第 三百十六話 予選会場
「それで。さっきのあの人はどういう人なんですか?」
予選が行われる部屋に向かいながらヨハンは先程出会った男、アレクサンダー・シールのことをカレンに問い掛けた。
「気になる?」
「……まあ」
スッとヨハンも右手に視線を落とす。
(あからさまに握り潰そうとしてきたからね僕の手)
瞬間的に力を込めなければ骨まで砕けていただろうということが確信できるほどの握力。表情では笑顔を向けられていたが、明らかに敵意を向けられていた。
「彼は騎士爵家。シール家の長男。それだけじゃないわ。帝国兵団最強の男、五英剣筆頭のハーミッツ・シール将軍の息子よ」
ガリアス・トリスタン将軍と同じ帝国を護る剣と称される五英剣。
歴代の騎士家として帝国を護る筆頭に位置している優秀な家系。圧倒的な地位と立場を築いているシール家のその武の力量は特筆すべきものがある。
更に先程のアレクサンダー・シールは歴代の中でも抜きんでた実力者なのだという噂。まだ当主になっていないものの、既に父親をも超える力があるのではないか一部では噂される程であった。
「確かに魔力はかなり澄んでいたね」
「闘気の練度は十分ってことだね」
「たぶんだけどね」
ニーナの魔眼による見解。淀みの無い魔力がアレクサンダーを包んでいた。
「……ヨハンとどっちが上に視えた?」
「どうだろう。そこまではわかんないよ。前にあたし魔力量の多い少ないでお姉ちゃんを侮ったことで負けちゃってるし」
「……そう」
僅かの沈黙。重たい空気をカレンが醸し出す。
ニーナの魔眼で視れるのは、魔力量の見た感じの多さになんとなくの色合いといった程度、雰囲気でしか計れない。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「カレンさんをあの人になんて渡しませんから」
突然のヨハンの言葉にカレンはボンっと顔を紅潮させた。
「な、なに言ってるにょ」
「約束しましたからね。カレンさんが帝国を出て自由に生きられるよう僕が力になるって。そのためには絶対に僕が優勝しないと」
「……あっ、そういうことね」
ヨハンの言葉の意味を正確に理解して、そこにどういった気持ちが込められているのかを把握するとカレンは大きく息を吐く。
(絶対カレンさんお兄ちゃんのこと好きになってるでしょコレ)
露店で買った最後の鶏肉を口に入れて頬張りながらニーナはカレンの様子を見ていた。
◇ ◆
「ここね」
鍛錬場四と書かれた表札の前でカレンは立ち止まる。
「じゃあ入りますね」
ゆっくりと扉を開けると、そこは四角い部屋だった。
壁際には訓練用の木剣が数本立て掛けられており、正面には五人の鎧の兵士が立っている。
部屋の入り口の椅子に座っていたのは受付と同じ服の小太りの係員。最奥にローブの女性が一人。
「えー。今入って来たそこの君、参加者かな?」
「はいそうです」
「では確認のため、受付証を提示したまえ」
「これですよね」
「はい、よろしい。ではあの者の説明を聞きたまえ。君は付き添いかな? え? カレン様!?」
続いて部屋に入って来たカレンに係員の男が驚愕を示した。
「こ、これは失礼しました!」
「気にしないであなたは自分の仕事をしておいて」
「は、はいっ!」
係員の男が目を丸くさせる中、ヨハンは部屋の中央に歩を進める。カレンが一緒に来たとなると先程受付証を提示してきたのが誰なのかと遅れて理解した。それは目の前の男も同じである。
「がははっ。そうかそうか。噂の栄誉騎士殿はここに来たか」
五人の中の中央で大きく笑う男。一際豪華な鎧に身を包んだ男の肩にはカサンド帝国の紋章が大きく刻まれていた。
一人だけ兜を脱いでいるその巨体。茶髪で短髪の髭面男。周囲の兵はよく見る帝国兵団の一般兵の鎧を着ている。奥のローブ姿の女性は予選や本戦で怪我人が出た時の治癒魔導士であり、各予選会場に配備されていた。
「あなたがここの試験官ですねブラスター将軍」
カレンも良く知るケヴィン・ブラスター将軍。彼もまた帝国五英剣の一人。
「ええ。栄誉騎士殿が参加されるというのは聞いておりましたが、ここに来て下さってありがたいことですな」
「将軍。本当に彼が栄誉騎士なのですか?」
兵の一人がヨハンを見ながら懐疑的に声を掛ける。
「間違いない。カレン様がここに来ておるのがその証拠ではないか」
「ですが、正に子どもではありませんか。自分はせめて見た目はもう少し大きいかと思っていたのですが」
「疑問があるなら後で自分で確認せい」
「はっ!」
ブラスター将軍と兵が行っているやりとりを見ながらカレンが息を吐いた。
「やっぱりそう思われるのね」
「しょうがないですよ」
「ま。別にいいけどね」
いつも通りの慣れた見方をされることを話している中、ブラスター将軍がヨハン達に向かって歩いて来る。
「さて。カレン様がいるから必要ないかもしれないが一応自己紹介をしよう。私は帝国兵団五英剣の一人、ケヴィン・ブラスターだ。今回は武闘大会の予選試験官を担当している」
腰に両手を当てながら満面の笑みを向けてきた。そのまま肩越しに背後へ親指を向ける。
「そしてアイツらが私の部隊の兵士だ。予選の手伝いをしてもらうことになっている」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
「ウム。では早速だが、今回の予選方法を説明しよう。予選は実に簡単だ。貴殿がその実力を証明してくれさえすれば問題はない」
「証明、ですか?」
どういうことなのかと疑問に思う中、ブラスター将軍が口を開く。
「ウム。これからアイツら四人の誰かとここで模擬戦を行ってもらい、勝つ又はその実力をはっきりと証明できれば本戦に参加することができる。但し、注意が必要なのが、アイツらと善戦するようであれば他の会場との兼ね合いで審議になるから本戦への参加は当落線上ということだ。ちなみに、アイツらに簡単に負けるようであれば本戦では軽く死ねる」
本戦出場参加人数が三十二名に限定されているため、ここのような予選会場である程度の見極めが行われるのだと。
確実に本戦出場権を得るためには圧倒的な実力を示すことが必要であった。




