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第三百二十四話 傍若無人

 

(ここでこいつを倒せばおりゃあ一気に少将だッ!)


 疑問符を浮かべて首を傾げているヨハンを目の前にして漆黒の鎧を纏った重装歩兵ゴルドーラは考えていた。


(確かにここまで見る限りこいつの強さは驚異的だ。だが、これを拝借すればそんなもの問題にならねぇ。大体ここを勝ったところで次はアレク様が相手になる。ならば丁度良い。まさかこんな運が回ってくるとはなっ!)


 嬉々とした笑みを浮かべてヨハンを見るゴルドーラはここまでの二回戦とは違った鎧をハーミッツ・シール将軍の指示によりあてがわれている。


『次の試合はこれを着て戦え』

『は?』


 最初は意味がわからなかったのだが、アレクサンダー・シールがこの大会で優勝をすればカレンを娶れるのだと言うことを聞き、状況を理解した。


『――なるほど。ならアレク様との戦いでそれっぽく負ければいいんですね?』

『そこまでは言っていない。解釈はお前に任せる』

『了解しました』


 伴って栄誉騎士を受けたヨハンを倒せば一気に株が上がるのだという目算もたったのだが、こちらから提案せずとも、あちらからヨハンに勝てば栄誉騎士に勝った兵として少将に取り立ててもらえるという話を持ち掛けられたのだから役得以外の何物でもない。


「覚悟しな小僧。調子に乗りすぎたことを後悔させてやるぜッ!」


 下卑た笑みでヨハンに声をかける。


「…………」


 どうにも不気味な気配を放っているその黒光りを放つ鎧。


(もしかして、何か特殊な効果でもあるのかな?)


 魔法の類は禁止されている武闘大会なのだが、装備に限ってはそこには含まれずに自由。ここにきてそれを身に纏ってきたことからしてもその可能性を頭の片隅に留めておくことにした。


「ではお二人とも準備はよろしいですかな?」


 既に観客の熱は上がりっぱなし。新進気鋭の新人。突如として現れた新星ヨハンがあれだけの突然頑強そうな重装備を身に着けた相手にどう立ち回るのか興味が尽きない。



 ◇ ◆



(ふぅ。ここって息が詰まるのよね)


 貴賓席に戻ってきたカレンはスッと腰を下ろしながら闘技場に視線を落とす。


「え?」


 思わず目を疑った。

 座った椅子からすぐさまガタンと勢いよく立ち上がり、淵に手を置き身を乗り出すように覗き込む。


「まさかっ、黒曜石の鎧!?」


 カレンの突然の行動にマーガス帝はため息を吐きながら口を開いた。


「これカレン。はしたない行いはするなとどれだけ言えば――」

「ですが父様!? あんなもの一兵士が持っているような代物ではありませんっ!」

「知っておる。儂を誰だと思っておる」

「ならっ!」


 さも当然の様に答えるマーガス帝が、父の言葉が信じられない。どう見てもその鎧は帝国が管理していた物。つまり、誰かが手引きをしなければあんな物を使ってこの場に姿を見せることなどできないことは皇帝も知っているはず。同時にすぐに理解するのは、皇帝や上位貴族など、これだけ面々の前であれだけ堂々と黒曜石の鎧を使用させるなどの行いは帝国内でも相当な上位に位置する権力者でなければそんなことできはしない。


「五月蠅いぞカレン。静かにしろ」


 カレンの背後から聞こえる冷たい声がその場に響く。


「アイゼン兄様?」


 振り返った先のアイゼンはゆっくりと歩いて来てどすっと椅子に腰を下ろした。


「どうした? 何かあったのか?」

「な、何かあったもなにも、ご覧の通り黒曜石の鎧が持ち出されています!」

「それがどうかしたのか?」

「どうかしたのかって……」


 まるで驚かない。些事の如き返答。


「まさか……」


 脳裏に過る違和感。あれだけの代物が許可なく持ち出されていれば本来重大案件。誰による手引きなのか調べに走らせることは普通。

 それが今戻ってきたばかりのアイゼンは一切驚きを見せることがない様子からして浮かび上がる一つの仮説と疑念。


「兄様が?」


 ならば誰が許可を出したのかということにほとんど確信的な眼差しを持ってアイゼンを見るのだが、アイゼンはチラリとカレンを見て目が合ったのみで意に介する様子を見せない。


「早く座りなさいカレン。そんなところにいては儂が見えないではないか」

「――――っ!」


 声を荒げたい衝動に駆られるのだが、父であるマーガス帝ももう一人の兄であるラウルも何も言わないことからして、ここに至ってカレンが何かを物申せる立場ではないことは誰もが知っていること。言われなくとも自分自身が一番理解、痛感している。父も兄も自分が言っていることの意味を理解しているはずなのに、アイゼンの疑惑の動きの一切を容認しているのだと。


(どう、して……――)


 掻き乱される感情。それほどまでにヨハンに優勝して欲しくないのだろうかという憶測。でないとSランク防具がこんなところで突然使用されるわけがない。

 それどころか、更に疑念を重ねてしまう。


(――……兄様)


 アイゼンが今後皇帝として優位に立ち回れる手近で絶対的な貴族、背後に立つシール家に嫁いでほしいのだろうかと考えてしまった。


 多くの疑念を抱きながらもう一つの感情も沸き立つ。

 次の試合までは確実に勝ち上がれると踏んでいたのだがこうなると状況が一変してしまった。


(お願い。無理だけはしないで)


 グッと堪えて眼下を見下ろしヨハンに視線を向ける中、その後方で皇后の侍女モリエンテが隣に座るルリアーナ妃にそっと耳打ちする。


「あの鎧はそれほどなのですか?」


 モリエンテの問いにルリアーナ妃は苦笑いを返した。


「ええ。黒曜石で作られたことでその頑丈さは言わなくてもわかるわね?」

「はい」

「加えてあの鎧にはある効果が施されているのよ」

「ある効果?」


 黒曜石自体が鉱石の中でも最上位に位置する特殊鉱石。その頑強さは他の鉱物や鋼に鉄などの追随を許さない。だがあまりにも稀少であるため、カサンド帝国はその軍事強化の為に作ったのだが量産が出来ないでいる。謂わば試作品止まりなのだがその効力は確か。


「……対人戦に特化した付与が、ね」


 およそ軍事関係に詳しくないルリアーナ妃でさえ知っているその黒曜石の鎧に付与されている効果を口にしようとしたところ、眼下ではカルロスの腕が開戦を告げるために大きく振り下ろされていた。



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