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第 三百十二話 孤児院での宴会

 

 夜、孤児院の外では盛大な宴会が行われていた。孤児院の中庭で行われるその宴会はヨハンの爵位授与式典と銘打って開かれている。

 貴族が開くパーティーのような立派な会食ではないのは場所も参加者にしてももちろんなのだが、それでも孤児院の子ども達にとっては初めて目にするような場。

 なるべく公式に近付けられるように整えられた会場はカレンへの臣下からの気持ちなのだと。帝国城のお抱え料理人の調理を直接その目にするアイシャは感嘆の声を漏らしてその技術を盗むことに必死になっており、滅多にないご馳走を目にする子ども達は涎を垂らしつつ満足気にお腹を満たして夜を迎えていた。


「本日はわざわざ場所を提供していただきありがとうございます」

「いいのよカレンちゃん。そんな畏まらなくて」


 叙勲式程ではないが、いつものローブ姿でもないカレンは綺麗な衣装、ドレスに身を包んでいる。


「そんなことより、婚約おめでとう。ほんとならもっと豪華なお披露目式になるはずなのに相手がヨハンくんだからこんなちっちゃくなっちゃったけど」

「そんな…………」

「でもわけもわからない貴族に嫁がなくて済んだこと、私はホッとしているの。ヨハンくんなら安心じゃない」

「そうですね、彼なら…………」

「ん?」

「いえ、なんでもありません。ありがとうございますミモザさん」


 ポッと頬を赤らめながら俯き加減に答えた。


「幸せになってね。って婚約だからそれはまだ気が早いわね。やだわ。歳かしら」


 顎に手の平を送るミモザの横にいるアリエルはグラスを片手に大きく頷く。


「うむ。十分な歳だな」

「あんたも私と変わらないじゃない!」

「あはは。相変わらずなんですね二人とも」


 ミモザとアリエルのやりとりを見ながら口元に手を送り笑顔を浮かべるカレンはチラリと離れたところにいるヨハンを見ると、そこで目が合ったのだがすぐに逸らした。



「どうしたのお兄ちゃん」

「ううん。ほんとにカレンさん、良かったのかなぁって」


 余所行きの態度を取っているのだからいつもと違う感じに見えるのはその通りなのだが、それでもどこか迷いを見せているようにも見えた。


「もし嫌々婚約したんだったらなんか申し訳ないなって」

「その辺は大丈夫じゃない? 少なくともお兄ちゃんは嫌われてないよ。だいたいある程度婚約期間を挟んだら解消しても良いって言われてるじゃん」


 皇帝の部屋を出た後、こっそりラウルが来た時にそう告げられていた。建前上の婚約をしたに過ぎないのでカレンが自由の身になればいつでも婚約破棄しても構わない、と。


「それもそうだね。さすがに僕とカレンさんが婚約するなんておかしな話だもんね」

「まぁお兄ちゃんがそう思うならそれでいいんじゃないかな?」

「どういう意味?」


 どこか不機嫌そうにしているニーナに疑問符を浮かべて見る。


「さぁ。なんだろうね。あたしにもわかんない」


 胸の辺りを擦るニーナの曖昧な返答に更に首を傾げることになった。離れたところではラウルがミモザ達と何やら話をしているのだが、ミモザが慌てて両手を振っている姿が見える。


「あの、ニーナさん」

「どうしたのアイシャちゃん」


 そこへアイシャがお皿に乗せた肉、獲って来たブートンピッグの肉と野菜を炒めた料理を持って来た。


「あの、ちょっと味見してもらえますか?」

「なになに!? 新作!?」

「はい。さっき見て覚えたのをすぐに試したくて。でもちょっと味付けに迷っちゃって。どうも決め手に欠ける感じがするんです」

「いいよぉ。味見ならいくらでもするよ」

「あっ。じゃあ厨房に来てもらえますか? その場で色々試してみたいので」

「わかった。じゃあお兄ちゃんまたね」

「あとで美味しい料理持っていきますね」

「うん。楽しみにしてるよ」


 ニーナとアイシャ、手を振り孤児院に入っていくのを笑顔で手を振り返して見送る。


「ヨハン。ちょっといいかしら?」

「カレンさん? はい。だいじょうぶですよ」


 入れ替わる様にしてカレンがヨハンの下に来た。


「その……あの場では断りづらかったみたいだけど、本当に無理してない?」

「もちろんですよ。むしろカレンさんの方は大丈夫なんですか?」

「わ、わたしは別に、その、ヨハンが嫌じゃなければ……」

「嫌ではないんですがよくわからないというのが正直なところでして…………」

「なにそれ?」


 若干カレンは不機嫌そうに表情を曇らせるのだが、すぐに小さく息を吐いて首を振る。


「まぁいいわ。じゃあ今後のことはまた改めてってことで。ゆっくり話していきましょ」

「はい」


 当面の目標は武闘大会で優勝すること。でないと何にもならない。


「おっ。早速二人でいるなんてお熱いことだな」

「シンさん。それにローズさんも」

「おめでとうござますカレン様」

「ありがとうございますローズさん」


 シンとローズ達ペガサスにも宴会の招待への声を掛けていたのだが、来たのはこの二人だけ。ジェイドとバルトラは馴れ合う気はないと言っていたのだと。


「なぁヨハンよぉ」

「はい?」


 シンはグッとヨハンの肩に腕を回して顔を近付ける。


「ジェイドとバルトラからの伝言だ。『次に会う時は確実に倒す』だとよ」

「……ははは。そうですか」


 負けたのは自分の筈なのだが、苦笑いしかできない。

 結局依頼を受けてルーシュの護衛に就いていたペガサスなのだが、魔族が関与していたとはいえ最終的にルーシュを守り切れなかったなど諸々の事情もあって報酬を半分に減らされているらしい。それに関しては全員が仕方ないと思い受け入れていたのだが、ジェイドとバルトラの不興を買ったことには変わらなかった。


「あとコレも付け足しとくわ」

「えっ?」


 ニヤッと笑みを浮かべるシン。


「『だからそれまで必ず死ぬな』だとよ」

「あっ」


 その言葉の意味がどういうことなのかとすぐに考えるのだが、シンが答え合わせをするかのように口にする。


「ま。要はアイツらも結局お前のことを認めたんだわ。二人掛かりであれだけやられたんだからな」

「そんな。でも嬉しいです」


 ニコッとするヨハンを見てシンも小さく息を漏らすと肩に回していた腕を解いてポンと頭の上に乗せた。


「まぁ俺達は明日にはここを立つから試合は観にいけねぇけど、カレン様との婚約を認めてもらうために課題を出されたんだろ?」

「はい。アイゼン様に武闘大会で優勝しろ、って。でないと認めないとはっきり」

「お前なら大丈夫って言いたいとこだけど、油断だけはするなよ。強い奴はわんさかいるからな」

「はい。大丈夫です」


 もう二度とあんな思いはしたくない。力が足りずに歯痒い思い、情けなくなることがどれだけ悔しいか。最強を目指す上で誰にも負けたくない。それがどれだけの高みだろうと届きたいと思えた。この人たちの先にいる最強(両親)に。


「良い眼だ。よし。お前はまだまだ強くなるさ。俺が保証する。もしかしたら本当の英雄になれるぐらいにな」

「だといいんですけどね」


 苦笑いするヨハンの頭をポンポンと二回叩いたシンは笑顔を向けるだけに留める。


「んじゃまぁ俺は腹いっぱい食わせてもらうな。お前らのせいで報酬も減って金がねぇんだわ」

「僕たちのせいじゃないですよ」

「そういうことにしとけ」


 背中越しに手をひらひらとさせて食事に向かって歩いて行った。


「ちょ、ちょっとシン。またあなたは。ではカレン様、ヨハンくん。今日は本当におめでとうございます。失礼します」


 ペコリと頭を下げてローズはシンの後を追っていく。


「そっちはローズさんと何を話していたんですか?」

「あぁ。わたしの今後の予定よ」


 カレンがローズと話していたのは自由の身になった後のこと。ヨハンが優勝することが前提の話なのだが。

 当面は体裁を取り繕う為にヨハンに付いてシグラムに行くのだと。その後のことは成り行きに任せるのだと話していると、ローズはそれを嬉しそうに聞いていた。


「じゃあまずカレンさんの自由の為に僕も頑張らないとね」

「無茶はしないでよ? 武闘会もルールがあるとはいえ死人もでるのだから」

「わかっていますよ。カレンさんの為に僕は死ねないですから」


 ニッと笑うとカレンは顔をボッと紅潮させて目線を逸らす。


「ま、まあ程々にね」


 どうしてぶっきらぼうに答えられたのか疑問に思い首を傾げた。

 一通り騒いだあと、夜が更けていく。



 ――――十日後。


 ヨハンは帝都の北部にある巨大な建造物、入り口に巨大な竜の骨が飾られた闘技場の前に来ていた。


「さてっと。まずは予選からか」



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