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第三百二十八話 閑話 いつかの軌跡(前編)

 

 ―――時を同じくしてシグラム王国とある場所。


 深い森に囲まれた中、しかしどこか神秘的な雰囲気を醸し出すその森、そこで仄かに淡い青い光を放つ宝石を手に持ち、ブツブツと呪文を唱える者がいる。


「――……その真実の姿を我の前に見せたまえ」


 詠唱を終えた途端、宝石の青い光が一際輝きを増し辺り一帯を覆った。


「久しぶりだなここに来るのも」


 目の前に広がるのは木造建ての家屋に舗装された土の道。先程までの森の景観は姿を消している。しかしそこには人工物、進化を辿る人間が手を加えたような材料や建造物は見当たらない。自然との同一化を図ったようなその美しい景色が広がっていた。


「クーちゃん、元気かしら?」


 エルフの里と呼ばれるその場所。人間から隠れ住むように里を築いて数百年。そこに人間が四人姿を見せる。筋骨隆々の半裸の男に魔女と見紛うかのようなローブの女性に、若い剣士の男と魔導士の女。


「おっ?」


 突然姿を見せたその四人の周囲を取り囲むように次第に大勢の人、薄緑色の髪をした耳の長い種族、エルフがその人間達を取り囲んだ。

 老若男女問わずに十数人が四人の人間を取り囲む。


「きゃーー! スフィンクスよっ!」


 開口一番、発せられた声は黄色い声。


「アトム様ー!」

「シルビア様お久しぶりですぅ!」

「エリザ様ーー!!」

「よう来られた」

「あの時はほんと助かったよ!」


 続けざまに口々に気軽い声を掛けられた。

 エルフの里に姿を見せたのはアトム達スフィンクスのメンバー。かつてシグラム王国前国王時代にエルフの里へ襲撃を受けたことによる防衛戦の主軸を担ったのがアトム達。


「あ……ガルドフ様は服を着て下さい」

「それは承諾しかねるな」


 途端に沸き上がる歓声を遠巻きに見るのはエルフの子ども達。


「あれが英雄スフィンクスかぁ。初めて見る」

「凄い人達なんだよね?」


 話に聞く英雄譚。エルフの里に於いて数少ない人間を英雄視するその物語。多くは忌避される忌むべきエルフと人間の歴史の中にある生ける伝説。憧憬の念を抱きながら羨望の眼差しが送られている。


「おいおいおい、俺たちモテモテだなぁ」

「いつまで鼻の下を伸ばしているのっ!」

「いてててててっ」


 エルフの女性にデレデレするアトムの背中をエリザが力一杯につねった。当時と変わらないやり取りにシルビアが嘆息する。


「全くお主等は何をやっておる、早く行くぞ」

「がははっ。歳を取っても相変わらずじゃな」

「まだそんなに歳を取ってねぇわ!」

「そうよ、女性に向かって失礼よ! それに歳なら――」


 ギンッと鋭い眼差しがエリザを見て、エリザは思わず視線を逸らす。


「何か?」

「い、いえ、なんでもありません」

「うむ」


 スッと人混みを搔き分けながら目的地に向かって歩を進み始めた。


「ほら。あなたも早くいくわよ」

「お、おいんなとこ引っ張るなって」

「あ~ん、もういっちゃうのですかー?」


 エルフの女性は口元に指を送り、寂し気な表情でエリザによって耳を引っ張られるアトムを見る。


「すまんすまん。俺たちも急ぎの用があってな。また時間のある時にでもゆっくり遊ぼうや」


 アトムはニコッとエルフの女性に笑いかけ、手を振りながら答えた。


「はーい! また遊んでくださいね、ア・ト・ム・さ・まっ!」


 エルフの女性がウインクで返すと同時にエリザが凄まじい殺気を放ってエルフの女性を睨みつける。その視線を受けたエルフの女性は苦笑いしながら両手を振った。


「う、嘘ですエリザ様。冗談に決まってるじゃないですか」

「そ、そうだ! 何もこんなことを本気で捉えるなよ!」


 思わずアトムも口添えする中、両者をジロッと見た後、エリザは深く溜め息を吐く。


「あなた達、久しぶりに人間を見たからって遊び半分でいないことね。でないと……」


 左手の平を上に向けてボッと火の玉を中空に漂わせた。


「どうなるか、知らないわけじゃないわよね?」


 笑顔のエリザを見てエルフの女性は頬をヒクヒクとさせる。その場にいた他のエルフは既に後退りしており、近くの子どもを抱きかかえて避難していた。


「わ、わかってますって。申し訳ありません」


 深々と頭を下げる。

 過去にもあったその出来事。里を救った英雄としてチヤホヤされるアトムに業を煮やしたエリザが危うく救ったはずの里を壊滅させるのかという程の勢いで魔法を放ったその一連の出来事。それが冗談では済まないのはアトム自身が知っていた。


(はぁ。この様子だとクーちゃんも変わってなさそうね)


 この後に面会する予定であるエルフの知己の女性。考えるだけでめんどくささが込み上げてくる。

 そのまま四人の背を見送るエルフ達。


「あー怖かったぁ」

「あんた馬鹿じゃないの? 昔っからエリザ様はアトム様に声を掛ける子皆睨みつけていたじゃない」

「知ってるわよ。でもアトム様、こうなんていうかあの時とは違って大人の色気が出ているからさぁ」

「それは確かにね」


 エルフと人間の寿命の違い。およそ十五年程前になるその当時と比べると外見の印象は自分達と比べると大きく変わっていた。


「一度ぐらい抱いてくれないかなぁ」

「あんたも懲りないね。それで昔アトム様にちょっかいだしてぶっとばされた子いたじゃない。あんたもああなりたいの?」

「危険な橋こそ渡ってみたいってやつ?」

「バカじゃない?」

「でもクーナはそれを地でいっていたわよ?」

「クーナだからね」


 アトムとエリザを遠くに見送りながら、エルフの女性達は懐かしい昔話を思い返していた。


「それにしても、アトム様もエリザ様もびっくりするでしょうねー」

「きっとね。あのクーナが今や里長だからね」

「ねぇ」


 エルフの女性達は顔を合わせて、この後仰天するであろうアトムとエリザのことを想像して笑い合う。



「ここじゃな」


 勝手知ったるその場所。誰に案内されずとも里長の家に着いた。


「ん? あれクーナだよな?」

「……そうね」


 里の中でも一際大きな家。里長の家の前には一人の女性のエルフが立っている。

 背が高く端正な顔立ちでいて、それに見合う長く伸ばした若葉の様な綺麗な薄緑色の髪。上品な佇まいで気品のある緑を基調とした布製の服を身に纏っていた。


(おかしいわね。クーちゃん、どうかしたのかしら?)


 違和感。それも盛大な違和感を抱くエリザ。

 エリザの知っている知己、クーナであるならば自分達の姿を目にすれば一目散に駆け出してもいいはず。


「久しぶりですね皆さん。よく来て下さいました」


 疑問を抱いている中、クーナが声を発した。その声色に思わず背筋をゾッと寒くさせる。どうにもその余所行きの声色が気味悪い。


「お主も元気そうでなによりじゃ。それで里長はどこにおる?」


 ガルドフの問いにクーナは僅かに表情を落とした。


「長は五年前に他界され、今は私が長を務めております」

「えっ!? クーちゃんが長をしているの?」

「マジか!? こりゃラウルとローファスもびっくりするぞ」


 いつもと違う態度で接しられた理由に納得がいく。つまり、里の長として人間の来客を迎えるように装っていたのだと。


「まず落ち着いて話をしましょうか。積もる話もあることですし」


 ニコリと笑みを浮かべたクーナは家の中に招き入れた。

 家の中は外観と変わらず自然との調和を一体感に織り成した高水準の内装。ある意味美しさすら感じらせる程。そこの応接間に里長であるクーナとアトム達スフィンクスが向かい合って座る。


「そうか、それは残念であった」

「いえ、長は寿命を全うされ旅立たれました。それはもう穏やかな最期でした。あなた達がいなければそれも叶わなかったでしょう」


 前里長であるクーナの父の話を最初に聞いていた。里を巡った戦い以降は穏やかな時が流れたおかげで落ち着いた晩年を迎えられたのだと。


「……それで今はクーナが里長をしていると」

「びっくりしたでしょ? 柄じゃないってわかっているのだけど、皆がどうしてもって言うから」


 そこでようやくクーナは表情を柔らかくさせた。

 小さく息を吐いて背もたれにもたれ掛かる仕草はもう里長としての威厳を手放した仕草。


「いやマジでびっくりしたよ。またあの妖怪ジジイが出てくるもんだとばっかり思っていたからさ」


 机の上にあるカップを持ち、口に運ぶアトムも神妙な顔付きをしている。


「……そっか、爺さん逝っちまったか」

「お父さんは、満足そうにして逝ったわ。ただ、心残りが一つだけあると言っていたけど」


 心残り、という単語を聞いた途端ガルドフ達は互いに顔を見合わせた。


「心残りとな。それはなんじゃ? もしかすればそれはワシ達がここに来た理由と関係するやもしれぬ」


 アトム達スフィンクスは目的を持ってエルフの里を訪れている。魔王の復活に兆しである世界樹を見に来ていたのだが、数年前から世界樹が輝きを落としているというのであれば前里長の心残りもそれに関係しているのではないかと。


「前里長の、お父さんの心残り、それは……――」

「それは?」

「――……それは」

「それはなんじゃ、早よ言わんか!」


 シルビアの苛立ちにガルドフが宥める中、クーナは真っ直ぐ顔を上げて真剣な顔つきに変えた。


「それは、私がアトムとの子を授か――」


 バコンッ!

 鈍く盛大な音が渡る。


「ほんと懲りないわねあなた! またぶっ飛ばすわよ!?」


 エリザが立ち上がり、持っていた杖でクーナの頭頂部を叩いていた。


「ったああああっ」


 クーナは頭を両手で押さえて痛みを堪えている。


(ほんと変わんねぇなクーナ)


 片肘を着いてクーナの様子を見るアトム。真剣な装いを見せつつも冗談をすぐ口にするところはアトム達が知るクーナとそう変わらない。立場が変われども内面的なクーナの様子が変わっていないことに安堵の息を漏らした。


「はぁ。まともに聞いたワシが愚かであったわ。そういえばこういうやつであったの」


 シルビアも思い出すそれはかつてと同じやり取り。昔と変わらない関係。

 以前里を救った後にクーナがアトムに言い寄り、結果エリザにぶっ飛ばされた出来事。現在進行形で展開されている目の前のやり取り。昔馴染みが故の気安い関係。


「あなた里長になっても変わっていないじゃない!」

「エリザちゃんもオバサンになっても落ち着いていないじゃない!」

「オバッ!?」


 エリザとクーナはぎゃあぎゃあと文句を言い合っている。

 呆れて物も言えないやりとり。まるで子ども同士の喧嘩。仕方なしとシルビアが杖を握ろうとしたところ、ガルドフが肩を叩き小さく首を振った。


「久しぶりに会ったのだ。もう少し待とうではないか」

「しょうのないな」


 溜め息を吐くシルビアなのだが、それでもその二人のやり取りを懐かしんで見る。


「――……はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」


 既にエリザとクーナ二人とも肩で息をしていた。


「おい、二人ともそろそろいいんじゃねぇか?」

「「アトムは黙ってて!!」」


 仲介に入るアトムをギンッと睨みつける二人。


「おぉ!?」


 思わずたじろいでしまう。


(こええっ)


 再び二人して睨み合った。


「けどまぁいつまでもこうしているわけにはいかないわね」

「エリザちゃんがいきなり叩いたからでしょ!」

「元々はクーちゃんがまたバカなことを言ったからでしょ!? それにあれぐらいクーちゃんなら余裕で避けられたでしょ!?」

「そこはまぁ受けておいた方が面白いというものじゃない? 受けて初めて成立するものもあるしね」

「そんなこと初めて聞いたわよ!!」

「えっ? そうなのかなぁー?」


 一度は落ち着いた筈なのだが、再び言い争いを始める二人。


「…………」

「…………」


 少しの間を置いてジッと見つめ合う。



「「ぷっ」」


 同時に息を漏らした。


「「あははははははははははは――」」


 二人同時に笑い合うと、先程までの険悪な空気が一気に吹き飛ぶ。


(やっぱこの二人わけわかんねぇな)


 喧嘩していたかと思えば仲良く笑い合う二人に呆れてしまった。



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