第三百二十一話 五英剣候補者
カサンド帝国、帝国兵団の頂点である五英剣は同じ家系から二人以上は選出されないようになっている。帝国内に置ける権力格差が大きく広がらないように配慮されたその内規。
しかしそれが今回に限っては例外を敷いても良いのではないかと囁かれているのはシール家長男のアレクサンダー・シールの存在がそうさせていた。
その実力の高さは折り紙付きで、同世代だけに留まらず兵団内に於いても既に幅広く認知されている。
「フンッ! 最前線に立たない軟弱な貴族の犬が俺に勝つだと?」
巨体で騎士を見下ろす傭兵冒険者ケルバウム。大剣を肩に担ぐその実力の程はもう既にA級冒険者に引けを取らないという話。視線の先には騎士剣を備えたアレクサンダー・シールがいる。
「素行の悪さだけで留めておけば良かったのに。こんなところに立つと死ぬかもしれないが?」
「そりゃあこっちのセリフだ」
盛大な歓声を浴びる向かい合う二人を観戦席から見ているヨハン達。
「なるほど。彼がカレン殿に婚姻を持ちかけたのか」
「アリエルは知ってるの?」
首を傾げるミモザ。予選でアレクサンダーと会った際の出来事を話して聞かせた後、「やっぱり障害は付きものよね」と溜め息を吐きながら口にしていた。その方が情熱的になるということは知っている。しかし同時に、障害が大きすぎるとそれはそれで困りものだとも考えていた。
「あの人は強いんですよね?」
「まぁ見てればわかる」
どっしりと腕組みをしながら見下ろすアリエル。冒険者ギルドのマスターをしていることで帝都内外問わず、様々な情報に詳しい。
「そんなことよりカレンちゃんはこっちにいていいの?」
ヨハンの試合が終わった後、観戦席に顔を出して労いの言葉を掛けたあとそのまま座っているカレン。
「ええ。準決勝には戻らないといけないけど、少しぐらいなら大丈夫です。こっちにいる方が落ち着きますので」
厳粛な場で過ごすよりも、気楽に観られる方が良い。加えてヨハンの様子も確認できるのだから。
「始まるみたいだよ」
ニーナが指差すその先には腕を大きく振り下ろす審判を務めるカルロス。
「はっはぁッ! 死にさらせぇ!」
巨大な大剣を横薙ぎに振るうケルバウム。豪剣を振るう様は遠巻きに見るだけでも怖気づくには十分。一般人なら腰が引けてしまう。
「野蛮人が。気品さの欠片も持ち合わせていないな」
アレクサンダーはケルバウムの大振りの剣に対して余裕を持ってスッと後方に飛び退き躱した。
「ハッ! 威勢だけは良いようだな」
立て続けに剣を振り下ろそうとするケルバウム。
「なるほどな。如何にも卑怯な冒険者らしいやり方だ」
ブンッと大きく足を振り上げるケルバウム。土の地面を蹴り上げることで砂を飛ばし、アレクサンダーに目つぶしを仕掛ける。
「お前らみたいな騎士道精神はこちとら持ち合わせていないんだよッ!」
勝てばそれで良い。勝てなければ何も得られない。それがケルバウムの冒険者としての矜持。
「お生憎様だな。その考えには私も一部賛同するよ」
蹴り上げられた砂を横に移動して躱したアレクサンダー。
「ただし場所とやり方は弁えた方が良い。いや、もう貴方にはそれがかなわないか」
グンッと地面を踏み抜いたその勢いのままにケルバウムの脇を通り抜けた。
「ぐふっ!」
チンッと音を鳴らして鞘に剣を納めるアレクサンダーが振り返るのと同時にケルバウムがぐらッと身体を揺らす。
「運が良ければ生きているだろう」
そのままケルバウムを一瞥しながら入場口に向かって歩き始めた。
「は、早く救護班をッ!」
カルロスが勝者のコールをするよりも治癒魔導士を呼び付ける。誰の目に見てもどちらが勝ったのかは一目瞭然。
脇から血を吹き出しながらケルバウムは前のめりにバタンと倒れた。
大きな歓声が上がる中、一部の観客が目を逸らすその光景。
「なるほど。強いわね」
「ああ。だがまるで全力を出していない」
「……ヨハンさん、勝てそうですか?」
アイシャの不安そうな視線を浴びている。
「大丈夫だよ」
「よかったあぁ」
ニコリとヨハンの返答を受けたアイシャはホッと安堵の息を吐いた。
「でも正直なところ今はたぶん、としか言えないけど」
「えぇっ!?」
「自信がないってこと?」
「いえ、そういうのとも違うんですけど、今のだけじゃ判断が難しいかなって」
「ま。それもそうね。あっ。ほらほらヨハンくんもそろそろ準備しといた方がいいのじゃない?」
「まだもう少し時間ありますよ?」
「何言ってるのよ。余裕を持って準備することが大事なんじゃない」
「あー、そうですね」
心の準備。気の入れ方も含めて二回戦目へ向けて立ち上がる。
「頑張ってね」
「はい。カレンさんの為に頑張りますね」
「何言っているのよ。自分の為に頑張りなさい」
フッと笑みをこぼすカレンの顔。その顔を見ているだけで伝わって来るのは、カレンのことよりもヨハンのことを優先して欲しいという気持ち。武闘大会に臨む志を汲んでくれているのだということは説明されなくともわかった。
「ありがとうございます。じゃあ二人の為に頑張りますね」
感謝の意を込めてニコリと微笑み返す。
「はうあっ!」
「どうかしましたか?」
「な、なんでもないわ! い、いいから早く行きなさいっ!」
「? はい」
挙動不審に陥るカレンは目が泳いでいた。
(カレンさん、どうしたんだろう?)
その姿を疑問に思いながら選手控室に向かう。
「さーて。私も急いでいかないと」
「さっきからミモザさんどこに行ってるのですか?」
「えっ? あっ、そ、そんなの決まってるじゃない! ニーナちゃんの為に買い出しよ」
もぐもぐと満足そうにニーナはミモザが買って来る食料を頬張っていた。
「そんなことなら私が行ってきますけど?」
「アイシャちゃんはいいの。迷子になられても困るじゃない」
「大丈夫ですよそれぐらい。大体ミモザさんの方こそ迷子になっていたじゃないですか」
「い、いやぁ、それは、まぁ、ね」
先程の買い出しの際には時間が掛かっているミモザ。「迷子になっちゃった」てへへっと答えていたことを思い出したアイシャはスッと立ち上がろうとするのだがアリエルが肩をポンと叩いて制止する。
「次は迷子にならないようにな」
「ったくアンタはねぇ」
眉をヒクヒク動かすミモザは何かを言いたげにするのだが、チラとカレンに目を送るだけに留まり小さく息を吐いて通路に向かって行った。
「そういえば、強い人っていったら他に一人いたね」
顎に指を送るニーナ。一回戦を一通り視ていた限り、動きの良い者が何人かいる中、特別目に留まったのは一人。
「そんな人いました?」
「うん。あの仮面とマントの人だよ? 覚えてない?」
「ああ。あの不気味な人ですね。でもあの人強かったですか? 結構ギリギリぽかったみたいでしたけど?」
「勝ち方はねぇ。でもあれだけの魔力を持っている人があんな程度なわけないと思うんだよねぇ」
「まぁ世の中広いということだ。次にヨハン殿が戦う相手も中々に見物だぞ? なぁカレン殿?」
一抹の不安を拭えないカレンは闘技場に視線を向ける。
「……獣人、でしたね」
帝都でも非常に珍しい大陸南部に多くいる獣人という存在がヨハンの次の対戦相手。
「彼の種族は身体能力が人間の比ではないからな」
「アリエルさんはヨハンが負けるかもしれないと思っているので?」
「いや。そういうわけではない。だが実力を見定められたら困るだろう?」
「あっ……」
順調に勝ち続ければ準決勝でヨハンはアレクサンダー・シールと対戦することになっていた。いくら最初はヨハンを子どもだと侮っていたとしても、既に観衆がそれを許さない。
「来たぞ来たぞっ!」
「頑張ってねぇ!」
「相手は獣人だぞ。気を付けろよ!」
盛大な歓声を浴びるのは姿を現すヨハン。初戦の圧倒的な戦い振りとその外見による差がもう今大会の注目選手に数えられている。
「頑張って。ヨハン。本当にわたしのためじゃなく、自分の為にね」
見下ろしながら堂々と歩く姿を見るカレンは、強くなりたいと話していたヨハンのことを思い出し、割れんばかりの声援の中に溶け込ますように、小さく声援を送った。




