第三百六十九話 大きな変化
翌日、ヨハンが約半年振りに訪れた冒険者学校では大きな騒ぎが三つ起きた。
一つ目には、ここしばらく姿のなかったヨハンの帰還。
「まるで珍獣だな」
「変なこと言わないでって言いたいところだけど、確かに言い得て妙ね」
レインとモニカが嫌悪感を示すのは、周囲の学生達には遠目に見られるだけに留まるのだが、それでもその好奇な視線。ひそひそとそこかしこで話をしている。
「にしてもまさかカレンさんが教師かぁ」
「それは僕もびっくりしたよ。何も聞いてなかったから」
二つ目にはカレンのこと。
精霊術士として臨時講師になるのだと。
「しかし確かに見識を深めるためには良いですわね」
精霊術は通常の魔法とは性質が異なる。召喚術と似た性質を持つのだが、共に使用者は限定される。
しかし驚かれているのはそれだけではない。カレンが冒険者学校の臨時教師に着任するなり目を惹くのはその美貌。透き通るような綺麗な銀髪に見事なまでの身体つき。一目で男子学生を虜にしていた。
同時に反感を買うのはすぐに広まるその噂。ヨハンの婚約者なのだということ。不満がそこかしこで聞こえて来た。
「どうしてアイツばっかり!」
「ラウル様に気に入られやがって!」
男子学生の僻みや妬み。
「きれー」
「お人形さんみたいな人」
しかし女子学生の大半は称賛と憧れ。
同じ女性なのにまるで別の種族を見ているかのようなうっとりとした様子を見せる。
そして三つ目。
これがヨハンの帰還とカレンの着任を上回る勢いで学生達を驚かせた。
「ナナシー!?」
教室でガタンと立ち上がるレイン。その声に反応してひらひらと手を振るナナシー。隣にはサイバル。
「静かになさいレイン」
「は、はい、すいません!」
大きな声を出したことによる周囲の学生達の視線を一身に浴びたことすらレインからすればそんなことはどうでもいい。驚きと困惑が胸中を占める。
「さて。この二人がどういう存在なのかということの紹介は必要ありませんね」
ざわついている学生達のその反応はどれも同じ。エルフという稀少な種族が目の前に突然姿を見せたということから。
「でも、先生。どうしてエルフが?」
疑問そのままに学生の一人が口を開く。
「そうですね。まず、かつて起きた戦争のことは皆さんに講義でお話しした通りですが、エルフと人間もいつまでも敵対しているわけにはいきません。お互いに歩み寄る必要があります。それは他の種族にしても同じなのは言うまでもありませんよね?」
約二十年前に起きたエルフの里襲撃事件。魔力の強いエルフを捕らえようとした時の話。
座学で教えられる獣人などのいくつもの他種族に関して。外見から忌避されることも少なくないその人間の差別や偏見。間違った解釈が起こらないよう教えられている。
「それで、この度友好の証として、互いに歩み寄る為に今回この二人は来ました」
シェバンニの説明によって一定の納得を示す学生達。興味津々で耳を傾けていた。
「でもどうして私達の学年に?」
「それは先程のレインの反応を見ればわかるでしょう。彼らは以前、縁あって彼女らと面識があります。知り合いが少しでもいるこの学年の方が良いという判断ということになりました。あくまでも彼女らは人間の世界に勉強をしに来ただけですので」
王国としてはそう対応をするのだと。冒険者学校もそれに従うただそれだけのこと。そう言われれば何も返せない。同時にその話を聞いてどうしてエルフと知り合ったのかという疑問を抱く学生がいる中、別の疑問を抱くのはマリン。
(さっきのレイン……――)
ナナシーを見て取り乱していたレインの表情にどこか不安を抱く。
「どうかしましたかマリン様?」
「なんでもないわ」
隣で疑問符を浮かべるカニエスに対してすぐさまぶっきらぼうに答えたのだが、実際は何とも言えない。
(――……なに、この胸騒ぎは)
胸に抱くざわつき。しかし表現のしようがない。
◇ ◆ ◇
「おいおい、どうしたんだよ突然!」
突然の来訪に驚いた後の授業の合間、教室内でナナシーとサイバルを交えて話していた。
レインの表情は口調とは正反対に嬉々としている。
「あれ? ヨハンには昨日教えておいたのだけど?」
「へ?」
首を傾げるナナシー。
「ごめんごめん。黙っていた方が驚くだろうと思ってさ」
「おまっ! そういうことは早く教えろって!」
「だからごめんってさ」
怒り口調の割にはレインの表情は緩みっぱなし。
周りからは一層の好奇の視線を向けられていた。
「ちょっとレイン?」
「んあ?」
不意に背後から掛けられる声にレインが反応して振り返ると目を細めているマリンの姿。
「なんだ?」
「ちょっとどういうことかしら?」
「なにがだよ?」
漠然とした質問。要領を得ない。
マリンが視線の先に捉えているのはエルフの二人、とりわけナナシーに対して。
「もしかして、私のこと?」
きょとんとしてキョロキョロと周りを見るナナシー。
「あっ、えっと、はじめまして。ナナシーといいます。よろしくね」
「フンッ!」
ニコリとマリンに微笑みかけるのだが、マリンは次にレインに目線を向けるとすぐさま踵を返す。
カツカツと歩いて教室を出ていく姿を一同はただただ見送るだけ。
「なんだぁ?」
「レイン、あのマリンって子に何かしたの?」
その一連の様子をヨハンは黙って見ていたのだが、どうにもレインが関係しているようにしか見えない。
「いんや」
全く覚えがない。
レインからすれば一緒に食事をして逃げられて以降、視線は感じるものの話し掛けられていない。それがここに来て急に話し掛けられるなどと、一体どういうことなのだろうか。
「どうせナナシー達エルフの情報でも欲しいんじゃねぇの?」
思い付く中で考えられること、関連することといえばそれぐらい。
「その割には私嫌われてたっぽいけど?」
「人間にも色々といるということだろう。全員がオレ達に好意的なわけではない」
「知ってるわよそれぐらい」
サイバルからすればどこにまたエルフに害を加える人間がいるとも限らない。
「あまり信用し過ぎるな」
「……わかって、いるわよ」
注意喚起するサイバルはナナシーのお目付け役として当然のことを言っているまで。ナナシーもサイバルの言葉の意味を理解できないわけではない。複雑に抱く感情。
「あっ、でもヨハン達のことは信じてるからね」
ハッとなり周囲で心配そうに見ている視線に気付いたナナシーは慌てて訂正する。
「わかってるわよそれぐらい」
「そうですわ。せっかく王都に来られたのですから目一杯楽しんでくださいませ」
そうして大きく変化した学内の様子はしばらく話題に事欠かなかった。




