第三百二十三話 三回戦の相手
「おかえりお兄ちゃん」
「ただいま」
観客から激励の声を掛けられながら席に戻る。想像以上の声の掛けられ方に苦笑いで返すことしかできなかった。
「あれ? ミモザさんは?」
「買い出しに行ったきり帰って来てないんです」
「迷子になってるみたいだよ?」
「……迷子って」
心配そうに話すアイシャと対照的にあっけらかんと答えるニーナ。一応周囲を見回してみてもそれらしい姿は見られない。
「探しに行きましょうか?」
「大丈夫さ。あれもそんなことしてもらうような可愛い歳ではない」
「でももし本当に困っていたら」
「そんなことより、初めて相手をした獣人はどうだった?」
笑顔でアリエルに問い掛けられる。
「あー……。そうですね。世の中はやっぱり広いんだなぁって。あんな捨て身の攻撃をされるとは思ってなかったです」
結果的に死ぬかもしれないような、進んで命を差し出すような程の気概を見せたことには素直に驚嘆していた。それはまるで実戦とそう変わらない覚悟。例え武闘大会であろうとも、わざと剣を受け止めて反撃をするなど、勇猛とも蛮行とも人によっては意見を変えるような行い。そんな決断、いくら治癒魔導士に治療をしてもらえるとはいえ生半可な覚悟ではできない。
「その割には冷静に対処していたな」
「まぁ見えていましたので」
「さすがだな。見えていたとしてもあれほど鮮やかにはいかないものだがな。ただ、覚えておいて欲しいのは、彼はきみにさえ本気を示した。殺すのも厭わない覚悟で」
「はい」
「いつだって彼らはそういう環境下に身を置かれてきたからな」
「……わかってます」
アリエルの言いたいことはわからなくもない。席に戻る前に意識を取り戻した獣人戦士リックバルトに声を掛けられていた。自分の分も優勝して欲しい、と。
『いや。今のハ忘れてくれ。コッチの事情を貴殿に押し付けるのハ身勝手が過ぎるな』
『そんなことないですよ。元々僕の目標は優勝ですから。まぁそれは皆さんそうでしょうけど。でも、僕にそれをお願いするのって、リックバルトさんにも事情があるんですよね?』
『……ドウシテそう思う?』
ヨハンの問いに目を細めるリックバルト。
『まぁでないとわざわざそんなこと言いに来ないだろうなぁって』
『……そうか』
そうしてリックバルトの旅の目的。自分達のような存在、獣人を広く認めてもらうために参加した武闘大会なのだが、よもやヨハンのような子供に負けるとは思ってもいなかったのだと。わざわざ遠く離れた地を巡っているのは獣人として少しでも認めてもらいたいのだということを話していた。
『そうなんですね』
リックバルトの話を聞いて考える。歴史の授業で学んだ獣人たちが虐げられてきた歴史を。
『僕としても獣人の人達が虐げられるのだなんて違うと思います』
現状直接何かができるわけではないのだが、それでも思うのは、外見上は確かに人間とは違うが意思疎通ができるのだから人間とそれほど違いはないのではないかと。
『…………皆が貴殿と同じ様な考えでハないのだが、そういってもらえると助かル』
外見が違うだけで迫害されることなど、獣人たちにとっては当たり前に受けてきたこと。
「まぁ優勝という目的は変わらないですから。それで少しでもそういうことが減らせるのなら」
ヨハンが優勝することでリックバルトが負けるのも仕方ないと思ってもらえればただ敗退するよりも幾分かは気分が楽になるのならそれに越したことはない。
(素直な子だな。リックバルトも相手がこの子で良かったのだろうな)
その話を聞き終えたアリエルも、獣人に肩入れするとまではいかないのだが、それでも孤児だった自分達が幼少期にラウルと出会う前までに受けて来たことをどこか獣人たちのその境遇に重ね合わせて共感していた。
◇ ◆
「アイゼン様。本当によろしいのですか?」
「ああ。もちろん構わない」
闘技場のとある一室。そこはいくつもの武具が保管されている管理室。
そこにはアイゼン・エルネライ第二皇子とハーミッツ・シール将軍がいた。目の前にあるのは黒光りを放つ大きな鎧。魔力伴う魔防具。
「もしこれに勝てるようならその実力は本物だ。ならばアレクだろうと彼だろうと私はカレンがどちらに嫁ごうともどちらでも構わないからな」
アイゼンはハーミッツ将軍に対してカレンの嫁ぎ先には帝国を護るに足る実力を示せばそれで良いと話していた。それは帝国の重大な戦力になり得るのだからと。その上で話があると言い、ハーミッツ将軍を闘技場の武具管理室に連れて来ている。
「……かしこまりました。ではルール上問題もありませんので、そのように手配しておきます。ですが、ゴルドーラが勝った後は」
「ああ。何かと理由をつけてそのあとは使用をしなくとも構わない」
「はっ。では早急にそのように指示を」
バタンと閉まる扉。ハーミッツ将軍が部屋を出た後、アイゼンは鎧を見て再び口を開く。
「実力を見せるのも一苦労だな、彼も。だがそうでなければこちらも易々と任せられない」
小さく独り言を呟くと薄く笑みを浮かべ、アイゼンも部屋を出ていった。
「まったく。何を考えているのかと思えばそんなことか。だがまぁあいつの気持ちもわからなくもないか」
廊下でアイゼンの後ろ姿に目を送りながらラウルは一人呟く。
「ならその目で確かめればいい。あいつの強さを」
小さく笑みを浮かべてラウルもその場を後にした。
◇ ◆
「あっ。ヨハンくん帰って来てたの?」
「はい、少し前に。ミモザさんはどこまで?」
「いやぁそれがね。気が付いたら反対側にいたのよ。まいったわ。はいこれ」
余りにも自分の方向音痴さが情けなくなると、たははと苦笑いしながらミモザはニーナとアイシャに菓子を手渡し、手で顔を仰ぎながら席に座る。
「とにかくヨハンくんもこれで三回戦に進めたけど、次の相手は知ってるの?」
「はい。帝国兵団の方です。かなり大柄な人でした」
「ふぅん。それなら楽勝ね。ただ大きいだけでしょ? そのカレンちゃんを口説いて来たアレクサンダーってやつ以外の帝国の関係者で目ぼしいのはいなかったと思うから」
「だといいんですけどね」
余裕を持って片肘を着いて闘技場を見下ろすミモザ。
そうして大会は順調に進んでいく。人数ももう八人までになっていることから、ここから先は観客席に戻る時間はない。
「じゃあ頑張ってねお兄ちゃん」
「うん。行って来るよ」
「カレンさんももう向こうに行くんですよね?」
「ええ。だから向こうでヨハンの優勝を待ってるわね」
「わかりました」
カレンに笑顔を向けられる中、ヨハンも立ち上がり同じようにして笑顔を向けた。
◇ ◆
「――それではお待たせしました! 三回戦、東側ヨハン選手!」
カルロスの声が会場中に響き渡り、ヨハンは一層の大歓声を浴びて入場する。
「あれ?」
前に立っている対戦相手、ゴルドーラを目にして疑問符を浮かべた。
(二回戦までと鎧が変わってる?)
そこには大柄な鎧兵士、重装歩兵がいることには二回戦までを見ていた時と変わりはないのだが、これまでと違うのは黒光りする鎧を身に纏って不気味な笑みを見せている。
「ヌフフ。貴様の快進撃はこれまでだッ!」
片手に巨大な斧を持って待ち構えていた。




