第三百五十九話 突然の贈り物
アトムたちが再会を果たしたその少し前。
「ちょっと、どうするのよこれ」
部屋の隅でしゃがみ込んでひそひそと耳打ちし合うモニカとエレナ。
「……現状どうしようもありませんわ」
唐突に突き付けられた事実、それがまさかカサンド帝国の皇女との婚約。まだ在学中とはいえ、邪険に扱うこともできないその立場。
(なにしてるのかしらあの二人?)
そんな二人の様子を訝し気に見ながらカレンは危機感を抱いている。
(それにしても、どうなってるのこのパーティー。あの二人、物凄い可愛いじゃない)
圧倒的な美少女。女性であるカレンから見ても間違いないと断言出来た。
(あの子にしてもそうだし)
チラリと視線を向ける先にいるサナにしても、先程の態度からしてヨハンに好意を持っていることは間違いない。
「とにかく、ここはわたくしに任せてくださいませ」
「どうするの?」
「相手が皇女であれば仕方ありませんわ」
すくっと立ち上がり、エレナはカレンに笑みを向ける。
「申し遅れました。わたくしはヨハンさんの同級生のエレナと申します」
「そう。あなたがエレナさん。王女なのよね?」
「ご存知でしたか。ええ。わたくしはこのシグラム王国、第一王女であるエレナ・スカーレットと申します。以後お見知りおきを」
綺麗な所作を用いて一礼した。
「よろしくね。ならそっちの子がモニカさんね」
カレンと視線を合わせてモニカはぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いしますわ。ですがわたくし達、ヨハンさんの仲間ですのでそちらではよく一緒に行動なさっていたようですが、これからはわたくし達と行動することが多くなりますのできっと寂しい思いをさせることになると思いますわ」
「あら、そう?」
僅かにカレンはきょとんとした。
「それは楽しみね」
カレンからすれば明らかな宣戦布告。互いに笑顔なのだがバチバチと視線が交差する女の戦いの様相を呈しており、ニーナが小さく拍手をしていた。
「それで? モニカさんとサナさんもどこかの貴族の子なのかしら?」
先に互いの身分。カレンはそれぞれの素性を確認しておきたい。
「いえ、私の家は普通の商人です」
「わ、わたしは普通の家の子です。親もただの木彫り細工職人ですので」
サナとモニカが同時に首を振る。
「あらそう。てっきりそれだけ可愛いから」
「「そ、そんなことないですよ」」
二人して大きく手を振る中、レインは目を光らせた。
(よしっ! ここだ!)
僅かな沈黙の間に差し込むようにして口を開く。
「な、なぁ、もっとその帝国で起きた話聞かせてくれよ」
「あっ、それだったら僕もエレナに聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「うん。あのさ、父さんが王宮にいたんだ。エレナ、何か知ってる?」
「へ?」
ヨハンの問いを受けてエレナ達は互いに顔を見合わせた。そのままニヤッと笑顔になる。
「ああ。そのことでしたか。もう知っていたのですね」
「ってことは?」
「実はですね、わたくし達ヨハンさんのお父様たちに鍛えて頂きましたの」
「えっ!?」
「ほんとお前の父ちゃんと母ちゃん、アトムさんとエリザさんマジ半端ねぇな。何回か死ぬかと思ったか」
「それで言えばシルビアさんが一番厳しかったけどね」
「違いねぇ」
ヨハンがカサンド帝国に行っている間の出来事。思い返すだけで苦笑いが込み上げてくる厳格で猛烈な指導。
「……こっちはこっちで何があったの?」
ヨハンがわけもわからないといった感じを見せる中、そうして互いの身に起きたことを話して聞かせ合った。
◇ ◆
「――……そうだったんだ。そんなことがあったんだね」
まさか入れ違うように父と母が王都に来ていたとは思ってもみない。
「でも僕の時はそんなに厳しくなかったけどな」
「それな、それ! お前の父ちゃん言ってたぞ! 『ヨハンは小さい頃でこれを余裕でこなしていた』ってな」
しかし鍛錬の内容はヨハンが幼少期にしていた比ではない。年齢に即した内容に引き上げられている。
「確かに辛かったわ。まぁけど、おかげで私たちも前以上に強くなれたわよ」
「そっかぁ……」
「しっかし、そっちはそっちで大変だったみたいだな」
カサンド帝国での出来事。
ヨハンのS級昇格やニーナが竜人族だったことも勿論なのだが、巻き込まれる形となった幾つもの事態。その最たる事案は魔族に関すること。
「シトラスと倒すことができたのは良かったけど」
「申し訳ありませんヨハンさん。それだけの事態の時に隣にいることができなくて」
「ううん。僕もまさかそんなことになるとは思ってもなかったからさ」
ヨハン一人に背負わせてしまったことによる申し訳なさ。それぞれがそれぞれの気持ちを抱く。
「けど人間が魔族に、ねぇ。そんなこともあるんだな」
「転生っていうみたいだけどね」
「ですがヨハンさん。魔王の復活が近付いている。確かにそう言っていたのですわね?」
「うん。でもまだ詳しいことは何もわからないんだけど」
ヨハン達の会話を黙って聞いていたカレンは一人考えていた。
(魔王の復活にシグラムが何か関係しているの? ねぇティア)
魔王に関することを知っていたセレティアナがこの場に居れば何か教えてもらえることがあったかもしれないと考えながら胸元の翡翠の魔石にそっと手を送る。
「えっ!?」
ふと握りしめた翡翠色の魔石が大きく光を放った。
「どうしたのさカレンさん?」
一同が突然の光に驚愕し、ニーナが声をかける。
「……わからないわ。でも、ティアが何か伝えようとしたのかも」
「ティアちゃんが?」
首を傾げるニーナなのだが、セレティアナを知るニーナであってもカレンが何を言おうとしているのか理解できない。エレナたちは目を見合わせていた。
そこにコンコンとドアがノックされる。
「誰かしら?」
ガチャッとドアが開いて姿を見せたのは寮母。
「おお。やっぱりここに居たみたいだねヨハン君」
「あっ、お久しぶりです。またよろしくお願いします」
「いいっていいって、元気な顔を見せてくれたらあたしゃそれでさ」
「どうかしましたか?」
「いや、あんたらお客さんだよ」
客と言われ、後で呼び出すと言われていたのでもしかしたらローファス王の使いかもしれないと思いながら寮の玄関に出ると大きな馬車が停まっており、そこにはカールス・カトレア侯爵がいた。
(あれ? この人って確か……)
一度だけ会ったことのある人物。飛竜討伐の翌日部屋を訪問されている。
「カトレア侯爵様ではありませんか」
「エレナ様、少々こちらのお二人をお借りしてもよろしいでしょうか?」
カールスが視線を向ける先はヨハンとカレンの二人。エレナは侯爵がわざわざ直接訪れるのであるのだから王女である自分にかと思ったのだがそうではなかった。
「ヨハンさんとカレンさんを?」
「ええ。よろしければエレナ様達もご一緒頂いても構いません」
カトレア侯爵の言葉の意味がわからずにそれぞれが疑問符を浮かべながらも馬車に乗り連れて行かれた先は中央区の端にある大きな屋敷。
「さて、途中で説明した通り、今日からこの屋敷はお前の物だ。詳しい話は明日にする」
「…………えっと、どうしたらいいのこれ」
思わず呆気に取られる。
貴族でもなく、大富豪でもなく、ただの学生でしかないヨハンは唐突に中央区に屋敷を所持することになった。




