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第三百四十一話 昇格

 

 大いに盛り上がった武闘大会のその夜。帝都は後夜祭としてお祭り騒ぎの様相を呈している中、ヨハン達は城に呼び出されていた。


「ごめんなさい慌ただしくしちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ」


 呼び出された場所は謁見の間。

 広大な空間に厳かな空気があるのはシグラムの王宮とそれ程変わらないのだが多少無機質な印象を抱く。周囲に衛兵や他の兵士の姿はなく、あるのはヨハンとカレンとニーナ、それにミモザとアリエルの姿のみ。


「それよりミモザさんは大丈夫なんですか?」

「ええ大丈夫よ。でもまさか気絶させられるとは思わなかったけど」

「すいません」

「気にしないで。私も殺す気でいったからおあいこよ」

「……ははっ。そうですか」


 笑顔で言われたところでどう返したらいいかわからない。結局苦笑いでしか返すことができなかった。


「早かったな」


 玉座の裏の壁際の端、扉がカチャっと開いて最初に姿を見せたのはラウル。続けてマーガス帝、寄り添うようにしてアイゼンが歩いて来る。

 ラウルとアイゼンは玉座の左右に立ち、マーガス帝がゆっくりと腰を下ろした。


 即座にバッと素早く片膝を着くのはアリエルとミモザ。続けてヨハンとカレンも同様に膝を着いて、慌ててニーナも同じ姿勢になる。


「良い。気楽にして構わない。そのために人払いも済ませてあるのだからな」


 顔を上げた先に見えるマーガス帝は笑顔そのもの。病に蝕まれ痩せ細った輪郭でありながらもどこか機嫌の良さを窺わせていた。


「さて。約束通りの優勝を果たしてくれたな」


 ジッとヨハンとカレンを見るマーガス帝。その眼差しはカサンド帝国の皇帝としての顔に移り変わっている。

 しかし、その中に父親としての顔も僅かに覗かせていることに気付いているのはラウルとミモザとアリエル。それにアイゼン。


「よもや風迅に勝てるとは思わなんだ。その力、確かにこの目でしかと確認した」

「ありがとうございます」


 満足そうに笑みを浮かべるマーガス帝を見ながらヨハンは疑問を抱いていた。


「あの、一つだけ質問をよろしいでしょうか?」

「ああ。なんなりと申せ。後にお前の父となるのだ。遠慮など不要」

「あはは」


 優勝したことで貴族にも十分認められたらしいのだが、婚姻となると正直なところ実感が湧かない。まだそこまで想像もしていない。


「それで質問とは?」

「はい。あの、どうしてミモザさんが大会に参加していたのでしょうか?」


 ヨハンの問いを受けたマーガス帝はラウルとアイゼンを見る。ラウルとアイゼンは互いに目を合わせ、ラウルが小さく頷いた。


「それは……――」

「――……ヨハンくんが最強を目指すって言うから私が相手をしたのよ」

「「え?」」


 差し込むように言葉を挟んで来たのはミモザ。

 思わず驚き声を上げたのはヨハンとカレン。同時の反応。


「えっと、それって?」

「ラウルから聞いたわ。あなたスフィンクスに近付く為に最強を目指しているのよね?」

「あっ、はい、まぁ」

「だからよだから。それでラウルから依頼されたのよ」


 片目を閉じてラウルに合図を送るミモザ。質問の答えはこれで良いのだろう、という意図を込めて。

 確かに回答としてはそれで良かったのだが、それは当初の話。実際は当初の予定と変わってしまっている。


(今の、どういうこと?)


 確かにミモザが依頼を受けたのはラウルから。それは間違いないのだがカレンはそれを知り得ない。依頼に至る経緯の詳細はわからないでいた。

 栄誉騎士爵を賜ったあの宴会、孤児院の庭で話していた時に依頼を受けていたのだが、今のカレンが抱くのは先程のミモザの回答とカレン自身が知った実状の齟齬に対して。


(アイゼン兄さんが依頼を出したって、あの時確かにそう言っていたわ)


 ナイトメアの正体がミモザだと露見した時の事を思い返す。

 貴賓席で驚愕を受ける中、その時アイゼンは自分が依頼したと言っていた。抱いた負の感情を忘れるはずがない。鮮明に思い出せる。


(どっちかが間違えているということ? それとも他に何か理由が?)


 混乱する頭をカレンが必死に整理しようとしている中、ラウルとアイゼンは再度目を合わせた。視線の先のカレンが考え込んでいる様子から仕方ないとラウルが口を開く。


「そうだな。俺としてはヨハンの成長具合を確かめたかったのだが、アイゼンの言うように貴族連中を黙らせたかったというのもある。色々と有効的に活用したかった。ミモザも今はこうして現役を退いてはいるが貴族間では未だに有名だからな。本気のミモザを相手にした上でヨハンが優勝すればいくらか大人しくもなる」


 その答えに間違いはないのだが、もう一つ隠していることがあった。アリエルは額を押さえて小さく首を振る。


(アイゼン兄さんのあの様子はどういうこと?)


 一体どういうことなのだろうかと疑問が浮かんで来た。どうしてあの時そのようなことを言う必要があったのかと。


「そうでしたか。僕としても助かりました。帝国にこうして来たからには成長して帰りたかったですし」

「まぁそういう意味では確かに有意義だったな」


 カレンの疑問を余所に会話は進行していく。


(わからないことを考えてもしかないわね)


 なんにせよヨハンが優勝したことで諸々の目的は達成していた。

 そこにアリエルがゆっくりと手を上げる。


「皇帝、ラウル様、アイゼン様、一つ提案があります」

「なんだ。申してみよ」


 大筋の内容は話し終えているのだが、この場で他に何があるのかとアリエルに視線が集中した。


「実は彼、ヨハンのギルドランクを昇格させようかと考えております」


 アリエルの提案を聞いた一同は驚愕する。ニーナ以外は。


「……昇格とな?」

「ええ。彼にはもう十分その資格があるかと。聞けばシグラムでも既にA級の任務をこなしております。実績も十分かと」

「ふむ。なるほどのぉ……――」


 アリエルの言葉を受けて考え込むマーガス帝。


「どういうことお兄ちゃん?」

「ちょっと待ってねニーナ。僕も信じられないから」


 アリエルの提案がどういうことなのかということは考えなくともわかっていた。

 武闘大会の参加資格はB級以下。冒険者が優勝すれば無条件でA級に昇格する。

 つまり、現在表向きB級で活動しているヨハンは優勝した時点で既にA級に昇格している。それがここに至ってランクを昇格させるということが何を意味しているのか。


「――……良い。確かにその方が箔もつくな。実際に風迅やアレクに勝てるだけの力を示したのだ。それに帝国がそれを認めたとシグラムに公然と示すこともまた一興」


 各国に設置されている冒険者ギルド。主要な情報や仕組みはギルド協会を通じているので共通しているのだが、その中でも国王や皇帝など一握りの権力者が有する権限。


「最後の手土産、餞別とでも思えば良いか。よし。栄誉騎士ヨハンを我が名マーガス・エルネライの名に於いてS級への昇格を認める」


 実績ある冒険者をその名を用いることで昇格させることが出来る。


「お兄ちゃんがS級? すっごぉい!」


 その言葉によって理解したニーナはキラキラとさせる中、ヨハンは苦笑いすることしかできない。


「ではそのように手続きを」

「うむ。書面はしたためておく。良いな? アイゼン」

「ええ。問題ありません。では栄誉騎士ヨハン。明日にでもギルドにてランク昇格の手続きをしておくように」

「は、はいっ!」


 突然の昇格宣言。不意にS級昇格が舞い込んできた。


(どうしよう。帰ったらどう話したらいいのかな)


 数日後には帝都を立ってシグラムへの帰路に立つ。

 カレンという婚約者が出来ただけでなく、S級昇格をレイン達にどう伝えようかと頭を悩ませた。



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