第 三百十七話 密室の選考(前編)
「さて、誰と戦うかは君が決めてくれて構わない」
ブラスター将軍は半歩足をずらして笑みを浮かべながら四人の兵に向けて手を広げた。
「僕が決めるんですか?」
「ああ。それぐらいは選ばせてやろうではないか。たが、舐めてかかるなよ? アイツらは私が鍛え上げた精鋭だ。生半可な力では勝てないと思うことだな。それと言い忘れていたが、予選は模擬戦だからそこにある武器を使ってくれ」
ブラスター将軍が指す場所には木剣や木槍に木斧がいくつも立て掛けられている。
「他に何か必要な物があれば可能な限りは用意するが?」
「いえ。あそこの木剣で大丈夫です」
ニコッとブラスター将軍に笑顔を向けた。
「フム。ならば良いか。まぁ栄誉騎士殿だ。身内は皆知っていることなので一応審査内容を先に伝えておくと、身のこなしや判断力に威圧感など、武闘におけるそれらを見せてくれればいい。それと、ここでの出来事は外部に漏らさないことが絶対条件になっているので、貴殿が本戦に行けた際もその辺りは心配しなくとも問題はない。ただ…………」
ブラスター将軍はチラリとカレンを見て言い淀む。
「どうかしましたか?」
「いや。もし仮に貴殿と似たような実力の者が何人かいれば貴殿は必ず落とされるだろうなと思ってな」
「どういうことですか?」
「いや。こっちの話だ。気にするな」
ヨハンが首を傾げる中、ブラスター将軍は最近噂になっている出来事を思い返していた。
当落線上の選定をするのはブラスター将軍も含めた帝国の重鎮達。その中にはある程度の忖度も含まれるのだが、ぽっと出のそれも他国民であるヨハンが自国の皇女と婚約を交わしたなど寝耳に水。優勝できなければ婚約解消だというその条件もアイゼンによって広く触れ回られている。
そんな中でのシール家からは、アレクサンダーが優勝した折にはヨハンに代わって婚約することを持ちかけられており、次期皇帝に就くことになるアイゼンはそれを承諾していた。
同時に、アイゼンは後の禍根を残さないために貴族全体へ、貴族家の誰かが優勝すればその家がカレンを迎え入れられるということを伝えられている。
(ここに来られたことで貴殿は最低限の運は持ち合わせているようだな)
そうなると通常貴族であればその忖度が有利に働くのだが、ヨハンに限っては反対の意味を持つ。シール家を筆頭にヨハンを予選敗退に追い込みたい者などわんさかといるのだから。
カレンと目が合うブラスター将軍はニコッと微笑まれた。ブラスター将軍がそのような貴族の思惑に左右される行いをするはずがないということをカレンは知っている。それほどに公平な評価を下すのだと。
確かにその通りなのだが、目の前の子どもに自身が鍛え上げた精鋭を倒すことなど想像もできない。ドミトールでの活躍は耳にしているのだが、こうして見る限りやはり信じ難かった。
「さて……誰と試合う?」
噂の栄誉騎士の自信の程を見極めようと声をかける。
「別に誰でもいいよねお兄ちゃん?」
「は?」
一連の説明を聞いていたニーナが欠伸混じりに声を放った。
「誰でもいいとはどういうことだお嬢ちゃん?」
見知らぬ少女が口を挟んできたことはどうでもいいのだがその内容の意味が理解できない。
「そんなの決まってるじゃない。だって、どの人も弱いでしょ? おっちゃんはまだマシな方みたいだけど」
鶏肉を刺していた串をブラスター将軍に向けるニーナ。
突然のニーナの発言と失礼極まりない行動を受けてブラスター将軍はピクリと眉を動かす。
しかし、ブラスター将軍以上に怒りを露わにしているのは兵たちの方。ブラスター将軍はチラリと兵を見た。
「これこれお嬢ちゃん。あまり滅多なことは言わない方がいい。確かに栄誉騎士殿はかなりの活躍を見せたということは私も聞いているが、アイツらを一般兵と比べるとひどい目に遭うぞ。アイツらは参加者をふるいに掛けられる程の実力は持ち合わせているのだからな。それに」
「えー? だってさぁ……――」
ブラスター将軍の言葉を受けてニーナは改めて兵たちを視る。魔眼を通してジッと。
(――……実際全然大したことないじゃない。さっきの変な人の方がよっぽどマシだったよ)
アレクサンダー・シールと比べるまでもない程の兵たちの魔力量。正直言ってしまえばしょぼい。
「……いや、だって本当のことだって。ねぇお兄ちゃん?」
ため息を吐きながら同意を得ようとヨハンに問い掛けるニーナ。
(いや、本当かもしれないけどそろそろやめてくれないかな?)
突然のニーナの発言に驚いたのは相手だけではない。ヨハンもまた同様。
どうしてカレンが何も言わないのかが僅かに気にはなるのだが、帝国の兵を、自国の戦力を小馬鹿にされているのは明らか。どちらかというと笑っているように見えた。
とはいえヨハンも今の立場が望んでいなかった結果だとしても、栄誉騎士を賜った立場上はあまり余計なことは言えない。
「ちょ、ちょっとニーナ。あんまり言い過ぎるとこの人たちも怒るって」
「ほら、お兄ちゃんも否定しないじゃない」
「ちょ―――」
はっきりと地雷を踏み抜く。
確かに負ける気はしなかったのだが、ニーナの切り返しが一枚上をいった。
苦笑いしながら兵たちを見ると、明らかに不快感を露わにしている。爆発寸前。苛立ちがはっきりと見て取れた。
「将軍! 自分は我慢できません! 自分にいかせてください!!」
「いえ! ここは自分がいきます! どれだけの勲功を立てたのか知らないが一度痛い目に遭って現実を勉強するべきだと進言します!」
「いや! 自分がッ!」
我先にヨハンの相手をしようと今にも足を踏み出そうとしている。兵士たちは明らかに舐められた態度を取られたことに腹を立てていた。
「これ、お前らも落ち着かんか」
兵たちの様子を見てブラスターは小さく息を吐く。
「指名権をもっておるのはこの子の方だ」
しかしブラスター将軍としても先程の発言は看過できない。
「だが、少々言葉が過ぎるのも事実だ。アイツらが怒るのも理解できる」
「すいません」
「ただまぁこういうのもなんだがお嬢ちゃんの言う通り、こやつらがあれだけ怒りを露わにしてもなお動揺せん胆力は見事だな。余程自信があるのかただ鈍感なだけなのかは知らんが、ほれ。そこのローブの女性は若いが優秀な魔導士だ。この模擬戦で負傷を負った者を治療する役目を担っておる。多少怪我をしてもすぐに治してもらえるわい」
ブラスター将軍に指差されたローブ姿の女性は突然場の空気が悪くなったことに不安を感じていた。雲行きが怪しくなるその状況を心配そうに見守り、ヨハンが怪我をすればすぐに駆けつけて治療をしてあげようと考える。
「で、どうするかの? 誰とするか決まったか?」
「…………そうですね」
再度の問いかけ。
血気盛んな兵たちの様子を見る限り、子どもだからと侮られて手を抜かれることなどあり得ないように見えた。実力を見せる分には申し分ない。それでも念には念を入れておくことにする。
「僕としてもここはどうしても通過しておきたいのです。というよりもしなければいけません」
「ならばその力を示せ」
「わかりました。それと確認ですが、ここでの出来事は本当に外には漏れないのですよね?」
余計ないざこざが起きると後々面倒。ジッとブラスター将軍の目を見た。




