆すもの、いや……忘れられた概念を取り戻したといった方が正しいのか」
ナインゴランは一人でクックと笑いながら店を出て行く。
「どういうことかしら?」
「さぁ?」
何を言っているのか全く理解できない。
結局そのままカレンの用事を済ませて買い物をそこそこにして帰ることになった。




