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第三百六十六話 予想外の再会

 

 早朝の鍛錬場で予想外の模擬戦を終えた頃。


「そういえばお前は今日はまだ学校に行かないんだよな?」


 エレナとモニカは朝から汗をかいてしまったとかなんとか行って慌てて寮に戻っていた。


「うん。まだ帰って来たばっかりだし、もらった屋敷の説明を受けないといけないみたいで」


 レインが確認しているのは、ヨハンの本日の予定。

 カレンの身の周りの世話だけに限らず、部屋数が十数もある屋敷の維持管理の為に人も雇わなければいけないのだと。その話を聞いているとどうにも空き家を押し付けられたようにしか感じられない。


「そっか。帰って来て早々に大変だな。なら今日は無理そうだな」

「うんまたあとで」


 そうしてレインも学校に行く準備をするために寮に戻っていった中、その場に残るのはヨハンとカレンにアトムとエリザ。それと遅れてやってきた寝ぼけ眼のニーナ。



 ◇ ◆



「へぇ。ここが貰った家なのね」


 中央区のその屋敷。中央区とはいっても端にあるので周囲は閑静なもの。華やかさとは程遠い。


「お待ちしておりましたヨハン様」


 玄関でヨハンを出迎えていたのは執事服を着た細身で白髪の男、イルマニ。


「あの、どうしてもそう呼ばれないといけないんですか?」


 既に昨日に顔を合わせているのだが、昨日の時点ではご主人様と呼称されていたのをなんとか止めてもらっている。


「決まりですので慣れてくださいませ」


 イルマニは元々カールス・カトレア侯爵の下で執事をしていたのだが、既に隠居していた身なのだと。それが急遽人をあてがう為にカトレア侯爵から呼び出され、当面の間は屋敷の維持管理を中心にすることになっていた。


「じゃあヨハン、応接間に行ってるな」


 ヨハンとイルマニを通り越していくアトム。


「え? うん。場所は……――」

「大体わかるっての」

「――……そう?」


 勝手知ったるような感じで歩いて行くアトム。軽く頭を下げるイルマニはチラとエリザを見て再度頭を下げる。


「じゃあイルマニさん。あとのことはよろしくね。この子、知らないことばっかりだから色々と教えてあげて」

「かしこまりました。エリザ様」

「クーナは?」

「先にお越しになられております」

「そう。わかったわ」


 アトムの後を追うようにしてエリザも歩いて行った。


「あの?」

「ヨハン様。当面の間は私ともう一人使用人を雇うことになっておりまして、王宮より派遣が御座いました」

「せっかく王宮に勤めていたのになんだか申し訳ないなぁ」


 誉れ高い王宮から中央区の片隅の屋敷の使用人。まるで都落ち。


「いえ。彼女の方からの志願ですぞ。どうしても来たいと言ったらしく」

「え?」


 どうしてそんな風に志願したのか理解できない。


「あっ、ヨハン様。おかえりなさいませ」

「あれ?」


 奥から姿を見せた赤い髪の使用人姿の女性には覚えがある。


「ネネさん?」

「はい。ネネでございます」


 長い髪を束ねたネネは立ち止まり大きく頭を下げた。以前王宮に一晩泊まった時にヨハンの身の周りの世話を担当したメイド。


「じゃあネネさんが?」

「はい。これからこの屋敷に勤めさせていただきます。よろしくお願いします」


 頭を上げたネネは微笑みを浮かべる。


「でも、いいんですか?」

「……と、言いますと?」

「わざわざこんな場所で働かなくとも」

「いえ。私から志願したのです。以前ヨハン様のお世話をさせて頂いた縁もありますので」


 カトレア侯爵から募集を募った時に大半の使用人、メイド達は難しい顔をしていた。

 しかしネネだけは違った。


(この子、もしかしたら物凄い子なのかもしれないわ)


 以前世話を担当したヨハンが帰って来るなり早々に屋敷を与えられるなど普通ではない。それも学生の身分でありながら帝国の皇女を婚約者となって伴っているとなると尚更。


「そうですか。じゃあお願いします」

「かしこまりました。ではカレン様、こちらへ」

「ええ。よろしくねネネさん」

「こちらこそ今後ともよろしくお願いします」


 そうしてカレンと共に奥に姿を消すネネ。

 業務の内容は屋敷の維持管理に伴い、皇女の身の周りの世話をするということが余計に他の使用人がここに来たがらなかった理由。皇女ともなれば性格がもしかすれば気難しいかもしれない、と。そうした不安からメイド達からは警戒されていたのだが、短い間だけとはいえヨハンの性格を知るネネからすればむしろ役得ではないのかと。今後他の貴族家に無理やり奉公に行かされるよりも将来有望で厚遇される可能性のあるこちらの方がよほどマシではないかという多少の打算もあった。


「じゃあイルマニさんとネネさんの二人ですね」

「いえ、実はあと二人おります」

「あと二人も?」


 屋敷で生活するのはカレンのみ。確かに皇女とはいえそんなに人手を割かなければいけないのかと疑問を抱く。


「ご心配なさらずとも、その二人はまだ見習いですので」

「そうなんですね」


 まだまだ世間知らずの若い男女とのこと。その指導の役割もイルマニが担っていた。


「では参りましょうか」

「はい」


 向かう先は応接間。昨日話しそびれたニーナのことを、腰を落ち着けて話す予定なのだと。



「ではここが応接間になります。各部屋の詳しい説明は都度説明させて頂きます」

「わかりました」

「では私は仕事をさせて頂きますので」


 軽く頭を下げるとイルマニは執事の仕事に戻っていく。


「こんな大きな家の主になるなんて凄いねぇお兄ちゃん」

「……そうだね。僕には不相応だと思うけど」

「そんなことないでしょ」


 ニーナはそう言ってくれるものの、過分な感じは否めない。そうして溜め息混じりにゆっくりと部屋を開けると、部屋の中には楽しそうに談笑しているエリザともう一人の女性の姿が目に入った。


「えっ!? 里長……さん?」

「あっ、来たわエリザちゃん」

「そうね」

「エリザ……ちゃん?」


 母親、エリザをそう呼ぶ姿は明らかに親し気な雰囲気。


「さてっと」


 コホンと軽く咳払いをしたエルフの長クーナは立ち上がるとヨハンに向けてニコリと微笑む。


「久しぶりですねヨハン。お元気でしたか?」

「…………」


 先程見せていた仕草と一変した態度。


「あら? どうかしましたか?」


 不思議そうに首を傾げるクーナ。


「あっ、いえ、はい。お久しぶりです」


 慌ててぺこりと頭を下げた。


「さてっと。じゃあ早速だけど話をしましょうか」


 わけもわからず椅子に座る様に促され、置かれていたソファーに腰掛ける。


「こっちの話は後でいいから先にそっちの話をしたげてよ。リシュエルの子なんでしょ?」

「あれ? お父さんのこと知ってるの?」


 初対面のエルフの女性、クーナから突然父の名前が飛び出してきて目を丸くするニーナ。


「ええ。昔一緒に戦ったことがあるの」

「……へぇ」


 思いもよらなかったのだが、確かにそういえば幼い頃に聞かされた中にエルフがどうとか言っていたなと朧気にだが記憶していた。しかし種族の話なだけで内容は全く覚えていない。


「その辺の話は置いていてだな。とりあえずお嬢ちゃんには迷惑を掛けちまったな」

「え?」

「そうね。せっかくこの人を頼ってこんなところまで来たのにいなかったからびっくりしたでしょ?」

「まぁ……はい」


 イリナ村にアトムとエリザが不在であったために王都を訪れている。


「どうだ? 今の生活に不便なものはないか?」

「別に、ないかな? お兄ちゃんもよくしてくれてるし」

「そっか」


 そこでアトムとエリザが確認する様に顔を見合わせた。


「あのねニーナちゃん」

「はい?」


 ニーナに向けて優しく微笑みかけるエリザ。


「本当ならまずリシュエルの状況を確認しなければいけないのだけど、とりあえずこのまま王都で生活を続けてもらってもいいかしら?」

「え?」

「私達としては、リシュエルは知らない仲でもないのでニーナちゃんを迎え入れるのを反対しないのだけど、ちょっと今はバタバタしていてね。ニーナちゃんさえ良ければ、だけど」

「それは……――」


 チラリとヨハンの顔を見るニーナ。


「――……お兄ちゃんと一緒だから大丈夫です」


 身体を寄せる様にしてグッと腕を組む。


「あらあら。随分と仲が良くなったのね」


 手の平を頬に当てて微笑ましくその様子を見るエリザなのだが、アトムは内心で焦りを覚えていた。


(やべぇな。まだわかんねぇけど下手すりゃややこしいことになるなこれ)


 いくら酔った時の勢いによる婚約とはいえ、所詮親同士が勝手に決めたもの。当人が嫌がればそれを盾にリシュエルに婚約破棄を申し出るつもりだったのだがこの分ではそうもいかなさそう。


 ニコニコしながらもアトムに向けられているエリザの視線の中に僅かに殺気が含まれていることにアトムも気付いている。

 エリザにはニーナの存在、その話の内容を既に伝えていた。視線の意味はこの関係をどう処理するつもりなのかという無言の圧力。


「とりあえず俺と母さんはまた旅に出なければいけなくなったんだ」

「そのことなんだけど、僕びっくりしたよ」

「なんだ、びっくりしたって?」

「うん。父さんと母さんが有名な冒険者だっただなんて。僕、知らなかったからさ」


 ヨハンの言葉を聞いて再び顔を見合わせるアトムとエリザ。そのままアトムはガシガシと頭を掻く。


「ああ。なんだ、そのことか。まぁ別に隠していたわけじゃないけど、わざわざ自慢気に話すもんでもないからな」


 そう話すものの、その知名度は想像以上。生ける伝説として語られているのだから。


「そういやS級に上がったんだってな。学生のうちからなんてのはさすがにすげぇな」

「っていっても僕もびっくりしているけどね」

「でもS級だなんてのはただの肩書だから慢心してはダメよ?」

「うん。わかってる」


 自戒するように思い返すのは自身の力不足。まだまだ慢心するほど自信があるわけではない。


「そう。なら良いわ」

「――ヨハン様。少しよろしいでしょうか?」

「はい」


 そこでコンコンと扉をノックされ、顔を見せたのはイルマニ。


「お話し中失礼します」

「気にすんな。ちょうど今話し終わったところだ」

「それは良かったですアトム様」

「どうかしたんですか?」

「いえ。先程申しました使用人見習いをお連れしました」

「あっ、はい」


 そのままイルマニに続いて部屋の中に入って来るヨハンとそう歳の変わらない男女。


「えっ!?」


 思わず目を疑った。


「……ナナシー?」

「久しぶりね、ヨハン」


 ニコリと笑みを浮かべるのはかつて出会ったエルフの友であるナナシーだった。隣にはその幼馴染であるサイバル。



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