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第三十五話 ……そして――――

 

「――――何か…………来る?」


 ヨハンがスフィアに確認する。


「ええ、この気配は……魔獣?それにしては――」


 魔獣、と口にした。

 魔物と魔獣の違いはその魔力量・一定以上の知能・討伐ランクB以上・独自の魔力特性のある獣の外見をしたもの。


「でも何かおかしいわね」


 何らかの違和感を覚えたスフィアがボソッと呟く。


「スフィアさん?」


 その様子にどうしたのかと確認しようとしたその瞬間その何かが目の前に姿を現した。


「――グギャギュルルルルルッウ!」


 特大の熊の形をした魔物が姿を現すと同時に猛然と迫り、ヨハン達を引き裂こうと腕を振るう。

 突然のことだったが、二人とも咄嗟に左右にその腕を躱した。



「――スフィアさん、こいつは?」


 熊の魔物を挟み、対面に飛び退いたスフィアにヨハンが話し掛ける。


「こいつはジャイアントベアです。ですが、どうやら普通のジャイアントベアとは違うようですね。見て下さい、そいつの目と身体を――」

「目と体ですか?」


 ヨハンがジャイアントベアの目を見ると赤く輝いていた。どこかおかしさを感じる。

 身体の方に目を向けると無数の刺し傷や切り傷が刻まれていたが、その傷は腐敗していた。


「ジャイアントベアは本来青色の目をしています。このような赤い目をしたジャイアントベアは聞いたこともありません。それに、その身体の傷は腐食しています。恐らく、このジャイアントベアは既に死んでいます」


「えっ!?死んでいる?それがどうして動いているんですか?」

「……わかりません。ですが、もしかしたら――――」


 スフィアは言葉を続けようとしたのだが、ジャイアントベアはスフィアに狙いを定め襲い掛かる。


「スフィアさん!」

「大丈夫です。問題ありません」


 スフィアはジャイアントベアの攻撃を軽々と躱していく。

 軽やかな身のこなし、ジャイアントベアの爪は身体をかすめるギリギリなのだが絶対に当たらないと確信をさせるその動き。


 さらに、スフィアは剣を抜いており、躱しながらもジャイアントベアに剣を振っていく。


「――すごい」


 あまりの優雅さに見惚れてしまった。



 しかし、ジャイアントベアの攻撃を躱し続けながら当てているスフィアの剣戟のどれにも効果が見られない。


「これはどういうことなんだ?スフィアさんの攻撃は全部一定以上の威力があるように見えるのにどうして効かないんだ?」


 疑問に思っていたところ、ジャイアントベアの攻撃を躱したスフィアがヨハンの横に跳んでくる。


「ヨハン、あのジャイアントベアは恐らくアンデット化しています。いわゆるゾンビですね」

「アンデット化!?どうしてそんなことに?」

「……それはわかりませんが、確かギルドの討伐依頼にジャイアントベアの討伐があったはず。場所もこの近くだったかと」


「――――あっ!」

「どうしました?」

「い、いえ、前にギルドで僕たちに絡んできた人がいたんですけれど、その人がジャイアントベアの討伐依頼を受けていたんです。しばらく後にギルドでその人が失敗して死んだって聞こえてきたんですけど、その人はもうすぐAランクになるらしくて、ジャイアントベアなら問題なく倒せるって聞いたような…………」


 ギルドの依頼と聞いて思い出した。


「そうでしたか、もしかしたらそのジャイアントベアがこいつかもしれませんね。見かけはジャイアントベアですが、中身が違うので油断したのかと」

「はい。けど、こういった相手にはどうしたらいいんですか?」

「ふふっ、それはね――――」


 スフィアは不敵に笑う。

 その顔からは自信が窺えた。



「――――どうしたどうした?」


 そこに騒ぎを察知したレインとモニカにエレナが駆け付けて来る。


「って!?なんだこいつはっ!?」


 ジャイアントベアを見たレインはその異様さを感じ取った。


「みんな!スフィアさんが言うには、このジャイアントベアはアンデット化しているみたいなんだ!」

「アンデット化ですって!?」


 エレナは驚きを隠せない様子でエレナらしからぬ大きな声を出す。


「ねぇエレナ?アンデット化は普通のアンデット系の魔物と何か違うの?」

「え、えぇ。アンデット系の魔物は共通して魔素の濃いところで生まれるのですが、前提として生まれた時からアンデットの状態なのですわ。ジャイアントベアみたいに既存の魔物がアンデットに変化するケースなんていうのは…………」


「どうしたのエレナ?」


 アンデットについて話している途中でエレナは何か思い当たる節で考え込む。


「――来ます!みんな散開して!」


 スフィアの掛け声と同時に襲い掛かるジャイアントベアに対して四方に飛び散った。


「いえ、杞憂だと思いますが、少し昔話を思い出しまして……」

「昔話って?」

「その話は後ですわ。今は目の前の対処が最優先ですので。スフィア!アンデット化したとはいえ、対処の仕方は他のアンデット系の魔物と同じと思われます!」


 離れた位置からエレナがスフィアに声を掛ける。


「ええ、丁度私もそう思っていたの。わかりました、やってみましょう。みんな、少しの間時間を稼いでおいてください」


 エレナの推測を聞いたスフィアは少しばかりの時間が欲しいとキズナに時間稼ぎを任せた。


 本来、スフィアにとって下級生の生徒に魔獣の対応を任せることなどはあり得ない選択肢なのだが、既に高ランク冒険者パーティーに肉薄していることをスフィアは知っている。

 故にそれを任せることに迷いはない。



「「「「わかりました!」」」」


 ヨハン達も四人もそれぞれ憶することなく力強く返事をし、同時に頷いた。


 取り囲むように四方に立ち並び、唸り声を上げながら周囲を見渡すジャイアントベア。

 ヨハンとモニカは長剣を構え、エレナは薙刀を持っている。レインは短刀を両手にしていた。


 少しの静寂が流れたその瞬間、機先を制する様に長剣を構えていたモニカがジャイアントベアに斬りかかる。


 モニカを視界に捉えたジャイアントベアはなのだが、斬りかかられた腹部を意に介すことなくその獰猛な爪をモニカに向かって思い切り振りかぶった。


 その爪に対してレインが両手に構えた短刀で受け止め即座に斬り払う。

 払われた爪は表面に少しの傷を作るのみでモニカの顔の数センチ横を通り過ぎるが、モニカは自分に当たらないことがわかっていたかの様に続けて剣戟を放った。


「いやぁ、そんなに信じられると失敗できないな」


 言葉とは裏腹にレインの表情には余裕が窺える。


「――レインも強くなりましたものね」


 続けざまにエレナが二人とは反対方向から刃の長い薙刀で両足を切り払った。

 その傷口からは変わらず出血は見られないが、衝撃に身体を支えることができずジャイアントベアは前のめりに地面に倒れる。


 ジャイアントベアが地面に倒れたその瞬間に三人がその場を飛び退いた。


 ジャイアントベアを中心とした地面が盛り上がり轟音とともにジャイアントベアに向かい覆いかぶさる。


 ヨハンが土の魔法をジャイアントベアに放っていたのだ。

 少しでもタイミングを間違えれば味方に被害が及ぶ、巻き込みかねないその状況なのだが、それぞれが各々各自見極めを行い、絶妙なタイミングの凄まじい連携を発揮していたのであった。



「なるほど、凄いわね…………。これがあの子達の力。噂以上ですね」


 魔力を練っているスフィアは、キズナに陽動するように指示を出した結果、その予想以上の力と連携を目の当たりにして驚愕する。


「おいおい、こりゃあ倒しちまったんじゃないか?なぁ?」


 レインが目の前の土の塊を見て周囲に目を向けた。


「いや、手応えが小さい――――まだだ!」


 ググっと土の塊が動き、亀裂が入った瞬間に土の塊は弾け飛ぶ。

 再びジャイアントベアの雄叫びが響き渡る。本来の獣の雄叫びとは程遠い、濁ったその雄叫びはその存在の異様さを物語っていた。


「お待たせしました。みなさん下がってください」


 ゆっくりとスフィアがジャイアントベアに歩み寄る。

 その手には長剣を携えており、剣からは赤とも白ともいえない光が放たれていた。


「ヨハン、よく見ておいて下さいね。これがこの魔剣ハイスティンガーの力です」


 スフィアがジャイアントベアの眼前に進む。ジャイアントベアは迷うことなくスフィアに爪を振るった。

 だが、その爪はスフィアに当たることなく、細切れになり空気中に霧散する。


 魔剣に斬られた箇所が蒸発するかのように蒸気を発していた。

 スフィアは剣を振るいながら言葉を続ける。


「アンデット系の魔物には光属性をが一番効果的で次に火属性になります。ですので、この魔剣を使えれば――――」


 剣戟を放ち続けた。

 その高速の剣技は素晴らしく、片時も目を離せない。


 モニカ達が斬りかかって傷を負わせられても、傷口ができるのみで出血もなく痛みもなく襲いかかってきたジャイアントベア。

 しかし、鈍い雄叫びをあげることもなく細切れに刻まれていく。


 次第に掌よりも小さく刻まれたジャイアントベアが中空で蒸気とともに完全に霧散した。



「さて、これで終わりですね」


 スフィアは剣を鞘に納めて振り返り微笑む。




「――えっ?」



 ――――――安堵の空気がその場に流れたその瞬間。



 ドンっと鈍い音が聞こえた。


 笑顔を向けていたスフィアのその表情が一気に曇る。

 口からはドバっと大量の血を吐き出し、胸に小さいが風穴が開いていた。


 水色の綺麗な髪を靡かせてスフィアはその場に倒れ込む。



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