第三十四話 魔剣
ケドナ山脈は岩肌が剥き出しのゴツゴツとした山であり、馬車が通る道が少しはあるものの、ほとんど整備されておらず自然のままだった。
「こえーなぁ、落ちたらひとたまりもないだろうなこの山」
レインが聳え立つ山を見上げる。
「ええ。ですのでここから先の移動には十分注意を払って下さい。さて、この山を越えるのにはかなり時間がかかりますので、今日はここで野営にしましょうか」
スフィアの指示の通り、山の麓で馬車を停めた。
そこで全員に向かって話し掛ける。
「それで見張りの順番のことなのですが、私がヨハンと組みますね。エレナとモニカとレインの残りは三人でお願いします」
続けてスフィアが提案した。
「あのー?」
モニカがおずおずと手を挙げ質問する。
「どうしてこの組み合わせになるのでしょうか?」
「えぇ、それはね。経験のある私なら二人で大丈夫ですし、強さもヨハンとなら尚のこと二人でいいわ。逆にあなたたちはまだ経験もなく、三人で強さがちょうどいいかと。総合的な全体のバランスを見て判断したからですが……他に何か質問は?」
「…………けど――」
モニカが何か言いたげに言葉を発しようとするところにエレナがグイっと腕を引いた。
「いえ、それで大丈夫ですわ」
そのままモニカが小さく声を掛ける。
「ちょっと、エレナなによ?」
「いいから。今は何を言ってもわたくしたちに説得力はないですわ。まずは経験を身に付けることが最優先なのは確かなのですから」
「……でも…………」
「まだ焦る段階ではありません。しっかりと足元を見るべきですわ」
「むぅー、わかったわ」
不満そうにしているモニカをエレナが小声で宥めた。
そうして野営準備を終えた一同は簡単な携帯食で夕食の準備に取り掛かる。
食事をしながら今後について確認、夜が明けてケドナ山脈を越えること。
山を越えるとしばらくは西に進んでそこからまたスフィアは行き先の指示をすること。
夜間は事前に話していた通り二組に分かれること。状況次第では組み合わせを変えることもあるということ話す。
食事を終えるとヨハンとスフィアを残してレイン達は男女で分けられたテントに入っていった。
「見張り番って周囲の警戒だけでいいのですか?」
見張り番をしているヨハンとスフィアが焚き火を囲みながら話をしている。
「ええ、基本的にはそうね。支障がなければ雑談するなりゲームをするなりお酒を飲むなり好きにしていいわ」
なるほど、きっとお父さんならお酒を飲んでいたんだろうなと想像してしまった。
そこにスフィアが少しだけ表情を落とす。
「――ただ、あなた達にはあまり関係ないけれども、他に懸念することがあるの。例えばもっと大人数のパーティーとかだと金品を狙った裏切りとかが稀にあったりするのよね。気心の知れた仲だと良いのだけれど、依頼によっては複数のパーティーで1つの依頼にあたることもあるから見ず知らずの人達と組む場合にはまず疑うことから入らないといつ寝首をかかれることになるかもしれないから気を付けてね」
スフィアは冒険者としての心構えを話して聞かせた。もう表情は和らいでいる。
スフィアの言うそういった悪徳冒険者は稀なのだが、常にそういったことへのリスク管理をすることが自衛にもなり得る。
「そんなこともあるんですね…………。なんだか寂しいです。おんなじ冒険者なのに」
「人の欲望には際限がないですからね。なんでも信用してしまうことは危険なのよ」
「そうですか……わかりました、十分に注意しておきます。それと、前に魔道具店で会った時に魔剣の事を話していましたけれども、魔剣って具体的にはどんなものなんですか?」
スフィアは魔剣を帯剣していて、それは今回の同行でも同じだった。
腰の剣に視線を落とすと、軽く持ち上げる。
「魔剣ですか、そうですね…………一般的に『魔剣』に定義されるのは共通して『魔力がある剣』のことです。あくまで剣自体が魔力を帯びていることです。使用者が魔力を通わせる剣とは別で、魔力を通わせる剣、それは魔法剣となります。魔法剣は魔法剣で十分強力なのですが、魔剣はまた違った独自性があります。授業でもならうのだけど、少し説明しましょうか?」
「はい、お願いします!」
魔剣と魔法剣、また知らない知識に触れることが嬉しくヨハンが目を輝かせながら答えた。
スフィアが話した内容によると、魔法剣は使用者が剣を媒体として魔法を付与するというもの。
火属性なら火の魔法剣となり、水属性なら水の魔法剣となる。魔法を単発で放つよりも物理的な攻撃力も合わさり、魔物の特性によっては魔法剣の方が効果的なこともあるらしい。
又、剣に魔法を付与した後、剣の使用者が代わっても剣に溜まった魔力によりしばらくは魔法剣の状態が維持されるため、苦手な属性であっても魔法剣を複数人でなら取り扱えることとなる。
しかし、いつまでも付与が残っているわけでもなく、魔力を剣に永久的に留めることができずに徐々に霧散していくため、時間と共にその効果が薄れていくのだと。
魔剣は、剣自体に魔力が伴っている。
苦手な属性であっても魔剣の属性であるならば使用することができる。
又、ランクの低い魔剣ならばそういった単属性の魔剣となるのだが、中には複数の属性を伴った魔剣や、使用者に魔法障壁を張ることができる特殊能力がある魔剣など個々によってその能力が異なる物もある。
「――そんな物があるんですね!」
自分の持っている剣は父からもらった剣だった。
切れ味は鋭いのだが、魔力を伴っていないので魔剣ではないのは断定できる。
そしてスフィアの剣に目を送る。
「それで、スフィアさんの魔剣はどんな能力が備わっているのですか?」
「うーん、別に隠しているわけじゃないのだけれども、興味があるのはいいことよ?でも、なんでも教えてあげられるわけじゃないの。それに、一緒に行動していればそのうち見る機会があるかもね」
そこでスフィアはウインクした。
思わずその綺麗な顔に惹き込まれそうになる。
――――バッとヨハンとスフィアの二人が同時に振り返った。
突然何かが迫ってくる気配を感じ取る。
二人が同時に振り返った先には背の高い木々が立ち並んでいる森があり、更にその奥。
その中から凄まじい勢いで何かが迫って来ていた。




