第三百三十四話 準決勝(後編)
「んん?」
観戦席から見ているニーナがジッと目を細めて凝視する。
そこには飛び回る八本のナイフを目まぐるしく動き回りながら躱しているヨハンの姿。
「どうかしましたかニーナさん?」
「いや、あれってもしかして闘気じゃない魔力も混じってない?」
遠目だとしても魔眼で視るナイフの魔力が魔法に用いられる魔力の色と酷似していた。厳密には闘気の中に混じっているという程度なので断定はできないのだが。
「恐らくニーナの言う通りだろうな」
「だったら反則じゃないですか! 私運営に報告してきますっ!」
バッと勢いよく立ち上がるアイシャの手をアリエルが引き留める様に掴む。
「無駄だ。あそこで戦っているのが誰だと思う? 帝国の有力貴族の子息と一介の冒険者だ。運営に報告したところでどちらに肩入れするのか一目瞭然だろ?」
「で、でも!」
グッと歯噛みするアイシャ。まさか反則紛いのことをされるなんて悔しくて仕方ない。
「そうだ! ラウル様ならなんとかしてくれるのじゃ!?」
三回戦の時の様に。
「んー? ラウルのおっちゃん動く気ないみたいだよ?」
見上げる先にいる貴賓席のラウルはどっしりと座っていた。
「気付いていないのじゃ!?」
「いや。ラウル殿であれば間違いなく気付いている。というより、あれだけ不規則な動きは魔力を介さなければ不可能だからな」
「だったらどうして!?」
「可能性としてはいくつか考えられるが、一つには観客がこれだけ盛り上がっているのだ。さっきのように水を差したくないのかもしれないな。魔力が混じっているのも微量であればわざわざ止める程でもないかと。これぐらいであれば容認できる程度か」
沸き上がっている大歓声。大多数の観客にはそれがどういう作用を起こしているということなのかは理解できない。
「もう一つにはさっきも言ったが、彼の、ヨハンの味方をするものがほとんどいないからな。まぁ権力者ならではだ。その辺はきっぱりと割り切ってもらわないとな」
「……汚いっ!」
ギュッとスカートの裾を掴むアイシャも歯痒いながらも理解している。幸い自分は優しい人たちに囲まれて帝都で生活しているのだが、中には悪い噂を耳にすることも少なくない。
この場に於いてはヨハンが負けることを願っている帝国民、貴族連中がいるのだろうということを。
「それはそれとしてだ。というよりも動かない理由は別にあるのではないか?」
「え?」
「最後の要因。私はこれが一番大きいと思っている」
「それって……――」
「アイシャちゃんもわかってるっていうか、きっと同じだと思うよ? っていうかカレンさんもおんなじだと思うけど」
反対側からニーナに声を掛けられ、振り返った先のニーナの笑顔を見て、少しの間を空け思い当たった。
「――……ヨハンさんが勝つことを信じているから、ですね!」
回答はニッと笑うニーナの顔と、ポンと頭に手を乗せられるアリエルの手の平の重みだけで返答を得ずとも十分。
そうなればアイシャが取る行動は反則の報告に行くことではない。両手を口元に持っていって大きく叫ぶ。
「ヨハンさーん! 頑張ってぇっ!」
周りの観客も突然の少女の大声に驚き振り返ったのだが、それはヨハンの耳にも届いていた。
◇ ◆
「ありがとうアイシャ。ちゃんと聞こえてるよ」
背中を押される感覚。
飛び回るナイフを躱しながらその声援を力に変える。
「どうしたッ!? 逃げてばかりではないか」
「いや。そろそろ反撃させてもらうね」
「なに!?」
これまではナイフを避けながら考察していた。ナイフの動きは不規則に見えながらも独特な規則性がある。
それを見極めるまでに時間を要し、結果、いくつかの切り傷を負うことになったのだがどれも深手ではない。
「嘘を吐くな貴様ッ!」
「だったら――」
迫り来るナイフ。
その背後に向けて飛燕を三発放ち、右に剣を振るい、左にも二度剣を振るう。最後に前面に二度剣を振るい、付け足すようにアレクサンダーに向けて飛燕二発を放った。
「――これで証明できましたよね」
「ぐっ!」
アレクは剣を振り上げヨハンの飛燕を払う。
「あれだけ緻密な操作をしているんだ。全部を一斉に動かすことは無理だったみたいですね。ならその順番を正確に掴めればそれほど対処するのも難しくない」
簡単に言うものの、それを実戦の中で見極め実行するだけの技術と胆力を持ち合わせていなければできない。
いくつもの傷を負いながらもそれを涼し気に口にする辺り、ハッタリなどではないことがはっきりとわかる。
アレクサンダーは魔力を消費し過ぎたことによる疲労感を得ながら戦意をなくしていった。眼光からも力強さを失くしていく。
ヨハンの目論見を上回る結果を得られたのは、飛来するナイフよりも手数を上回ればどうなるのかという確認をしたことがアレクサンダーの戦意を削ぐことに対して影響を与えていた。
(思っていた通りだったね)
ナイフが飛来している時は直接攻撃をされていない。動くこともなかった。躱した先で追撃をしかけた方が確実に有効だったはず。追撃をしない、それが何を意味するのか。
そして今、飛燕を放ってアレクサンダーが剣を払ったことでナイフは飛んで来ていない。それが指し示すことは、乱華を使用している時は剣を振るえない。逆に剣を振るえば乱華を使えないのだと。
動かない二人の様子を見ながら貴賓席はざわつき始めている。
「勝負あったか」
「…………」
ラウルの呟きに無言であるがしっかりとその様子を見ているアイゼン。
もう大勢は決しているのだということは誰の目に見ても明らか。ハーミッツ・シール将軍はわなわなと肩を震わせていた。
「一つ、質問を良いですか?」
「…………なんだ?」
「あなたは、カレンさんのことを想っているのですか?」
「俺が、カレン様を?」
アレクサンダーは蔑むような視線をヨハンに向けた。
「そんなわけないだろう。アレは道具に過ぎない」
その言葉にピクッと反応するヨハン。
「俺の地位を向上させるためのな。加えてあの美貌だ。そういう意味でも俺に相応しい」
まるでカレンを装飾品かの様に扱う発言。聞き捨てならない。若干怒りが込み上げるのだが、落ち着かせるために小さく息を吐く。
「やっぱりあなたにはカレンさんは渡せませんね。この勝負、僕が勝たせてもらいます」
「き、キサマッ! どれだけ調子に乗ればッ!」
余裕を失くした隠さない憎悪。敵意を向けてきた。
「だいたいあの女にはそれぐらいしか価値はないだロッ! それをお前の様な奴にかっさらわれるなど我慢できんッ!」
「すいません。それは諦めてください」
「なに!?」
シュッと目の前に姿を見せるヨハンに目を見開く。圧倒的なまでの速さ。怒りを正当に力に変える。
「あの人は幸せにならないといけないんです」
「ふざ、けるなッ!」
ヨハン目掛けて振り下ろす剣に向けて、斜め下段から振り上げた。
パキンと音を立ててアレクサンダーの騎士剣が二つに折れ、パサッとアレクサンダーの前髪が地面に落ちる。
「貴様、それは……?」
「だから言ったじゃないですか……――」
剣の長さはとてもアレクサンダーの髪を切り落とす程ではない。それでもどうして髪を切られたのか理解した。
「――……僕も考えたことありました、って」
目の前に見える圧倒的なまでの気配を放つ剣先から伸びる闘気の刃。魅入るような美しさすら感じ得る。
それは正に先程自身が繰り出した闘気の剣以上に滑らかな気配。
あれほどまでに闘気を放出する技を連続で使用しているにも関わらず今正にこれだけの闘気の刃を余裕で繰り出せることが何を意味するのか。
(くそッ!)
持って生まれた才能の違いないのか、それともアレクサンダー自身がその才能の上に胡坐をかいて鍛錬を怠っていたのか、どちらであったとしても悔しさが込み上げてくる。今更どうしようもない程の力量差。
「くっ!」
ドサッと両膝を地面に着くアレクサンダーは半分の剣身しか残っていない騎士剣を手放した。それはもう完全に戦意を喪失したことを差している。
「おおっと! これはアレクサンダー・シール選手、最早戦う意志が見られません! よってこの試合の勝者はヨハン選手となります!」
カルロスのコールによって同時に沸き上がる大歓声。期待と裏切りのいくつもが入り混じるその大歓声に向けて手を振り、貴賓席にも笑顔を向けた。
「勝ちましたよカレンさん」
ニコリと笑みを向けられる。
◇ ◆
「どうだアイゼン?」
「そうですね。ハーミッツ将軍、オリヴァスもういいな?」
ラウルの問いに対してアイゼンは息を吐きながら側近である二人を見る。
「……はい。アレクが負けるとなると、若手では適う者はいません。それどころか私ですら危ういかと」
「こちらも同じくです。ここまで見せつけられた以上、他の貴族も文句は言えません。囲い込もうにも婚約者がカレン様ともなれば手も出せないです」
帝国兵団と有力貴族の両方に向けて同時に示すことが出来た栄誉騎士としてのその実力の高さ。
「カレンの婚約者はあの子で問題ないなアイゼン」
一連のやり取りを見て安堵の息を吐くマーガス帝。
「はい。もう彼以外に残っていませんので。ですが、婚約の条件は優勝になります。優勝できなければ認めることは出来ません」
「頑固者よのぉ」
アイゼンがそう口にするのだが、その場にいる誰もがもう既にヨハンの優勝は実質的に確定事項だと思っていた。アレクサンダー以上の実力者など参加していない、と。
(さて、最初はどうかと思ったが連れ出した分の総仕上げだとでも思えば良いか)
ラウルは選手入場口に姿を消していくヨハンを見ながら微笑を浮かべていた。
「あの、ルリアーナ様」
「なに?」
モリエンテがこっそりと耳打ちする。
「いえ、その、わからないことがあるのですが。優勝しなければ他に嫁いだりするのでしょうか?」
「それはないわね。恐らくここで勝った以上、彼が例え決勝で負けたとしても婚約者として認めると思うわ」
「……えっと、それはどういうことでしょうか?」
「まぁ、ただの意地、みたいなものですね」
「……はぁ?」
もう既に貴族達への証明は済んだ。それどころか帝都中に名声が広がるのではないかという程のその活躍に対してはルリアーナも素直に驚嘆している。まさかここまでとは思いもよらなかった。
(あとは気持ちの問題かしらね?)
後ろ側から見るアイゼンの思惑。
ルリアーナ妃はそれを正確に把握しているわけではないのだがどこか確信を抱いていた。




