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第三百二十九話 閑話 いつかの軌跡(後編)

 

「は~ぁ、楽しかった。それで? 一体どうしてスフィンクスがここにいるの?」


 目尻の涙を指で拭いながらクーナはあっけらかんと問い掛ける。


「いやその話をしようとしていたんじゃねぇかよ!」

「あー、そうだったわね」


 ポンと軽く手を叩いた。


「……ちょっと待ってね」


 コホンと軽く咳ばらいをしたクーナは背筋を伸ばして座る。


「?」


 突然の様子の変化に一体どうしたのかとアトムは疑問符を浮かべた。


「よしっ!」


 意を決したように声を発する。

 真剣な鋭い眼差しでアトム達全員に目を送った。


「それで? かつてエルフの里を救って頂いた英雄であるスフィンクスの皆様がここに再びいらっしゃったということは、何か重大なご用件かと推測致しますが?」

「遅えよ! 今更何を取り繕ってやがんだッ!」


 わざわざ里長としての態度を取り繕うことに思わず声を荒げた。


「えー。今は里長だからせっかくだし里長らしくしているんじゃない。これでも対外的には上手くやってるわよ? 周りからはクーナ変わったねってよく言われるんだから」


 不満気に声を漏らす。


「じゃあ何で最初からそれをしねぇんだよ!?」

「最初はしていたじゃない!?」

「最初だけな!」

「むぅぅっ。だって、久しぶりに皆に会ったら嬉しくなっちゃったから仕方ないじゃない。それに皆に体裁を取り繕っても仕方ないでしょ?」

「ちっ、ほんと変わんねぇな。クーナはいつまでもクーナだな」

「嬉しい。ありが――」


 身を乗り出して両手を広げるクーナ。

 途端にパチンッと破裂音が鳴った。


「ひっ!」


 アトムとクーナの眼前に稲光が通り過ぎる。


「それ以上はダメよ? クーちゃん」

「え、エリザちゃん?」


 頬を引き攣らせたクーナの視線の先には満面の笑みを浮かべているエリザ。


「ごめんなさいね。私はシルビアさんと違って電撃の微妙なコントロールが出来ないの。だから間違って感電死させたらいけないので先に謝っておくわね」

「う、ウソよウソ! も、もうエリザちゃんは冗談が通じないわねぇ」


 元の席に座り直すクーナは俯き加減にエリザを見た。


(あっぶなー。そういえばアトムに下心を持って身体的接触を試みるとこうなるんだった。っていうか今の電撃、絶妙な位置にコントロールしていたじゃないの!)


 言葉と行動の齟齬の違和感を正確に汲み取る。


「ほれ、もうこの辺でいいか? いい加減に本題に入らんと時間がいくらあっても足らんわ」


 丁度良い頃合いを見計らってガルドフが声を掛けた。


「そういえばラウルとロー君はなんでいないの?」


 クーナが口にするラウルとロー君。

 それはもちろん剣聖ラウル・エルネライとローファス・スカーレット現シグラム王国国王のこと。当時スフィンクスと行動を共にしていた二人。


「それが、儂たちがここに来た理由じゃ」

「どういうこと? ガルドフさん」


 疑問符を浮かべて首を傾げるクーナにガルドフ達はエルフの里長クーナに、ここエルフの里を訪ねた理由を話して聞かせることになる。



「―――というわけなのじゃ」


 一通りの話を聞いたクーナの顔付きは真剣そのもの。冗談の一切の介入の余地を許さない。


「………それは本当の話なの?」

「事実かどうかはわからぬ。儂らはそれを確認するために行動しておる。もちろん、ここにおらぬラウルにしても事情を説明して協力を仰ぐつもりじゃ」

「アイツなら間違いなく俺達に手を貸してくれるさ」

「それはそうだと思うけど……――」


 何かを考え込むクーナはガルドフ達から聞いた話を頭の中で整理していた。

 そのまま再び口を開く。


「――……そっか、そういうことだったのね。世界樹の光が落ちて来た理由にも納得がいったわ。それで、私は何をすればいいの?」

「クーちゃんも私達に手を貸して。ジェニファーの為にも」

「私はそのロー君の相手を知らないけど、しょうがないわね」

「ありがとう助かるわ」

「………でもそうね。じゃあせっかくだからこっちからもお願いしたいことがあるの」


 薄く笑みを浮かべるクーナ。


「なんじゃそのお願いとは?」

「ガルドフさんが学校の校長でロー君が王様でしょ? それでエリザちゃんとアトムの子が通っているのよね? だったら面倒を見て欲しい子がいるの」

「どういうことじゃ?」

「ちょっと待ってて。すぐ連れて来るから」


 すくっと立ち上がるクーナはすぐさま部屋を出て行った。


「誰を呼びに行ったのかしら?」

「さぁ?」


 しばらくすると、クーナは若いエルフの男女を連れて来る。


「紹介しますね。こっちの女の子がナナシーといいまして、こっちの男の子がサイバルといいますの」


 先程までの気楽な様子を見せないクーナは里長としての装いを見せていた。


「は、はじめまして」


 ナナシーとサイバル。

 かつてヨハン達をエルフの里に案内した少女である。偶然この時里帰りをしていた。


(ど、どういうこと?)


 突然里長に呼び出されたナナシーとサイバルは目の前に人間がいることに理解が及ばない。お互いに目を合わせるが、どちらもその人間に見覚えがなくサイバルも困惑して小さく首を振る。


「あ、あの? 里長? こちらの方達は? 見たところ人間の方のようですが?」


 ニコニコしている里長を不気味に感じながらも、ナナシーは我慢できずに問い掛けた。


「こちらの方たちは、冒険者パーティースフィンクスの方達です」

「えっ!? じゃあこの中にヨハンのお父さんとお母さんがいるんですか?」

「ええ、こちらのお二人がそうですよ。紹介しますね。アトムさんとエリザさんです。それと、こちらの方がガルドフさんで、こちらの女性がシルビアさんといいます」


 アトムとエリザがクーナの態度に寒気を覚えるのだが、おかまいなしにその態度を貫く。


(へぇ。この人達が……)

(あのスフィンクスか)


 突然紹介された人物達をジッと見た。

 ナナシーとサイバル、共に物心つく前の出来事。里の他の子ども達と同じように聞かされてきた人間の中でも信に足る人物なのだと。

 元々ナナシーが人間に興味を持ち始めることになった最初の話。それが今目の前に実際にいることにどこか感動に似たような感覚を得る。


 同時に妙な縁も感じていた。

 もう一年も前のことなのだが、つい最近のことのように思い出せるその出会い。ヨハンだけに限らず初めて出来た人間の友達とのその繋がり。


「つまりこの子がローファスの言っていたヨハン達を助けたエルフの女の子ってことだな?」

「ええ、そしてそれは同時にローファスの娘を助けた子、ということにもなりますね」

「つまりこの子を行かせるわけじゃな?」

「はい、お願いできますか?」

「任せておけ。少し時間をもらう」


 しかし何の説明もされぬまま話が進んでいく。


「えっ? えっ? 行くってどこに?」


 突然の話。何が起きているのかとナナシーはきょろきょろと困惑して周りにいる人物達を何度も見るのだが、未だに説明はない。

 何か自分の知らないところで話がトントン拍子に進んでしまっているのではないかと。どこか焦りを感じた。


(これは何か嫌な予感がする)


 サイバルはこの後自身に降りかかる事態に腹を括る。どうにも良い予感の一切がしない。


「あの、里長? 私、どこかに連れて行かれるのですか?」


 いい加減我慢できずにナナシーが問い掛ける。


「ええ。あなたとサイバルは私と一緒に王都に行ってもらうわ」

「えっ!?」


 額に手を送るサイバルとは対照的にキラキラと目を輝かせるナナシー。思わず飛び跳ねて喜んだ。


「やった! うそっ!? 嘘じゃないですよね!?」

「ええ。向こうでは私とは別行動になりますし、詳しい話はまた後でしますね」

「王都に行けるよ、私! やったよサイバル!」


 明らかにげんなりしているサイバルの手を取って無邪気な子供の様にぴょんぴょん跳ねるナナシー。


「ただし、遊びにいくわけではありません。あくまでも人間の世界を知る勉強の一環と思いなさい。あなた一人だけでは心配なのでお目付け役としてサイバルも一緒に行ってもらうのですから」


 クーナの言葉でサイバルも理解する。ナナシーのとばっちりを受けたのだと。


「あっ。でも村長に言いに行かないと……」

「フルエ村の村長には私の方から連絡をしておきますので安心なさい」

「ありがとうございます!」


 一連のやりとりを見ているエリザは思わず口をポカンとさせる。


(あれ? クーちゃん意外とまともに里長してるのね)


 クーナの思わぬ一面に感心していた。

 そうしてヨハンの知らないところでナナシーとサイバルが王都に向かう段取りが整えられることになる。当然それはエレナやモニカにレインも知らないことであった。



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