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第三百五十七話 再会の果てに

 

 寮の談話室の扉を目の前にして立ち止まる。


「え!? あいつ帰って来たのか?」

「ほんとなのね!?」

「あっ、でも先に言わないといけないことがあるの」

「言わないといけないこと?」


 中から何やら会話をしている声が聞こえていた。


「どうしたの?」


 そのヨハンの様子を見て疑問符を浮かべるカレン。


「いえ、ちょっと緊張しちゃってるみたいで」

「なによ。あなたでもそんなことで緊張するのね」


 ふふっと笑みをカレンは笑みを漏らす。


「じゃああたしがあーけよっと!」

「「あっ」」


 バンッと勢いよく扉を開けるニーナ。


「たーだいまぁ!」


 その勢いによって中にいた四人が一斉に談話室の入り口を見た。


「あっ、ニーナ!」

「ただいまお姉ちゃん!」


 モニカの胸に満面の笑みで飛び込むニーナ。


「おかえりニーナ」

「ただいまエレナさん!」


 にへらとニーナはそのままエレナに笑いかける。


「ニーナがいるってことは……――」


 レインはそのまま開きっぱなしになっているドアにゆっくりと視線を向けた。疑問の眼差しで見たその表情はすぐさま笑顔に変わる。


「「ヨハン!」」

「ヨハンさん!」

「みんな、ただいま」


 ガタッと立ち上がるレイン達。

 懐かしい顔。久しぶりに会えたことでヨハンも自然と笑みがこぼれた。


「レイン、背、伸びたよね」

「おいおい、なんだよそれ嫌味か? 前は俺と変わらなかったのに、お前の方がちょっと高いんじゃねぇか?」

「そうかな?」


 笑顔で近寄るレインは自身の頭とヨハンの頭を比べる様にして手の平を頭上で交互に送った。


「ほんとね。レインも伸びた方だと思ってたけど、ヨハンの方が高いわね」

「良いですわ、ヨハンさん、凄く素敵ですわ!」

「そうかなぁ?」


 久しぶりに会ったというのに以前と変わらない何気ないやりとりが心地良い。


「でも自分ではあんまりわかんないや」

「そりゃあそんなもんだろ。俺だってそうだからな」

「ヨハンさんのことですから背だけでなく強くなって帰ってきていますのよね?」


 剣聖ラウルに連れられ王都を出ているのだからそれも当然とばかりの言葉。


「うん。自分で言うのもなんだけど、たぶん、それなりには」

「へぇ。それは楽しみね。でも私たちもきっとヨハンに負けないぐらい強くなってるわよ」


 ニーナの頭を撫でながらニヤリとモニカが笑う。


「自信ありそうだねモニカ」

「もちろんよ。ヨハンも大変だっただろうけど、こっちもこっちで大変だったんだからね」

「どういうこと?」


 首を傾げるヨハン。何かあったのだろうかと。


「まぁこっちの話は後で教えてやるよ。きっと驚くぜお前」

「ヨハン君」

「あっ、サナ」

「それよりも……――」


 先に談話室に着いていたサナが伝えきれていない事実。


「――……ヨハン? もう入ってもいい?」


 不意に部屋の入口から聞こえる声にレイン達が僅かに反応を示した。


「すいませんカレンさん。どうぞ」

「カレン? どなたかお客さんがいらしていますの?」


 エレナたちが疑問符を浮かべる中、談話室に入ってくる女性にレインは思わず目を奪われる。


「お、おい、誰だよあの超絶美人は!?」


 レインがポーッと呆ける中、カレンは部屋の入り口で立ち止まった。


「はじめましてみなさん。カレン・エルネライと申します」


 ニコリと笑みを浮かべて一礼する。


「だれ? ヨハン」

(なんだか嫌な予感がしますわ)


 モニカが首を傾げる中、ギュッと唇を横に結んでいるサナ。そのサナの表情を見てエレナはどこか胸騒ぎを抱いていた。


「……エルネライ、ということはラウル様の関係者でしょうか?」

「ええっと、そうなんだ。ラウルさんの妹さんなんだけど、歳は僕たちの三つ上」

「では、王国を視察に来たと、そういうわけでしょうか?」

「いや、そういうのとはまた違うんだけど」

「なんだお前?」


 どこか口ごもりながら紹介することに時間を掛けるヨハン。


(もうっ、早く紹介しなさいよ!)


 ニコリと笑みを浮かべたままのカレン。その内心で抱くもどかしさ。思わず自分で言ってしまいそうになるのだがグッと堪えてヨハンから口にするまで待っている。


「あの、ちょっと言いにくいんだけど、カレンさんと婚約をすることになりまして。それとどうしてか騎士爵をもらいまして……――」

「は?」

「「え?」」


 唐突に訪れる衝撃。目を丸くさせる三人。


「何を言ってんだお前?」

「ちょっと話せば長くなるんだけど……あっ! でもそれだけじゃなくて、そういえばシトラスとカサンド帝国で戦うことになって倒したよ! それであといろいろあってS級に昇格しちゃった」


 最後の言葉を言い終えるなり苦笑いするヨハン。


「「「…………」」」


 レインとモニカとエレナ、同調するようにして共にニーナを見た。


「え? 全部本当のことだよ?」


 疑念の眼差しをむけられたことでニーナは首を傾げる。


「いやいやいやいや、それはそれですっげぇ気になる話だけどよぉ! そもそも情報が多過ぎるだろッ!」


 何から聞いたらいいのかわからない。しかしレインからすれば決まっていた。何よりも婚約の話を聞かなければならない。気配を探らずともはっきりと理解している。


「い、いたいよお姉ちゃん!」

「…………」


 ガシッとニーナの頭を掴んで呆けているモニカ。平静を装う事すら忘れてしまっているエレナ。婚約だけでなかったことに口をあんぐりと開けているサナ。


「…………やっべ」


 小さく呟くレイン。即座に脳内で必死に思考を巡らせた。

 それまで流れていた和やかな空気、ヨハンの帰還を祝う空気の一切が吹き飛んでいた。


(おい、ヨハン、お前これどうする気だ!? こいつ何しに剣聖に付いていったんだ?)


 呆気に取られる。


(……いや、違う! 俺がどうするかだ! 俺はどうしたらいい!? 何が正解だ? 考えろ! 考え尽くせ! 可能な限りの選択肢を!! 重要なのはどうしてそうなったかだ! 俺が今この場を無事に乗り切るにはヨハンの反応を全て予測しろ! 可能な限りだ! 諦めるなッ! 考え尽くせッ! 思考を放棄するなっ! 俺ならやれる、できるはずだ! この半年の経験を活かさずにいつ活かす! 今だろッ)


 考えるのは、どうすれば被害を受けずにこの場をやり過ごせるかということに対して。

 レインは既に目の焦点が合っていない。そのまま思考の渦の中に沈んでいった。


 それはレインだけに限らずモニカにしても同じ。


(なにこれ? どういう状況?? この人は一体誰? 私は誰? ううん。そんなことわかりきっているじゃない。私はモニカよ。それでこの人は? わかっているのはめちゃくちゃ綺麗な人だということ。それは見てわかるわ。で? 今ヨハンは何て言ったの? 婚約者? え? いつ? どこで? そっか。ヨハンは婚約者を探しに旅に出たんだっけ?  なるほど、それでこの状況ね。ってそんなわけないじゃないッ! 私何言ってるのよ私! あっ、そうか、これは夢ね。 そっか。ヨハンも帰ってきたのも全部夢だったのね。なぁんだ)


 真っ白になった頭で帰結した結論。現実逃避。

 そんなモニカの横でもう一人。


(知っています。ヨハンさんは予想の遥か上のことをする方だということは。ですがこれは流石に想定外ですわ。いいとこ誰かに好意を抱かれるという程度でしたが、まさか婚約者などと、それもまさかラウル様の妹だとは。それはつまり皇女ということではありませんか)


 混濁する思考を必死に取り戻し、状況を分析するのだがまるで理解できない。思考が追い付かない。


(それも年上ですって? もしかしてわたくし負けていますか? いえ、ぎりぎり張り合えるレベルである筈ですわ! 大丈夫、まずは自信を持つこと! わたくしは誰? そうわたくしはエレナ! エレナ・スカーレット。ここで一歩も引いてはいけませんわ!)


 条件的にはほぼ同じ、であるはず。王女であるのだから。

 しかし同時に目を引かれるのはカレンのその容姿端麗さ。スッと自身の身体に自然と視線を向けてしまう。その比較。


 それぞれがそれぞれに様々な葛藤を抱く中、最初に答えを導きだしたのはレイン。


(よし。俺はここには存在しない。そういうことだ)


 無言を貫く、それに限った。余計なことを言うと火に油。何も言わないのが吉という結論。

 まるで自身を石像だとばかりに、その場の空気のようにして溶け込んだ。これからヨハンがどんな言葉を発しようが、口を堅く閉ざすのだと。誰とも目を合わさない。そう決める。


 だがレインが導き出したその最適解は最適解ではなかった。まるで程遠かった。難敵ヨハンによって脆くも崩れ去ってしまう。


「あのさ、やっぱり驚くよねレイン?」

「ぐっ!」


 小さく漏れ出る声。


「そ、そりゃあ驚くに決まってるだろ!」


 もう話を振らないで欲しかった。モニカとエレナの視線が痛い。情報過多のこの状況で何を聞けというのか、そんなもの確認しなくともわかる。心の中で決める覚悟。


「そ、それでさ、そのカレンさんはいつになったら帝国に帰るんですか?」

「え? もちろんずっといるつもりだけど? 戻るつもりもないわ」

「…………」

「でも住まいはこれから探さないといけないの」


 ヨハンが自分の口で婚約者とようやく口にしてくれたことでカレンは満足しながら答えた。

 直後、サナを含めた三人からギロリと睨み付けられる始末。


(いやいや、こんなん俺にどないせーっちゅーねん!)


 自分たちがヨハンの両親たちに鍛え上げられたことで驚かせるつもりだったのだが、それどころではなくなる。

 そうして互いに話さなければいけないことが山積してしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 次の瞬間に脆くも崩れ去るとしても、『(よし。俺はここには存在しない。そういうことだ)』という処世術に辿りついたレインくんに激しく笑った。
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