表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
316/746

第 三百十五話 アレクサンダー・シール

 

 闘技場の周囲には多くの出店が立ち並んでいる。

 その賑やかさは今日に限ってはいつも多くの人が行き交う大通りよりも大きな盛り上がりを見せていた。

 通称闘技場(コロシアム)と呼ばれる武闘大会が行われる会場は周辺には、普段見られない露店でお祭り騒ぎの様相を呈している。行き交うのは参加希望の屈強な冒険者や帝国兵団の兵士だけでなく、観客にも帝都の住人だけでなく観光客までいる一大行事。


「ふわぁ。おいしそうっ!」


 ニーナはその並び立つ露店を一軒一軒見て回り涎を垂らしそうにしている。


「ほんとあなたはどこに行っても同じね。今日はそんなことが目的じゃないでしょ」


 その様子をカレンが呆れながら見ていた。


「でも帝都の濃い味はシグラムと違うんだからさぁ。もうあと何回も食べられないんだよ?」

「そうだね。僕のことは気にしなくていいから好きに買って来ていいよ」

「うーん! ありがとうっ! お兄ちゃん大好き!」


 チュッとヨハンの頬が小さく音を立てる。


「なっ!?」


 突然のニーナの行動にカレンが怒りを露わにする中、すぐさま一直線に露店に向かって走って行った。


「あの子、あんなにあなたのこと好きだったかしら?」

「だいたいいつもあんな感じですけど?」

「へぇ。あっそう。いつもだったのね」


 ゴゴゴと音が聞こえて来そうなその気配にどこか悪寒が走る。


(なんだか時々怖いよねカレンさんって。妙な威圧感があるというか凄みがあるというか……)


 カレンの正体不明の気配に苦笑いしている中、少しすると満足そうな笑みを浮かべながらニーナが帰って来た。


「はい。お兄ちゃん。あーん」

「え?」


 戻って来たニーナは袋から取り出した楊枝に刺さった鶏肉をヨハンの口の中にヒョイっと放り込む。


「どう? おいしい?」

「うん。おいしいよ」

「だよねぇ。ん?」


 もぐもぐとヨハンが鶏肉を咀嚼している背後ではカレンがプルプルと肩を震わせていた。


「カレンさんも食べたいの?」

「いらないわよっ! そんなことよりこんなところでのんびりしている暇はないわ! 早くいくわよッ!」


 フンッと振り向くカレンは一人でスタスタと歩いて行く。


「なんで怒ってるのカレンさん?」

「さあ?」


 突然不機嫌になるカレンの背をヨハンとニーナは疑問符を浮かべながら顔を見合わせた。


 ◇ ◆


 闘技場の中に入り、受付を探す中カレンが先頭に立つ。


「こっちよ」


 楕円形の闘技場は優に数万人が観戦できるほど大きさ。


「中も凄い大きいな。これは思っていた以上だよ」

「お兄ちゃんこんなところで戦うんだね!」


 入り口から入った途端広く大きく左右に分かれる連絡通路。そこから先も入り組んだ道が続くのは、子どもが一人で入れば迷うこと間違いしと断言できる程に大きな建物。


「それにしてもどんな人と戦うんだろうね」

「ニーナは出ないの?」

「あたしはこういうのにあんまり興味ないからいいかなぁって」


 参加資格は冒険者ならB級以下。帝国兵団なら少将以下といくらか制限が設けられている。

 念のためラウルに確認したところ『裏でどんな活動をしていようがB級に変わりはないのだから問題ないだろ?』と軽く返されていた。


 帝国兵団の目に留まれば一般で入るよりも階級を飛ばして配属されることや、冒険者でも優秀な成績を残せば指名依頼を受けられることがある。野心ある参加者が集まることからその真剣さがまた人気にも一役買っていた。


「それではこちらにお名前と所属を記入してください」


 そうしてカレンに案内されるまま出場選手の受付をするのだが、その受付でヨハンは周囲の参加者に笑われることになる。


「おい、見てみろよ。あんな小僧が参加していやがるぜ」

「オレあいつと当たらねぇかなぁ」

「あいつと当たるやつは初戦ボーナスステージだな」

「それにしても生意気だな。あんないい女連れやがって」

「ってかそもそもあんなやつは本戦に出られねぇだろ?」


 などといった感じでどう見てもヨハンを小馬鹿にしていた。

 武闘大会は予選と本戦に分かれており、本戦参加資格を持つ者は三十二名。参加受付をしてから順次予選を行う。


「ではこれで受付完了です。そこに書かれている場所に行ってください」

「わかりました」


 受付で手渡された紙には闘技場の見取り図と地下で行われる予選会場の六つの場所が書かれていた。


「どけっ!」


 不意に目の前に大きな影、見上げると大男が立っている。


「邪魔だ」


 ギロリと大男に睨みつけられていた。


「おい。あいつケルバウムだろ?」

「ああ。傭兵冒険者だが、気に入らないことがあると雇った相手にさえ手を出すという。実力は申し分ないのだが、そのせいで達成した依頼を未達成扱いされてしまい、それが祟っていつまでも碌に昇格できないらしいな」


 周囲がひそひそと話す大男。ケルバウムという男は冒険者ギルドの一部では有名であった。実力は高いのだが素行の悪さのおかげでギルドランクが昇格できないという。武闘大会は出場条件を満たすことができればそんな男までもが出場できた。


「フンッ!」


 ケルバウムはヨハンを一瞥して通路の奥に姿を消す。


「あんなのは相手にする必要ないわ。わたし達もいきましょ」

「はい」


 そうして歩きながらルールの確認をする。

 武闘大会本戦は武器の使用を自由に認められた大会。受付では同意書にもサインをさせられている。帝国の優秀な治癒魔導士がすぐに対応できるように待機しているが、場合によっては死に至ることもあるのだと。

 予選が設けられているのもこういったことから。参加者全員の仕合を組めないという時間的な都合もあるのだが、第一には凄惨な場面になる可能性を少しでも排除しようと。

 極端な話、実力上位の殺人狂が駆け出し冒険者との組み合わせにでもなればすぐに殺されてしまうだろう。そういったことをある程度避ける為の処置だった。


 闘技場の地下に下りて地上よりも少しばかり薄暗い通路を歩いて行くと、目の前からカツカツと金属音を鳴らしながら数人の鎧の男達が歩いて来る。


「これはこれは。カレン様ではありませんか」


 橙色の髪の男は先頭で足を止めた。周囲には四人の鎧の男。周囲の男はよく見知った帝国兵団の鎧を身に付けている。


「……アレク」

「そちらが噂の栄誉騎士殿だね。初めまして。アレクサンダー・シールだ」


 他の兵よりも見栄えのする鎧を身に付けている男、アレクサンダー・シールがスッとヨハンに向けて手を差し出す。ヨハンも同じようにして手を出した。


「えっと、ヨハンです。はじめまして」

「今大会には私も参加しているのでね。君とは是非戦ってみたいものだ」

「アレクが!?」

「どうかしましたかカレンさん?」


 声を荒げるカレン。


「い、いえ、なんでもないわ」

「おやおや。婚約者に私の紹介をして頂いてもよろしいのではありませんか」

「必要ないわ」

「そんなことありませんよ。彼ももし私との試合になれば、知らないといくらなんでも気の毒ではありませんか」


 笑みを浮かべるアレクサンダーはそのまま言葉を続ける。いやらしく頬を釣り上げた。


「ああ、なるほど。そういうことですか。どうせ勝ち上がったところで、彼が私に負けるのですから、結果知ったところでどちらにせよ婚約解消になるのですな。であれば紹介も確かに必要ありません。なるほどなるほど」


 笑みを浮かべながら軽快に口を開き続ける。

 ヨハンの婚約の条件はこの大会で優勝をすること。それができなければ婚約解消になるのだということを内部にいる者は皆耳にしていた。しかしそれだけではないことは既にカレンも通達されているのだが、わざわざヨハンに言う必要もない、と。カレンは疑問符を浮かべながらどういうことかと顔を向けるヨハンにニコッと笑いかける。


「……いくわよヨハン。ニーナ」

「? はい」

「はーい」


 説明がないまま疑問に思いながらもカレンに言われるまま鎧の男達を通り過ぎると、そこでアレクサンダーはニヤリと口角を上げた。


「そういえばカレン様。お聞きになりましたか? 今大会、私が優勝すれば、カレン様の婚約者には私がなるのだと」

「…………」


 廊下に響き渡るその声。


「いえ、互いに成人同士、そうなればすぐに婚姻を結びましょう」

「…………」


 アレクサンダーの言葉にカレンは不快感を露わにする。


「カレンさん。アイツあんなこと言ってるけど?」

「ほっときなさい。言いたいことは言わせておけばいいのよ」


 背後を振り返ることなく歩き続けた。


「チッ!」


 小さく舌打ちをして、アレクサンダーはカレン達の背中を見送ると振り返り歩き始める。


「アレク様であればあんな子ども。相手にならないでしょう」

「だな。だが問題はそこじゃない。隠れた強者がいるかもしれないんだ。俺達はアレク様が優勝できるよう可能な限り情報を集めるぞ」

「…………」

「どうかしましたか?」


 アレクサンダーはヨハンの手を握った自身の手に視線を落としていた。


「……いや。なんでもない。いくぞ」

「「「はっ!」」」


 バッと振り返り通路の奥にカツカツと歩いていく。


(なるほど。少しは楽しめそうだな)


 クッ、クッ、と指の動きを確認する様に、ヨハンと握手した手の指を何度か小さく握り直していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ