第三百二十七話 思惑の意図
「これであと二試合か」
帝都武闘大会ももう既に大詰め。準決勝と決勝を残すところ。
「どう調子は?」
勝ち残った四人に用意された個室の控室。そのドアがノックされる。
「あれ? どうしたんですかミモザさん」
顔を上げ、誰が来たのかと確認するとミモザが姿を見せていた。
「どうやらその様子だと緊張はしてなさそうね」
「はい。今のところは」
自分でも思っていたよりも落ち着いているなと冷静に考えられるのはここ最近どうにも激しい戦いに身を置いていたのだなと改めて実感する。あれらの戦いに比べればいくら実戦に近しい形式とはいえ、それほど緊張するものでもない。
「まぁここまで余裕だものね」
「そんなことないですよ」
実際余裕と言い切れるのは初戦だけ。二回戦も三回戦もそれなりに苦労していた。勝ち上がっているのだから当然といえば当然なのだが、帝国に来る前の自分であれば確実に敗退していた。
(そう思うとラウルさんに連れて来てもらって良かったな)
帝国にただ旅行をしに来たわけではない。サリーやセレティアナといった悲しい別れもあったがそれでもカレンやアイシャ達といった今となっては嬉しい出会いもある。
(モニカやエレナにカレンさんを紹介したいしね)
てっきり帝都で別れるものと思っていたのだが婚約の件は別にして同行するのだから紹介しないわけにもいかない。それどころかカレンにもレイン達を紹介できることが楽しみでもあった。
(ティアとの約束もあるしね)
約束と言う名の【契約】。正式な契約ではないのだが反故にするわけにはいかない。
「じゃあヨハンくん私はいくわね」
「はい。わざわざありがとうございます」
ニコッと笑みを浮かべミモザが部屋を出て行こうとするのだが、ヒョコっと顔だけ覗き込ませる。
「あっ。そうそう。こういう時って結構大きな障害が立ちはだかるものだけど、ヨハンくんなら大丈夫だと思うから」
「はあ……?」
手をひらひらとさせバタンと閉められた。
「障害かぁ。そうだね。最後まで気を引き締めないと」
五英剣候補者と名高い騎士アレクサンダー・シールが次の相手。油断は禁物だと心に留めておくとドアが再びノックされる。
「お待たせしましたヨハン選手。準備はよろしいですか?」
「はい」
カチャっと剣を手に持ち闘技場に向けてゆっくりとドアを開けて会場に向かい始める。
(あれ? そういえばここって選手しか来れないんじゃなかったっけ? もしかしてまた道に迷ったのかな?)
そんなことを考えながら眩いばかりの会場の照明に顔を照らされ大歓声を浴びて入場した。
◇ ◆
「とうとう準決勝だなアイゼン」
「ええ、そうですね」
「ここまでは予定通りか?」
「そうですね。いくらか想定外の事態はありましたが概ねは」
貴賓席にて会話を交わすラウルとアイゼン。
「しかしラウル」
「はい皇帝」
「あれだけの強さだ。帝国で囲い込めないのか?」
「その辺りは今後のカレンの奮闘に期待しようではありませんか」
「仕方ないか」
マーガス帝とラウルで共通理解をする中、アイゼンは小さく溜め息を吐く。
「母さま?」
「どうしたのルーシュ?」
「母さまはカレン姉さまが婚約を結ぶことはよろしいのですか?」
「もちろんよ?」
突然息子が何を言っているのだとルリアーナ妃はきょとんさせた。
「その……帝国を出ることも、でしょうか?」
「そうね。本音を言えば帝都でいる方が望ましいけど、あの子はラウル様に憧れて育ったものだからね」
女性の皇族としてやれるだけの公務には携わって来ている。しかしそれでも外の世界への憧れは確かに抱いており、好奇心があるのも昔から変わらない。
「だからルーシュもあのヨハンくんを応援してあげていいのよ。助けてもらったのでしょ?」
「で、ですが……」
ルーシュが視線の先に捉えるのはアイゼンの姿。一時は兄を討つことも厭わない覚悟を示したのだが、それが騙されていたのだということで大きな叱責を受けていた。
しかし大きな叱責止まり。当然叱責程度では済まないと思っていたのだが、アイゼンからは『お前の教育は私の範疇ではない。全ての責任はルリアーナ様とモリエンテにある』と最終的に言われて終わっている。それがどうにも不気味でならなかったのだが、後に母に謝罪も含めて尋ねたところ『そうね。あと二、三年すればまたこのお話をしましょうか』と言われるだけで終わった。
付け足されるように今回の一件を忘れることのないようにと言われていたのだが、ルーシュからすれば忘れるはずがない。数年後にもう一度話をするということ、蒸し返されることが確定していることに若干嫌な気分にもなるのだが、それでももう二度と叛意を抱かないと内心では誓っている。
その兄アイゼンが次期皇帝に決まったとしてもその意思を翻すつもりはない。それだけの決意を固めていたのだが、わからないのはその心持。アイゼンがヨハンとの婚姻に反対するのであれば、いくら助けてもらったとはいえアイゼン側の考えに寄せるべきではないかと悩む。
しかし見ている限り誰もアイゼンの考えに賛同していない。厳密には家臣一同は賛成しているのだが自身に近しい者達はその考えを隠す気もない。
(どういうことなんだろう?)
考えてもわからないことだらけ。
そうなるとルーシュの立場としてはもう無言で事態の成り行きを見届けるしかなかった。
◇ ◆
「それではお待たせしました。残る試合はあと二試合!」
中央でカルロスが声を大きく発した。
「寂しい限りではありますが、さすがの私ももう疲れてまいりました。それは客席の皆様も同じことでしょう」
途端に会場が笑いに包まれる。
「そんな私達の疲れを是非このお二人に吹き飛ばしてもらいましょう! それでは準決勝第二試合の選手入場です!」
カルロスが後ろに下がる中、同時に入場するヨハンとアレクサンダー。
「まさか本当にここまで来るとはな。まぁいい。俺の手で直接引導を渡せると思えばそれでいいか」
騎士剣を片手に余裕の笑みを浮かべているアレクサンダー。
「よろしくお願いします」
鳴り止まない大歓声。
会場の期待は見事に二分している。
ヨハンに期待するのは新進気鋭の新人がよもや決勝にまで勝ち上がるのではないかという者。片や、いくらなんでも騎士爵家筆頭であり、歴代最強の呼び声高いアレクサンダー・シールまでもが敗戦するわけにはいかないという身贔屓の者。
スッとカルロスがゆっくりと腕を垂直に伸ばす。それを目にした会場は一斉に静まり返った。どんな期待を抱こうが結果がもうそこに出る。
大きな期待と不安、それぞれの思惑が交錯する試合の幕が開けた。




