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第三百六十七話 アトムとクーナ

 

「どうしてナナシーが?」


 イルマニは用事があるため先に執事部屋に戻り部屋を出ていたのだが、思わぬ再会に目を疑う。かつて友となったエルフの少女が王都にいるはずがない。


「びっくりした?」

「それはもちろん」

「実はね、長に連れて来てもらったの」

「あっ、へぇ……――」


 そのまま視線を向けるのはエルフの長クーナに対して。


「ええ。以前あなたに伝えた話、エルフの里を訪れた時にした話を覚えていますか?」

「――……はい。世界樹のこと、それと魔王の呪いのことですね?」


 エルフの里にある世界樹。エレナの先祖が魔王を封印した時に受けたらしいその呪い。詳細は不明なのだが、現代に於いて魔王の復活が近付いているのだと。


「それでわたしも彼らとその魔王に関する情報を集めようと動くことにしたの。王都に来るからそのついでに勉強がてらに丁度良いと思ってね」

「えっ!?」


 クーナの言葉に衝撃を受ける。


「あっ!」


 ヨハンの反応と同時にエリザが声を漏らし、慌てて止めようとしたのだがもう既に遅い。


「彼らって……」


 父と母を見ると明らかに気まずそうにしていた。


「もしかして、父さんたちが動いているのってそのことで?」

「あれ? もしかして知らなかったの?」


 グルンと顔を回すクーナはアトムとエリザの顔を見るのだが、二人して呆れてしまう始末。


「言ってないわよ」

「お前、ローファスの話をどう聞いてやがったんだ?」


 突然の話に困惑するのだが、ようやくいくらか納得した。

 エレナの父、ローファス王の依頼で両親は活動を再開したのだと。


「なによ。てっきり知ってるものだとばかり」

「はぁ。いいわ。そろそろ伝えてもいいみたいなことも言ってたし」


 苦笑いするエリザの横で困惑が顔のクーナ。


「どういうこと?」

「まぁなんだ。その話は今は置いといてだな、とりあえず二人とも勉強の一環でここに来てんだわ」


 話題を変えようとしているのをすぐに理解する。


(父さんたちが呪いのことを調べてる?)


 それが示すのは、いよいよ魔王の復活という不確かな事象が現実味を帯びているのだと。それ以外に考えられない。実感が湧かなくとも伝説の冒険者が活動を再開して動くのだということがどういうことなのか。


 考え込むヨハンを見たエリザはそこで立ち上がり、スッとヨハンの前に立った。


「ヨハン?」

「母さん?」


 一体どうしたのかと疑問が浮かぶのだが、エリザは優しく笑みを浮かべるとヨハンの身体を柔らかく抱きしめる。


「ごめんなさいね。驚かせたと思うけど、今の話は聞かなかったことにして」

「でも……」

「まだわからないことがいっぱいあるの。ヨハンの言いたいことはわかるわ。エレナちゃんのことでしょ? 心配なのよね」

「……うん」


 王家が受けた呪い。それはエレナに直接関すること。直結する話。


「あのね、今学生のあなた達が不安を抱えたまま生活する必要はないの。必要な時が来れば必ず教えるから」

「…………うん。わかった」


 自分が今何かを口に出せる立場にはない。

 それに母の言葉は決して嘘ではなく、本当に必要な時が来れば全てを教えてもらえるのだとどこか確信を持てた。


「話を戻すけど、ヨハンはあの子のことを知ってるのよね?」


 エリザが肩越しに見るエルフの少女ナナシー。


「うん。前に助けてもらったから」

「でね、あの子達、ナナシーとサイバルは学校に編入することになったから色々と教えてあげてね」

「えっ!?」


 そのままチラリとナナシーとサイバルに視線を向けるとナナシーにはニコリと微笑まれる。しかしサイバルは表情を変えない。



 ◇ ◆



 その後、ヨハンとニーナ、ナナシーとサイバルは屋敷内の説明があるとのことでイルマニがいるに付いて部屋を出ていた。

 ナナシーとサイバルに関する説明としては、先に述べられたように人間の世界の勉強を知る一環として王都を訪れているだけでなく、せっかくなので学校への編入と併せて住まいの提供のために屋敷で使用人として働くのだと。ナナシーとしてはフルエ村で送っていた生活の延長、規模は大きく違うのだが家事全般を担うことに関しては内容は同じ。


「ったく、ほんとクーちゃんはいつまで経っても不用心で不注意ね」

「仕方ないじゃない。だってあの子が里に来たことからしても全部話しても良いと思ったからさ」

「いいわけねぇだろ。これでもし何もなかったらどうすんだよ」

「……確かにあの娘のことを思うとそれもそうね」

「知らない方が良いこともあるのよ。こうなってしまっては、これだけ大きくなってしまうともう……」

「…………ちっ!」


 アトムが小さく舌打ちする中、重い空気がその場に流れる。


「過ぎたこと言っても仕方ないでしょ? とにかくあとはその時見の水晶を受け取りに行くだけじゃない。ならさっさと済まそうよ」

「それに関してはそうだけどな」

「そうね。ヨハンの元気な姿も見られたことだし」

「それだけどさ、凄いねあの子。あの歳でそんなに色々やり遂げたのね」

「ええ……――」

「それは俺達もびっくりしてるっての」


 エリザは内心考えていた。

 王都に送り出してから二年近くが経とうとしているのだが、およそ想像もつかない出来事の数々を潜り抜けている。


(――……もしかしたら、これからも…………)


 魔王の呪いを受けた子が同級生どころか同じパーティー内。

 結果、魔族の襲撃やそれに関する事柄に多く触れてしまっている。偶然にしては多くが重なり過ぎている。

 そのままチラリとアトムに目を送り抱く不安感。もう随分と前のことなのだが同種の感覚。彼の学生当時にも多くの問題が起き、それに向かって対処していた。


「大丈夫だっての」


 ポンとアトムから頭の上に手の平を乗せられる。


「あいつは俺達の子だ。例えこれからどんな問題が起きようともやり遂げるさ」


 もう随分となかったその手の平の感触。安心させようとする時にいつも送られた手。それが妙な懐かしさを込み上げさせてくるのは、その向けられた笑顔が当時と同じで思わず昔を想起させたから。


「……そうね。あなたの言う通りね」

「だろっ?」


 同じようにしてエリザも笑顔を返す。


「あのー?」

「「え?」」


 聞こえて来た声に反応して振り返る先はクーナの呆れた表情。


「私もいるってこと、忘れてないよね?」

「「あっ!」」


 明らかに忘れられていたその反応を見てクーナは頬を膨らませた。


「ほんと相変わらずなのはどっちなのやら。すぐに二人だけの空気つくっちゃって」

「ごめんなさい。そういうわけじゃないの」


 慌てて手の平を重ねるエリザ。


「別にいいわよ。結局アトムはエリザちゃんしか見ていないってことだもんね。あの時わたしに言ってくれた言葉は嘘だったのね!」

「あの時の言葉?」


 そのまま疑問符を浮かべる。


「そうよ。ほらっ、里を救ってもらった時にアトムが言ってくれたのよ」

「言ったって、何を?」

「あっ、ちょっ! おまっ!」


 慌ててアトムはクーナの口を塞ごうとするのだが、それを押しのけるクーナ。


「クーちゃんに何を言ったのアトム?」


 ジロリとエリザはアトムを見るのだが、アトムは思わず目を逸らした。


「あのね『お前はほんとに可愛いんだからさ』って。そう言ってくれたのよ」

「……へぇ。それは初耳ねぇ」


 ギロッとアトムを睨むエリザ。

 それはかつてエルフの里が襲われた時の後のこと。事後に本気でアトムに告白した時のその返事。クーナは二人の姿を見ながら思い返す。


『――ならっ!』


 その返答は決して否定的なものではない。


『……けどな。俺にはやっぱりエリザしかいねぇんだわ』

『――っ!』


 思わず下唇を噛む。


『だったら、だったら……エリザちゃんがオバちゃんになったらいいよね!?』

『お前なぁ』

『だって私はエルフよ! 人間よりも長く待つことできるから!』

『だからそういう問題じゃねぇって。っつかだいたい、それだと俺も結構歳食ってるじゃねぇかよ』

『アトムなら大丈夫よ!』

『アホなこと言うなっつの! でもお前はほんとに可愛いんだからさ、人間より長く生きれる分、その分だけ出会いも多くあるはずだろ。俺なんかよりよっぽどいい男がさ』

『…………』

『なっ?』


 向けられたとびきりの笑顔。その時にはもうアトムしか考えられなくなっていた。他の選択肢などない。


『……わかった』

『そっか。すまんな。気持ちは正直に嬉しいからさ』

『だったら、アトムとエリザちゃんの子どもをもらうわ』

『アホかテメェッ!』

『なによ! アトムが言ったんじゃない! 長く生きてる分だけ出会いがあるって!』

『世界が狭いんだよ! 他を探せ他をっ!』

『ご生憎様、エルフの世界は狭いのよ! 知ってるでしょ!?』

『知るかッ!』

『はぁ。もう仕方ないわねぇ。ならエリザちゃんに飽きたらいつでも私のところに来てよね』

『わぁった、わぁった。じゃあそうするよ』

『ほんとっ!?』

『まぁその間に気が変わるだろ』

『ふふん。それはわからないわよ』


 二人だけの秘密だと言っていたのでこれまでエリザには言わなかった。

 クーナがエリザに言わない限りアトムがそれをエリザに言うはずがないということは十分に理解していた。現に今もエリザから追及を受けているにも関わらず頑なに口を閉ざしてはぐらかしている姿も十数年前と変わらない。


(ほんと、変わらないわね。二人とも)


 その二人の姿を、クーナも懐かしそうに眺めていた。



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