第三百六十八話 使用人とカレン
「そういえば、ヨハン婚約したんだって?」
「あー……」
廊下を歩きながらニヤニヤとしてヨハンを見るナナシー。その表情は興味本位しか感じない。
「もしかして、その隣にいる子?」
「ううん。違うよ。ニーナは妹なんだ」
「妹?」
「ニーナです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。ナナシーです」
「サイバルさんも」
「……ああ」
ぶっきらぼうに答えるサイバルの腰をナナシーが軽くつねりながら、ニーナを妹として受け入れた経緯を話して聞かせる。
「そうなんだ。じゃあその婚約者は?」
「まぁ、カサンド帝国っていう隣の国の人なんだけど――」
「――ヨハン?」
不意に正面から姿を見せたのはカレン。
「あっ、丁度良かった。この人がカレンさんといって」
「もしかしてエルフ!?」
ヨハンがカレンを紹介するよりも先にナナシーとサイバルを見て興奮気味にカレンが反応した。
「えっと、はい」
苦笑いしながら応対するのだが、まじまじと耳や髪の毛をカレンは見ている。
「ほ、本物だわ! 初めて見たわ……」
口を開けたまま半信半疑で見た。
「あ、あの……」
「あっ、ごめんなさい。つい」
「いえ、大丈夫です。もう慣れていますから」
初めて対面した人間のいつもの反応。どうしても特徴的な髪の色や耳の形に目がいきがち。
「でも、どうしてエルフが?」
「実はね。この二人はナナシーとサイバルさんといって――」
「――サイバルでいい」
「でも」
「変に気は遣わなくても良い。気にするな」
「わかりました。じゃあ」
カレンが首を傾げる中、再度説明をする。
「僕も久しぶりに会ったんだけど、ここに住んで人間の世界の勉強をするみたいなんだ」
「そうなの?」
「ナナシーといいます」
「サイバルだ」
対照的な二人。好意的に接するナナシーに対してぶっきらぼうなサイバル。
「ごめんなさい。挨拶が遅れたわね。わたしはカサンド帝国第一皇女、カレン・エルネライ。今は国を出てヨハンの婚約者として同行しているわ」
「じゃあこの人が?」
「うん。そうなんだ」
「へぇ……」
ジッと観察する様にカレンを見るナナシー。
「綺麗な人ね。エレナとモニカと同じぐらい」
「そういえばエレナ達にはもう会ったの?」
「ううん。まだ王都に着いてすぐで色々と説明を受けていたからまだなの」
「そっか。ヨハンもそのカサンド帝国っていうところに行っていたのよね?」
「うん。だから学校もまだ行けてないんだ」
「学校かぁ。楽しみだなぁ」
「そういえば学校にも通うと言っていたけど学年は?」
年齢が二つ上のナナシーとサイバル。
「それはもちろんヨハン達と同じよ。ガルドフさんが色々と手配してくれたみたいなの」
長寿なだけでなく、人間とは別の種族であるため人間の年齢に合わせるよりも知っている人の中にいる方が良いというガルドフの強引な編入によってナナシーとサイバルは二学年への編入が決まっていた。
「そっか。じゃあ明日から一緒なんだね」
「ええ。改めてよろしくね」
そうしてそのままイルマニがいる執事部屋に着く。
「では、後のことは私にお任せください」
「はい。よろしくお願いします」
「それと、この屋敷はヨハン様の所有物であり、私共は使用人ですので用件があれば気兼ねなくお申し付けくださいませ」
「……ははっ、わかりました」
イルマニの目を見ていると遠慮したところで同じなのだということはなんとなくわかった。
とはいうものの、不慣れなだけでなくナナシーとサイバルを使用人として扱うなどということはできない。イルマニに対して表向きはそう返事をしておけばいいのだろうと。
そうして屋敷内の説明をいくらか聞くのだが、部屋数も多い。ヨハンとカレンとナナシーとサイバルが使う部屋とイルマニとネネの部屋。それ以外にもまだ部屋が余っているのだというのだから。それだけあると持て余してしまうのだが、管理は全て任せておいて欲しいと。前の持ち主、イルマニにすれば雇い主であるカールス・カトレア侯爵からもきつく言われているのだと。
その夜、久しぶりに両親と食卓を囲むのだが、カレンやニーナ達も一緒になって賑やかな食事となった。
「父さんたちはもう明日には出発するんだよね?」
「ああ。っていってもすぐに帰って来るつもりだけどな」
「そっか。わかった」
久しぶりに会うと懐かしさが込み上げてくる。村を出る前までは当たり前だった光景。
「けどなヨハン」
「なに?」
「ちょっと耳を貸せ」
突然どうしたのだろうと父のところに向かって行くと、そっと頭を抱えられた。
「大きな声を出すなよ」
「う、うん」
チラとイルマニを見るアトム。
一体今から何を言われるのか。妙な緊張が走る。
「カトレア卿には気を付けろ」
「えっ?」
「どんな甘い誘惑があったとしても、決して乗るな」
「誘惑?」
突然の注意喚起。意味がわからない。
「ああ。この屋敷はもう仕方ねぇがこれ以上何かが贈られるようなら必ず断れ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
「う、うん。わかったよ」
疑問を抱いたとしても、父アトムのその真剣な目つきを見るとそう返事を返すことしか出来ない。
「悪い人なの?」
二度会っただけ。特に会話の内容もそれほど多くはない。
しかし父がこれほどまでに言うのだからもしかしたらと過る可能性。会った印象としては気難しそうだが悪い人間には見えなかった。
「いや、そういうわけじゃねぇんだが、色々と因縁があってだな」
「因縁?」
「まぁお前がもっと大きくなったら教えてやるよ」
「?」
どういうことなのだろうかと疑問符を浮かべていると反対側には母エリザが来る。
「あんまり深く考えなくてもいいわよ。ヨハンはヨハンが思う通りに行動すればいいのだから」
「母さん?」
その様子を見る限り、母には父の発言の意図を理解している様子なのだがヨハンには理解できない。
「お母さんからは、ヨハンなら選択を迫られたとしても間違った選択をしないのだと信じているからってことだけを伝えておくわね」
「……うん。ありがとう」
どうしてそのようなことを言われるのかは理解できないのだが、その笑顔が信頼の証なのだと。
そうして夜が更けていった。




