第三百四十四話 閑話 胃袋を掴め!(後編)
「それで、何を作りましょうか? おじさん。これあともうちょっと安くなりませんか?」
「しょうがねぇな。アイシャちゃんのためだ」
「わぁ。ありがとうございます!」
ついでに孤児院用の食材購入。八百屋の前で緑黄色野菜を手に持ち店主に値切り交渉をしているアイシャ。
「特に何が作りたいというのはないわね」
「ならハンバーグとオムライスとかどうですか? 比較的簡単に作れますし、肉質を変えたり調味料の工夫などでバリエーションも多いですし」
「ハンバーグにオムライスかぁ。そうね。いいわね」
ニコッとはにかむカレン。
提案を受け料理内容が決まり、その後もアイシャ主導で必要な買い物を行う。道中カレンはうんうんと頷いており、知識として持つそれと大差はない。材料から料理の完成形までしっかりと想像できる。
「あれ? アイシャも一緒だったの?」
荷物を抱えて孤児院に戻ったところでヨハンに声を掛けられた。
「はい。カレンさ――」
バッとアイシャの口を慌てて塞ぐカレン。
「ま、街で偶然会ったのよ! それで話が弾んで一緒に料理することになったの!」
「へぇ」
「そうよね、ア・イ・シャ・ちゃん?」
目が据わっているカレンの眼。ゴクッと息を呑むアイシャは苦笑いしか返すことができない。
「そ、そうですね」
どうにもカレンの様子のおかしさにニーナは怪しみ始める。
(もしかして、カレンさんって料理苦手なんじゃ?)
交互に見やるヨハンとカレンの姿を捉え、苦笑いしているアイシャと目が合った
「じゃ、じゃあ始めましょうかアイシャちゃん」
「は、はい」
「絶っっっ対に中は覗かないでね!!!」
「だ、大丈夫ですよ。ど、どうしたんですかそんなに怖い顔をして」
「なんでもないわ」
フイっと顔を逸らしてアイシャを連れて厨房の方に向かって行った。
「ごめんねアイシャちゃん」
「い、いえ、大丈夫です。でも、ここまでしなければいけないのですか?」
そんな拒絶する程の剣幕で言う必要があったのだろうかという疑問が残る。
「だ、だって、これでもし美味しくなかったらわたし……」
目を泳がせるカレンの姿、あまり見せないカレンの様子にアイシャは妙にくすぐったい感覚を得た。
(カレン様も可愛いところあるのですね)
意外な一面、突然の婚約には大いに驚いたのだが、これならば上手くやっていくのだろうかと二人の将来に安堵する。
「じゃあ始めよっか」
「はい!」
それに、この様子なら多少苦手であろうともヨハンだったら美味しいと言ってもらえるはず。不意に得る高揚感とやりがいを持って厨房に入った。
一時間後。
(――――……どうしてこんなことに…………)
楽しく料理をするはずだった。
予定ではきゃっきゃっと言いながらの料理のはず。
しかし出来上がった料理のいくつかを見るアイシャは頬をヒクヒクと引き攣らせている。まるで理解できない。
間違いなく手順はきちんと説明しており、その通りにカレンも実践していたのだが、並ぶ料理の数々は黒々と焦げていた。
それだけならまだいいのだが、どこか異臭を放っている。
「おっかしいわねぇ。アイシャちゃんが作ったのとちょっと違うみたいねぇ」
互いの出来上がった料理を見比べ首を傾げるカレン。
(これがちょっとの差?)
驚愕。
どう見ればそう見えるのだろうか。皇女であるカレン相手にこんなことを思うのもなんだが、目が悪いのだろうかと疑ってしまう程。アイシャ自身、自分の料理の腕にある程度は自信があるとはいえそれでも未熟だとも思うのだが、カレンの料理は想像の斜め上。これほど美味しくなさそう、否、むしろ不味そうに見える料理など見たことがない。
「まぁ食べて見ればきっと美味しいはずよ。久しぶりに料理したからかな。見た目はちょっとあれだけど、アイシャちゃんと同じ材料で同じ作り方をしたのだから間違いないわ。良かった。アイシャちゃんがいてくれてほんとに助かったわ。ありがとう」
どこまでも前向きな考え方。何故そんな風に思えるのだろうか疑問でならない。
(も、もしかしたら食べたら美味しいかもしれないし)
満足そうなカレンを見ている限り不味そうなどとは口が裂けても言えない。試食した方がいいのではとも思ったのだが、試食する勇気もない。
「じゃあ運ぼっか」
「え?」
どう伝えるか悩んでいたところ、テキパキと配膳車に乗せガララと食堂に向かっていく後ろ姿を見送ることしかできなかった。
(私、しーらないっと)
最終的に見て見ぬ振りをすることに決める。
「はい、できたわよ!」
自信満々に食堂に並べる料理。
「うわぁ美味しそう!」
アイシャの料理もあるので当然美味しそうに見えた。
「それでこっちがわたしの作った方。ちょっと失敗しちゃって見た目はアレだけど、美味しいと思うから」
「「え?」」
カタンとテーブルに乗せられるカレンが作った皿。ヨハンとニーナ二人して思わず目を疑うレベル。
「こ、これ、カレンさんが?」
「ええそうよ? やっぱり見た目が気になる?」
「え、ええ」
全く悪びれもせずきょとんとしているカレンを見てヨハンとニーナは顔を見合わせる。
(もしかして、カレンさん料理苦手なのかな?)
(うわぁ。カレンさんやっちゃってるやつだこれ。しかもだいぶ拗らせてるよ)
これを堂々と出せる自信の根拠がわからない。どうしようかと悩ませた。
伝えた方がいいのだろうかどうなのだろうか。しかし言い出しにくい。キラキラと目を輝かせて早く食べないのかと見ているカレンの姿がある。食卓の上にチラチラと何度も目線を送っている。
「どうするニーナ?」
「お兄ちゃん先に食べてよ」
「やだよ。ニーナの方が胃は強いだろ?」
「でもこれはあたしでも無理。だいたいカレンさんお兄ちゃんの婚約者じゃない。初めての料理はお兄ちゃんが食べるべきだよ」
「それはそうかもしれないけどさ」
こそこそと小さく耳打ちし合っていた。
「なにをこそこそしているのよ」
「え?」
「いや、どっちから先に食べようかなーって」
「そんなの私の方からに決まってるじゃない」
はっきりと断言する。満腹感を口実にした言い訳もできない。もう逃げられないのだと悟る。
「じゃ、じゃあ…………」
ゴクッと息を呑み、まじまじと見つめた。やはりどう見ても食べられそうな代物に見えない。
それでもフォークに刺して、ゆっくりとハンバーグを口に運ぼうとしたところに食堂に向かって声が聞こえてくる。
「おーっす。早速持って来たぞ」
「え?」
「あっ、ロブレンさん」
ドミトールにあるサリーの農園を継いだロブレンが姿を見せた。
良質な茶葉の配送と契約の為に帝都に着いたところ。
「ん? こんな時間に飯でも食ってるのか?」
スンスンと鼻を嗅ぎ、並べられた食器に目を向けるとカレンの作った料理を見て目を細める。
「おいおい、なんだこのひっでぇメシはよぉ。ニーナの嬢ちゃんが作ったのか?」
「違うに決まってるじゃない。これを作ったのはカレンさんだよ」
「は? んなわけねぇだろ。この姫さんがんな不味そうなメシを作るはずねぇじゃねぇか。嘘吐くなっての」
「何言ってんのさ! いくらあたしでももうちょっとマシなご飯作るに決まってるじゃない! 絶対マズいもんコレ!」
ヘラヘラと手を振りながらやりとりするロブレンとニーナ。
そっと素知らぬ顔で厨房の方に避難するアイシャと、フォークを置いて微妙に距離を取り始めるヨハン。
プルプルと肩を震わせ俯き加減にしているのはカレン。
「あ、あなたたち……た、食べてもいないのに……――」
ギラッと鋭い目つきで二人を見た。
「――……どうしてそんなにマズいマズいと言い切れるのかしら?」
「「え?」」
ダンッと勢いよくフォークに突き刺したハンバーグをロブレンの口に放り込む。
「んぐっ!」
「美味しいでしょ。ほら。次はニーナよ。口を開けなさい」
「え? いやぁ、ちょっと遠慮したいかなぁって……」
タラタラと冷や汗をかきながら目が泳ぎ始めた。
「遠慮しなくてもいいわ。ほらっ。これから旅を一緒にする仲間じゃない。仲間のことはもっと知っておいた方が良いと思うの」
「そ、そんなこと言ったってさ……――」
どうしたら言い逃れできるのか思考を巡らせるのだが、既にカレンはフォークに刺したハンバーグを持って目の前にまで迫って来ている。
バタンッ!
「「え?」」
不意にカレンの背後から大きな音が響いた。
カレン越しに何が起きたのか覗き込むニーナ。そこには慌てて倒れているロブレンに向かって駆け寄るヨハンがいる。
「だ、大丈夫ですかロブレンさん!?」
「よ、ヨハン、早く解毒を……」
「わ、わかりました! すぐに治しますね!」
口から泡を吹いてロブレンは顔を青ざめていた。
「……カレンさん?」
「あれ? あ、あっれぇ?」
まるで重症患者かのような様子を見せているロブレン。
ジト目でカレンを見るニーナとそれに対して目線を合わせようとしないカレン。
(やっぱり食べなくて良かった)
ロブレンに治癒魔法と解毒魔法を施しながらホッと安堵の息を漏らすヨハン。
(えー!? あれ何が入っているの!?)
食堂の角で一連のやり取りを見届けていたアイシャは全く理解出来ない。確実に同じ材料を使っていたはず。
後日、その話をガトーセボンでスーザンに話して聞かせると肩を震わせていた。
「カレン様に絶対料理をさせたらダメに決まってるじゃない! あの子、壊滅的に料理ができないのだからッ!」
圧倒的な恐れを抱いた本気の眼でそう語られていた。




