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第三百四十五話 閑話 シグラムへの道中

 

「……ヨハンさん。ニーナさん。また、会えますよね?」

「もちろんだよ。近くに来ることがあれば必ず顔を見に来るから」


 とは言うものの、すぐに来られるような距離ではない。

 シグラム王国に向かうため、帝都の入り口に用意された馬車の前で涙ぐんでいるのはアイシャ。次に会うのがいつになるのかわからないのはアイシャもわかっている。


「またいつでも遊びに来てね」

「はい。ミモザさんもお世話になりました」

「カレンちゃんも元気でね」

「はい」

「もし何か困ったことがあれば連絡してくれればいい。出来る限りの力にはなろう」

「いえ、ニーナを鍛錬してくれただけでもう十分ですよ」


 帝都を出発するまでの間、アリエルにニーナの指導をしてもらっていた。


「うむ。私としてもあれだけ筋の良い者に教えることができたのだ。楽しませてもらったよ」

「かんなりきつかったけどね」


 思い出すだけでげんなりしているニーナ。

 時間が限られた中での強行。それでも無手での闘気の扱いは飛躍的に向上している。


「そろそろ行くぞ」

「「はい」」

「はーい」


 アイシャとミモザ、アリエルに見送られ帝都を出発した。



 ◇ ◆



「――……人間が魔族になる、か」


 ガタゴトと揺れる馬車の中、山間部を走る馬車の御者台に座って手綱を握っているのはヨハン。隣にはラウルの姿。話し合っているのはシトラスと戦った時に得られた情報。


「兄様」


 荷台ですーすーと寝息を立てているニーナ。カレンが荷台から御者台に向かって顔を出す。


「もう帝都は出たのだ。堅苦しい言葉は使わなくて良い」

「わかりました兄さん。わたしが視た限りだと転生できる者にも条件があるようです」


 元々人間だったシトラスが魔族へ転生している。カレンが視たサリナスの記憶の中には他にも魔族に身を堕とした人間がいたのだが、誰もがシトラスのような魔族になるのではなく自我を保てない者もいた。


「その辺りははっきりとわからないことにはなんとも言えないな」


 しかしかつてラウルも遭遇したことのある魔族と呼ばれる種族。それが元人間だということの可能性は考えられていたのだがそれがやはり事実なのだと。


「ドグラス……ガルアーニ・マゼンダだったか、奴が何か握っている、か」


 王都にただ戻るだけではない。

 カレンが得た魔王の情報、セレティアナも知っていた魔王なる存在。それをローファスに報告しなければならない。


「でも、どうやって探しますか?」

「…………」


 姿を消したドグラスならぬガルアーニ・マゼンダ。魔王復活を切望している魔族。

 カレンの問いかけに無言のラウルがチラと見るのは横にいるヨハン。


(もし、運命に導かれるようであればわざわざ探す必要もない)


 時としてそれは引き合うように巡り合うもの。これが偶然なのか必然なのかまだ判断がつかないのだが、どこか偶然ではないと思えてならなかった。


「兄さん?」

「……いや、なんでもない。今はとにかくシグラムに向かうことを優先しよう。カレンも初めての旅を楽しめばいい」

「はい」

「というよりも、実際はヨハンに預けることになるのだがな」

「え?」


 突然話を振られ、ヨハンは目を丸くさせる。


「当然だろう。婚約者をほったらかしにはすまい。普通はな」

「……まぁ」


 そういえば考えていなかった。王都に帰った後どう過ごしてもらえばいいのだろうかということを。


(エレナに相談したらいいかな?)


 王女であるエレナであれば何か力を貸してくれるかもしれないと考える。


「――……すんっ、すんっ」


 荷台で寝ていたニーナは鼻を動かした。


「やっと起きたの? だいたいよく寝れるわねそんなところで」

「お兄ちゃん、そこ右ッ!」

「え?」


 バッと身体を起こしたニーナは勢いよく御者台に顔を出すとヨハンに行き先の指示を出す。


「早くっ!」

「わ、わかった!」


 急いで手綱を引いて進路を右に変更させた。

 一体何事かと思うのだが、ニーナの様子を見る限りただ事ではない気配。


「どうしたのよ突然」

「もうすぐ!」


 ガラガラと走る馬車の中、警戒心を引き上げる。


「お兄ちゃん、ストップ! 停まって!」


 ニーナの声に合わせて手綱を引き、馬がいななき声を上げて馬車を止める。


「ニーナ?」


 周囲を見渡しても何か変化があるわけではない。一体何かと思い荷台を覗き込むのだがニーナの姿はそこにはない。既に荷台から飛び降りていた。


「あっちだ!」

「ちょ、ちょっとニーナ!」

「待ちなさいよ!」


 草むらの中に飛び込み、ヨハンとカレンで慌てて後を追う。


「……ふむ。別に敵意があるわけではないな」


 周囲を観察するラウルはニーナが反応した理由に魔物や獣の類ではないと判断してその場に残っていた。



「――……やっぱり、やっぱりあったぁっ!」


 一本の大きな木の下で立ち止まっているニーナ。そこにヨハンとカレンも追いつく。


「どうしたの?」

「これ! これ見てよお兄ちゃん!」


 満面の笑みで木の上方を指差した。


「え? これって……?」

「まさかこんなところにゴールドアップルがあるなんて!」


 軽く跳躍して木の枝に飛び乗るニーナ。


「何事かと思えばなるほどね。どこまで食い意地張っているのやら」


 ニーナの行動原理に呆れてため息を吐くカレン。

 特定の場所でしか生らない極上の木の実であるゴールドアップル。ニーナの鼻がこれを嗅ぎ分けたのだとカレンは理解する。


「でもこれがあるってことは」

「ええ。近くに水があるわね」


 ゴールドアップルが生る条件の一つには近くに水源があるということ。


「戻って兄さんに今日はここで野営するように提案しましょうか?」

「そうですね」


 満足そうにゴールドアップルをかじっているニーナを余所に近くに水場があるのか探すとすぐに小さな湖が見つかった。

 旅の道中、水場を見つけてその場に野営するのは常套。その場で野営することにする。



 ◇ ◆


「それにしても、よくあの距離からわかったわね」


 距離がある中でゴールドアップルの実の匂いを嗅ぎ分けたニーナ。


「んー? 熟れた実があったことと、風向きが良かったのもあったし、一番の理由はたぶんあの力を使えるようになったことじゃないかな?」


 あの力。説明されずともそれが竜人族の力なのだということはわかる。

 元々の食い意地とお腹をすかせていたことも併せて匂いを嗅ぎ分けていた。


 そうした一幕を挟みながら夜が更けていく。



 翌日。



「――……んっ。あれ?」


 目を覚ますと周囲にカレンの姿がないことに気付いた。

 気持ち良さそうに寝ているニーナと小さく寝息を立てているラウル。


(どこに行ったんだろう?)


 ゆっくりと身体を起こして周囲を見ると遠くで水音がする。


「あっち?」


 そっと水音のする方に向かうと思わず目を奪われた。

 湖の中心には杖を掲げたカレンの姿がある。そのカレンを包み込むようにふよふよと周囲を浮かんでいるのは色とりどりの光の粒子。呼応するように胸元の翡翠色の魔石も光り輝いていた。


「だれっ!?」

「あっ、すいません。僕です」


 ガサッと茂みの中からヨハンが姿を見せるとカレンはほっと息を吐く。


「なんだ。ヨハンだったのね」

「あの、それって」

「ああこれ? 微精霊たちよ」


 カレンを取り囲んでいた光の粒子の正体は微精霊たち。

 セレティアナとの契約解除に伴って手に入れた翡翠の魔石による恩恵。

 カレンは微精霊たちと契約を交わしている。


「すごい綺麗でした」

「ふふっ。ありがと」

「それで、何をしていたんですか?」

「ええ、実は、まだこの子達のことよく知らないから少しお話をね」

「そんなことできるんですか?」


 格の高い意思を持つ精霊と違い、微精霊は意思を持たない。その微精霊と会話をしているとは一体どういうことなのだろうか。


「あっ、違うの。ちゃんとした会話をしていたわけじゃなくて、どう説明したらいいのかわからないけど、こう……そうね、感じ取るのよ。この子達がどうしたいのかって」


 カレンの魔力との同調。親和性。

 意思を持たない微精霊だからこそ、常日頃からこうして同調を図ることでその力を行使できるのだと。


「ティアとはまた違って、それも新鮮なのだけど……」


 精霊王であったセレティアナとは容易に意思疎通、もっと言うならセレティアナの方からカレンに同調していた。


「寂しいですか?」


 ヨハンの問いを受けたカレンは目を丸くさせる。


「……ふふ。心配してくれてるの?」

「まぁ、僕もティアと約束しましたし、それに、その……一応、婚約者ですから」


 改めて言葉にすると妙な恥ずかしさが込み上げてきた。

 俯き加減に話すヨハンを見るカレンは小さく笑いかける。


「ありがと」


 パシャッと水音と共にヨハンの前に立つカレン。朝陽を背負い、乱反射する水面を浴びるその美しさはなんとも形容し難いものがあった。


「そのことは気にしなくていいから。今はわたしにヨハンが住む街を見せて頂戴」

「……わかりました。僕の頼れる仲間を紹介しますね」

「楽しみにしてるわ」


 ニコッと二人で顔を合わせて笑いあうと、自然と抱いた羞恥が薄れていく。


「あぁっー!」

「「え?」」


 途端に背後からする大声に振り返ると、勢いよく走りこんでくるニーナがいた。

 バシャンと激しく水音を上げながらカレンと身体を重ねて湖に落ちる。


「朝から二人で何してたのさ!」


 どこか不快感を露わにしているニーナ。


「なにしてるって、別にただ話していただけだよ。それよりもひどいじゃないニーナ。ボトボトだよ」


 湖に突き落とされ、全身びしょ濡れ。


「二人でいなくなるからだよ! って、まぁてっきりカレンさんがお兄ちゃんを誘惑したのかと思ったけど、違ったんだね」

「誘惑って?」

「ううん。違ったんならいいや。あっ、ラウルのおっちゃんがそろそろ行くってさ」


 にんまりと笑顔を浮かべるニーナはスッと振り返る。


「待ちなさい」


 小さく放たれるカレンの冷たい声。


「え?」

「まず言うことがあるでしょ?」

「朝ごはんならまだだよ?」

「そんなことじゃないでしょッ! 謝りなさいよ!」

「どうして?」


 あっけらかんと言い放つニーナの言葉を受けて、カレンはプチンと音を鳴らしたかのようにして笑顔を向けた。


「そう……――」


 ゆっくりと杖をニーナに向ける。


「え? えっ!?」

「――……やっぱりあなたにはまず色々と教えとかないといけないみたいね」


 直後、杖の先端から眩いばかりの光を放って炸裂音が響いた。

 一直線に向かってくる光弾を慌てて回避するニーナ。


「待ちなさいっ!」

「待つわけないじゃない!」


 陸に上がるカレンはニーナの後を追いかける。


『ありがとうヨハン』


 不意に脳裏に響く聞き覚えのある声。


「えっ!? ティア!?」


 どこにいるのかと慌てて顔を振り周囲を見渡すのだがどこにもセレティアナの姿は見当たらない。問いかけても反応が返ってこない。


 でも、それが幻聴などではないのだと、どこか確信を持てた。


「任せてティア。カレンさんのことは僕が守るから」


 役割を終えたセレティアナに代わって次にカレンのことは自分が守るのだと、姿の見えないセレティアナに向かって言葉を送る。

 そうすることで、何故かセレティアナが笑い返す姿がはっきりと感じられた。



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[気になる点] ボトボトって何?その後の説明文で分かるが何話か前にもよく分からない言葉が出てましたが万人に分かる言葉で書いて下さい、ボトボトって本当に何! [一言] まだ途中なのですが主人公が馬鹿なの…
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