第三百四十八話 閑話 カレンの初任務(後編)
「――……ねぇ、あそこに変な奴いるよ?」
「変な奴?」
ゼン達に向かって駆け出しながら、ニーナが指差すのはゴブリンの群れの最後方。
そこには王冠を被り、錫杖を持った明らかに他のゴブリンよりも体躯の大きいゴブリンがいる。ゼン達を取り囲んでいるその状況をニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべて見ながら指示を出していた。
「――……!? あれはまさかゴブリンロード!?」
カレンが驚愕に声を上げる。
「ゴブリンロード?」
「ゴブリンの……なにって?」
「あなた達、冒険者をしているのにそんなことも知らないの?」
「あたしたちまだ学生だもん」
「開き直らないの。知識は身に付けておくと十分な武器になるのよ」
「ふぅん」
「絶対わかってないでしょあなた」
ニーナの態度にカレンは思わず呆れてしまった。
「それで、そのゴブリンロードって?」
「ゴブリンロードは、ゴブリンの王のことよ」
「ゴブリンの王、ですか」
「ええ。ゴブリンは普段連携を取らなくて、そのほとんどが単独行動だということは知っているわよね?」
「はいまぁそれぐらいは」
本来ゴブリンはほとんどが単独行動。ほとんどが数匹単位、多くても十数匹でしか複数行動はしない。それどころか連携を取って襲い掛かられるということはほぼない。
だがヨハン達が視界に捉える無数のゴブリン達は明らかに結束してゼン達に襲い掛かっていた。それは異常な光景。
「そのゴブリン達が、連携を取る時があるの」
「もしかしてそれがあのゴブリンロードですか?」
「ええそうね」
カレンの説明、持ち得る知識によると、ゴブリンロードに率いられているその時に単体ではたいしたことがないゴブリンでも集団になると相当な脅威。厄介な事案になる。
外堀を埋める様にじわじわとなぶり殺しにしようと指示をだしながらニタニタとする様はまるで外道。
(なるほど。エレナがいる時は色々と解説してくれて助かったんだけど、カレンさんも流石だなぁ。僕ももっと勉強しておかないと)
カレンの知識の量はさすが皇族だといわんばかり。
「それで、そのゴブリンロードは他に何か違いはあるんですか?」
「……そうね、その統率力は勿論だけど、ゴブリンロードは頭の良さも相当で性格は冷酷で残虐。それに強さも他のゴブリンの比じゃないわ」
「まぁその辺は見た通りってことだよね」
明らかに他のゴブリンと一線を画する風貌と気配。
「それにしてもおかしいわね。ゴブリンロードなんて高ランクの魔物がどうして急に?」
発生の条件がわかっていないとはいえ、これまで帝都近郊にこれだけの魔物が生まれることなどなかった。
(もしかして、何らかの異常が起きているの?)
理由がはっきりしないとはいえ、得も言われぬ不安感に襲われる。カレンは無意識に胸元の翡翠色の魔石を握りしめていた。
「じゃあとにかく僕とニーナがあの中に入ってかき乱しに行きますのでカレンさんはあの人たちを守って下さい。カレンさんの防御魔法なら余裕ですよね?」
「それはまぁ。って、えっ!? あの中に入るの!?」
ゾッとする。
おぞましい数のゴブリンの群れに飛び込むなど通常であれば自殺行為。
(ま、まぁ、この子達なら大丈夫よね)
恐れを抱いてもいいはずの状況で一切怯む様子を見せない姿には頼もしさすらあった。
「じゃあいくよニーナ!」
「おっけぇお兄ちゃん」
ヨハンとニーナは一層の速度を上げて駆け出す。
「防御壁、絶対に解かないで下さいね!」と言いながら。
「ギギ?」
不意に訪れる気配にゴブリンは疑問符を浮かべながら異様な気配の下に顔を向けた。
「ニーナ!」
「まっかせて!」
そこでニーナはバッと素早くヨハンよりも前に出ると大きく跳躍をする。
ゴブリンの群れは突然上方に舞い上がったニーナに釣られるようにして顔を向けた。
「烈風」
「ギギャッ!」
大きく掲げる両手を勢いよく眼下、ゴブリンの群れに振り下ろすと、巻き起こる暴風がゴブリンを切り刻んでいく。
「よしっ!」
同時に巻き起こる砂埃がヨハンの姿を隠した。
「ガアッ……」
「ギギッ!?」
ゴブリンの間を勢いよく駆け抜け、斬り伏せる。
断末魔を上げながらバタバタと果てるゴブリン達。
「なんだ!?」
「何が起きてやがる!?」
突然の混乱。巻き起こる砂煙の中から聞こえてくるゴブリンの悲鳴。
ゼン達もまた、一体何が起きているのか理解できなかった。
「……なにか、いやがる?」
よく目を凝らして見てみると、砂埃の中を物凄い速さで何かが駆け抜けている。奇妙な影がゴブリン達の間を突き進んでいた。
ゴクリと喉を鳴らす。
まるで理解できない状況が頭の中を混乱が埋め尽くしていた。
「ギギギギッ!」
遠く離れた場所にいるゴブリンロードは突然の襲撃に一瞬呆気に取られてしまうのだが、すぐさま思考を切り替える。
「ギィッ!」
錫杖を鳴らして近くにいるゴブリンの視線を集めたゴブリンロード。
「ギギギギッ!」
すぐさま大きく錫杖を振るった。
ゴブリンロードは状況のまずさをすぐさま理解する。蹂躙していたはずが突然何らかの脅威が押し寄せたのだと。
「「ギッ!」」
統率されたゴブリン達の数十匹はゼン達に向かってナイフや斧を構えた。
「くそっ! ここまでか……」
矛先が自分達に向けられたことでゼンは覚悟する。
「諦めなくてもいいわよ?」
「は?」
不意に耳に飛び込んで来た凛とした声。
ゼン達の足下が瞬時に光輝き、描かれるのは白く円形に象られる魔方陣。すぐさま光が立ち昇った。
「ギャッ!」
襲い掛かろうとしたゴブリンは光の障壁にバチンと大きく弾かれる。
「これは?」
突然の輝きにゼン達は驚きに目を見開いた。
ゴブリンの皮膚に火傷を負わせる程の障壁の強度。その圧倒的な強度に驚愕する。
「魔法障壁っすねこれ?」
「ゴブリンが入って来れないぞ!」
周囲を取り囲まれていることに変わりはないのだが、最初の数匹が火傷を負ったことで踏み込めないでいた。障壁の光に遮られている。
「余計なことはしないでね」
先程同様、聞こえてくるのは凜とした声。
「誰だテメェ!」
ゴブリンの群れを分断するように歩いて来る銀髪の女性。
しかし、その女性がしている行いの凄さに驚愕した。
(障壁を纏ったまま歩いて来ただと?)
およそ考えられない事態。魔法障壁を展開したまま移動ができるなどということはそれだけで高位の魔導士なのだということ。
(まぁわたしにはこれぐらいが丁度いいわね)
現在ゴブリンの群れをかき回すように、縦横無尽に動き回っているヨハンとニーナのような圧倒的な動きは自分にはできない。その分、自分は護る力を持っている。
「なにもんだてめぇ!?」
「助けに来てもらったのにその言い草はないわね」
「ぐっ!」
歯噛みするのだが、事実助けられていた。
「ゼン、こいつギルドにいた奴だ」
「ギルド?」
ふと思い返す。
ここに来る前にいたギルドといえば冒険者ギルドのこと。これだけ目立つ人物などそうそういない。
「あっ……――」
思い出すのと同時に脳裏を過るのはゴブリンの中を掻きまわしている影のこと。
「――……もしかして、だとするとあっちはあのガキか!?」
思い至った言葉を口にするとカレンがニコリと微笑む。
「チッ!」
小さく舌打ちした。
その笑みだけで返答を得ずとも理解するには十分。
「それにしてもツイてなかったわねあなた達。まさかゴブリンロードが生まれていたなんてね」
「ゴブリンロードだと!?」
思わず目を見開いたゼン達。
詳しく説明されなくともゼン達も冒険者。ゴブリンロードの討伐ランク、Aランク相当だということは把握している。
「くそっ! だったら早くこんなとこトンずらしねぇと」
「心配いらないのじゃないかな?」
「ああん?」
「ねぇ、こっちはもう大丈夫よ!」
笑顔で手を振るカレン。
「よしっ。ニーナ」
「うん!」
チラリと目を送る先には魔法障壁に囲まれたカレン達の姿。
「いくよっ!」
「オッケー、お兄ちゃん!」
ニーナがヨハンの下に向かって駆け出した。
ゴブリンを蹴散らしながらでありながらも凄まじい速度。
「やっ!」
そのままニーナはヨハン目掛けて跳躍すると、ヨハンは剣身をニーナに向ける。
「はあっ!」
ニーナの体重を感じ取ると、上空に向かって大きく振り上げた。
まるで打ち合わせをしたかのような意思疎通。呼吸の同調。
「じゃあ僕も……――」
ヨハンも上方を見上げ、足元に向かって風魔法を放つ。ブワッと身体を上空に持ち上げる。巻き起こる爆風により周囲にいるゴブリンが弾き飛ばされていた。
廃都を大きく見渡せる程に浮かび上がった状態。眼下に広がる無数のゴブリンがヨハンとニーナを見上げている。ゴブリンロードにしてもそれは同じ。
数百のゴブリンが同じような顔をして空を見上げていた。
「何をする気なんだアイツは?」
「大丈夫よ。彼らに任せておけばいいわ」
上空に浮かび上がったところで打つ手などない。不可思議な行動を取るヨハンとニーナに対してゼンは疑問を抱く。
(それにしても、障壁を絶対に解くなって言っていたけど、何をするつもりなのかしら?)
その言葉からして念のため二重に障壁を張っているのだが、ヨハンとニーナが何をしようとしているのか理解出来ない。
「ギギギ?」
ゴブリンロードの近くのゴブリンが指示をもらおうとゴブリンロードに顔を向けた。
「ギィッ!」
状況を冷静に判断するゴブリンロードは錫杖を向ける。どちらにせよ空の上には手を出せない。そのまま落ちてくるのを待つのだと。
「ギッ!?」
しかし二人の人間が落ちてくることはなかった。
即座に蜘蛛の子を散らす様にして逃げ惑うゴブリン。しかしとても間に合わない。
「ギ、ギギャアアアア……――」
ドゴンと爆ぜる音と共にジュッと燃え尽き霧散するいくつものゴブリン。
落ちて来たのはヨハンとニーナではなく業火球。猛烈な大きさの火球が二つ。ゴブリンのいる場に降り注いだのだった。
その火球は地面に落ちたと同時に平面状に爆炎となって広がり、大勢のゴブリンを焼き焦がす。
「ほげえぇぇぇぇぇっ!!!!?」
目玉が飛び出しそうなゼンの絶叫。それは他の仲間も変わらない。
あまりにも規格外。理解が及ばない。
「…………えっと……――」
カレンは無言で燃え広がる爆炎を見ていた。
(――……やり過ぎでしょあの子達)
苦笑いしかできない。
確かに一網打尽にするには広範囲魔法が効果的ではある。
どれだけ自分の魔法障壁を信用されているのか。
(今はティアがいないのよ)
微精霊の加護を駆使しなければ恐らく障壁は割られていた。
(……でも)
呆気に取られているゼン達を見ている限り、今は平静を装うしかない。
「おいおい、どうなってやがんだアイツら」
無数のゴブリンを圧倒していたことにしてもそうなのだが、先程見せた魔法はおよそ普通の冒険者には扱えないレベル。
ゼンも理解できないわけではない。カレンの魔法障壁がなければ間違いなく自分たちも黒焦げ。ゴブリンと同じ運命を辿っていたのだと。黒焦げになり、煙を上げて霧散していくゴブリン達を見てゴクッと息を呑む。しかもそれが二つ。
「ね?」
カレンは振り返り、腕を腰の後ろに組んでゼン達に向かって美しい顔で笑いかけた。
「だから言ったでしょ? 問題ないって」
内心では冷や汗を流しながら。
「「「…………」」」
該当のゴブリンロードだが、他のゴブリン達と同じように黒焦げにされその命を昇華している。王冠を地面に残して。
それから帝都に帰還を果たしてギルドに殲滅完了とゴブリンロードが原因だったことの報告を行って依頼を終えた。王冠も証拠として提出している。
「ふむ。なるほど。やはり異常事態が起きていたか」
ゴブリンロードが生まれるような魔素は廃都ではあり得ない。アリエルは顎を擦りながら思案に耽った。
(……嫌な予感がするな。そういうことが起きる時はだいたい何かが起きる)
念のため、他に何か起きていないかと調査を始めることにする。
(何もないに越したことはないからな)
小さく息を吐いて窓の外、流れゆく雲を見つめた。
「――……おい、聞いたかあの小僧」
「ああ。ゼン達が言っていたことだろ?」
「さすがに嘘じゃないのか?」
「でもゼン達がそんなことで嘘を吐く理由はあるか?」
ヨハン達の噂で冒険者間はああでもないこうでもないと持ちきりだった。
事実を確認したくとも、もう既にヨハン達は帝都を後にしておりその姿はどこにもない。
「……だったら、あの小僧がS級ってことになるんじゃねぇのか?」




