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第三百二十二話 英雄候補

 

「それでは皆様、お待たせしました。次の対戦の組み合わせは異色の組み合わせになるということは皆様総じてお認めになるでしょう。長らく進行を務めさせていただきました私もこのような組み合わせは見たことがありません!」


 カルロスが嬉々として選手入場口に手を広げた。


「それでは選手の入場です! 東側ヨハン選手!」


 盛大な歓声を受けながら手を振り入場する。


「なんか変な感じに目立っちゃってるね」


 その表情は苦笑いするしかない。初戦とは打って変わったその声援。

 とはいえ、観衆の声援に気を取られている暇はない。


(獣人……か。初めて会うな)


 表情を引き締めて正面の入場口に目を送った。


「反対側! 西側からはリックバルト選手!」


 ザッ、ザッ、と土を踏みにじる音を鳴らしながら姿を見せたのは獣人と呼ばれる亜人。まるで狼の様な顔。身体中には獣独特の毛深さ。


 一昔前までであれば魔物と見紛うようなその容貌から忌避される存在はエルフ以上。人間側の勝手な価値観により淘汰されるようにして大陸の南に位置するメトーゼ共和国の大森林に押しやられてしまっていたということは学校の歴史の授業で習っている。


 明かりに照らされるその姿には観客の中でも嫌悪感を抱く者もいた。


 大陸北部にあたるシグラム王国やカサンド帝国にその姿がほとんど見られないのはよっぽどの強者でもない限り捕まり見世物小屋行きになりかねないことから。

 メトーゼ共和国では和平交渉により国内ではそのような行いは厳罰に処されることになるのだが、カサンド帝国ではそれほどひどく取り締まられていない。シグラム王国においては建国歴が他国よりかは幾分か短く、建国前には荒地だったとされていたことからどう扱われるかがわからずに訪れる獣人もほとんどいない。


 アリエルはギルド長という立場上、公平性に欠けるということから必要以上の情報を教えられないとのことだが、考えればわかるとだけ言われている。


(つまり、それだけの実力者)


 冒険者として登録して各地を渡り歩いていること。どういうつもりで武闘大会に参加するのかはわからないが、本戦にいるだけでなくこれだけの大衆の面前に晒されることを厭わない勇気と自信。

 それだけ見ても甘く見積もるという算段などあり得ない。


「フム。なるほど。子供と聞いていたが本当に子供だったか」


 対峙する獣人リックバルト。

 背は確かに高いのだが人間の男でも同じ程度の大きさもいる。脇には棍を携えていた。


「だが子供とて我の行く末を阻むのであるのならば倒していくのみ」


 ザッと重心を低くして棍を構える。


「おーっと、既にリックバルト選手は気合十分。ヨハン選手を侮る様子を一切見せません。それはご声援を送られている皆様も同じでしょう! さぁ結末は如何に!?」


 カルロスが声高に発する中、ヨハンも剣を抜き構えた。


(槍ではなく棒状の武器を使うのはどういうつもりだろう?)


 鋭利な刃物ではなく殴打する目的の棍。その動きを(つぶさ)に観察する。


「獣人の特徴は人間とはかけ離れた超人的な身体能力」


 小さく呟きながらその違いを考えた。

 槍よりも僅かに短い棍は振り回す分には小回りが利き易い。加えて前後もない。


「となれば、速さに相当な自信があるってことだね」


 ジッと見る中、カルロスの腕が大きく振り下ろされ開始の合図がされる。


「ふっ!」


 機先を制するつもりで勢いよく地面を踏み抜いた。

 身体能力で勝られるかもしれないと考えると後手に回らされるわけにはいかない。


「ヌッ!?」


 下段から振り上げられるヨハンの剣をリックバルトはギリギリのところで躱す。スパッと切られる体毛をいくつも中空に散らした。


「は、速いッ!」


 肝を冷やす。

 互いの実力が推し量れない状況に於いて全く怖気づくことなく突進して来た小さな人間に驚嘆と恐怖を同時に抱いた。


「はあッ!」


 立て続けに振り切られる剣戟に防戦一方。守勢に回らされる。


「ぐ、ぐぅッ……」


 隙を見て攻勢に移ろうとするのだが全くできない。油断したつもりはないのだがそれでも予想の遥か上をいかれていた。

 棍を用いてなんとか剣戟をずらしているのだが、既に闘気も速度も最大まで引き上げている。


(マサカこれほどとは……)


 しかしそれを気取られるわけにはいかない。相手は獣人との戦闘経験がとても多いとは思えない。


「仕方ない」


 扱いが得意という点と下手に人間を殺してしまわないように刃物を控えて棍を使っていたのだが、既にその余裕はない。このままいけば腕の一本は確実に捨てなければならない。それだけの強者。


「ナラバ……――」


 いくらかの傷を受けるぐらいは覚悟した。


「――……ぐぅっ!」


 守勢の中でも僅かな踏み込み。これまでは回避に専念していたのだが全力で受け止める。


「なっ!?」


 リックバルトの動きに目を見開くヨハン。

 体力勝負の様相を呈していたのだが、リックバルトは振り下ろされる剣を右肩で受け止めた。ズブッと剣が肩に深く入り込む。


「ぬ、抜けないっ!」


 途端にギュッと肩の筋肉を引き締めたリックバルトは棍を左手に持ち替えた。


「ぬうんッ!」


 そのまま思い切りヨハンの胸元に棍を突き出す。

 しかし次に目を見開き驚き困惑するのはリックバルトの方。


 肩に刺さっている剣から手を離したヨハンはリックバルトの棍を両手で掴み、勢いよくリックバルトの顎を蹴り上げた。


「がはっ!?」


 突然予期していない衝撃を顎に受けて視界が朦朧とする。危うく意識を失いかけた。


「マ、マダだッ!」


 リックバルトも棍を手放し、左手がシュピンと鋭い音を立てて伸びる凶器。獣人としての武器である爪。

 冒険者として活動する間も人間は殺さないように努めて一切使わないようにしていたのだが、自分の使命は獣人の強さを人間に知らしめること。戦争などではなく一人の武人として。互いに歩み寄ったとはいえまだ蔑ろにされることに変わりはない。亜人の地位を向上させるために自分にできること、正式なこの武闘大会であれば正当な評価が得られる。


(モウっ……)


 結果的に殺してしまうかもしれないなどとはもう言っていられない。人間を、それもその中でも一般的には弱者に相当する子供を殺してしまうことの負い目などということは終わってから考えればいい。


 鋭く殺傷能力の高い爪を大きく振り上げた。ヨハンに突き刺すために。


「お、おぉっ……」


 しかしリックバルトは目を奪われる。まるで宙を舞うかのような美しさ。経験上、躱されるなどあり得ないタイミングで突き上げた。恥も外聞もなりふり構わない一撃を見舞ったはずなのに蹴り上げた足と反対側の足で肩に刺さっているヨハン(じしん)の剣を踏み抜いて爪を躱すために後方に飛び退いた。


 体勢を立て直す暇も与えられないリックバルトは眼球のみ動かす。


 華麗なまでの身のこなしを刹那の瞬間に見せつけたヨハンはそのまま飛び退いた後方から再び地面を激しく踏み抜き、踏み抜かれた地面はバンッとひび割れる程のその勢いでもうリックバルトの懐に飛び込んでいた。


「ハアッ!」


 腹部に強烈な衝撃。肩に闘気を回していること、振り上げている爪にも闘気を回していることで腹部の衝撃を耐えきれるだけの闘気はもう残されていない。

 ドンッと鳩尾(みぞおち)に正拳突きを受け、込み上げてくる胃液を吐き出しながらリックバルトが前のめりに倒れる。肩から剣が抜け落ち、地面にカランと転がった。


「すいません。強すぎて加減ができませんでした」


 剣を拾いながら既に意識を失っているリックバルトに向けて声を掛ける。


(おいおい。強すぎるってのはどっちの話だ?)


 ヨハンが声を掛ける様子を聞きながらカルロスは頬をヒクヒクとさせ、そのまま役割を全うしようと勝者のコールをかけた。

 途端に湧き起こる大歓声。期待に応える勇猛な戦いぶりに観客からは盛大な拍手が送られる。


「獣人、か。この人よりももっと強い人がいるのかな?」


 これまで戦った中でもかなりの強者であったことは間違いないなかった。

 そうして三回戦に進むことになる。



 ◇ ◆



「なるほど。初戦はまぐれではなかったわけではないのですな兄上」

「ああ。見ての通りだ」

「だが果たして本当に優勝までこぎつけることができるのですかな?」


 アイゼンは懐疑的な眼差しを以て見下ろしヨハンの姿を目で追った。


「英雄は時として偉業を成し遂げる、か」


 小さく呟きチラリとマーガス帝を見た後、観客席にいるカレンに視線を送る。



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