第 三百十一話 風迅?
「あのアイゼンって人、感じ悪かったねぇ」
帝国城を出た帰り道。大通りを歩いている中、不満そうに漏らしているのはニーナ。
「いつもあんな感じなのですか?」
問い掛ける先はアリエル。ラウルとカレンにルーシュと比べればアイゼンの態度は穏やかならざるものを示しており、悪意は感じなかったのだが、敵意に似たようなものは感じていた。
「……いや。以前はもっと落ち着いた人柄だったのだが、ここ数年ではないか。あまり良い評判を聞かなくなったのは」
僅かに間を置いたアリエルの返答。
アリエルが知る限りでは、ラウルの不在による公務の圧迫。伴ってルーシュの台頭による焦りと自身の能力不足が第二皇子アイゼンに余裕をなくさせているのではないかといったことが城内のあちこちで聞かれるのだと。ギルド長である自分の下に入って来る情報らしい。
「いっそヨハンくん帝都に住んじゃえば? そうしたら爵位をもらえて、しかもカレンちゃんをお嫁さんにできて、それに、もしかしたら皇帝にだってなれるかもしれないわよ? 良いことづくめじゃない」
「いやいやそんなわけないじゃないですか。何言ってるんですか」
帝都に帰って来て以降、ここまでで起きていることは全く以て予想外の展開。騎士爵でさえも遠慮したいのに、まさかカレンを婚約者にするなどとは、ただの騎士爵授与式などではなかった。予定通りなのは武闘大会に参加できることぐらい。
「でも私としてはちょっとだけ満足しているのよ」
「ミモザさん?」
「ほら。カレンちゃんってどうしてもちょっと頑張っちゃうところがあるから。前もよく好きな人作らないのかって聞いたら『わたしには必要ありません』って答えてたからね」
「そうだな。自由を与えられるのは喜ばしいな。あの子が生まれた時のことを思い出すよ」
「感慨深いわね」
歩きながら回想するミモザとアリエルの二人。
「あの、アリエルさんも知っているのですか?」
「ああ。カレン殿のことだろう」
「はい」
「私とミモザの境遇は聞いているな?」
「えっと、確か……――」
たまたま旅先でラウルに拾われたことで帝都に来ており、それがそのまま冒険者としての活動をしたことでS級まで上り詰めているのだと。アリエルはその活動を終えた後にギルド長の職に就いている。
「――……爆撃のアリエルって異名を聞きました」
「懐かしいなその呼び名も。まぁ彼女、カレン殿が生まれた時は私達もまだ駆け出しだったがな」
「私達?」
ミモザが肩をピクッと動かした。
「ああ。風迅の方は?」
そのままギンッと鋭い眼差しをアリエルに向ける。
「ふうじん、ですか? いえ。もしかしてそれって――」
「あーっ!」
話の途中に声を大きくさせたミモザ。大きく手を叩く。
「そういえば、今日はヨハンくん達のお祝いの日じゃない! 用意するの忘れてたわっ! ねぇ何食べたい!?」
「そんな。お祝いだなんて。必要ないですよ。僕は別にいつものアイシャの料理で十分です。それにお金もかかるじゃないですか」
「何言ってんのよ。十分なお祝いごとだから気にしてはダメよ! カレンちゃんには私から連絡しておくから!」
「でも……」
「それにこういう機会でもないと子ども達はご馳走なんて食べられないのっ!」
「そう言われると……うーん」
「じゃああたしブートンピッグの丸焼きが食べたい! 前に食べたの忘れられないの!」
「ちょっと、ニーナ。またそんな無茶な。確かに美味しいけど、あれだって結構貴重なはずだよ」
高原に棲息する大きなその豚。捕獲難度Cのそれはベテラン冒険者にとってそれほど難しくないのだが生息域が限られている。だが、その分丸々と太った脂肪たっぷりの肉は蕩けるような肉質であった。
「生息域ならわかるが? アレは帝都を南に下った山の上、ルール高原にいるな。私も名前を聞くと久しぶりに食べたくなった。君達なら一日あれば余裕で捕獲できると思うが?」
「さすがギルド長! 情報助かるぅ! ねぇ獲りに行こうよお兄ちゃん! あたし達で獲りにいけばお金もかからないしねっ!」
「えっ、ちょっとニーナ!」
そのままグイっとヨハンの腕を引っ張っていくニーナ。その二人を背中を見送り、ミモザは大きく息を吐いた。
「ブートンピッグが食べられるとなると、私もご相伴に預かることが決まったわけだが?」
「そんなことよりちょっとアリエル! 余計なこと言わないでよ!」
「何のことだ? 風迅ミモザ」
「風迅のことに決まってるじゃない! あんなの黒歴史よ黒歴史!」
フンッと腰に手を当てるミモザ。
「今では孤児院の聖母で通ってるんだからね私は!」
両手を重ね合わせて天を見上げる。
「あれだけの実力者が聖母とか意味がわからないな。聖母はあんなに野蛮な振る舞いはしなかったはずだが?」
ジッと問い詰めるような視線をアリエルから向けられた。
「だ・か・ら、変わったのよ、私は。今はあの時とは違うの。全然違うのよ。おしとやかな孤児院の女神なのだから」
「おい。聖母から格上げされてるぞ?」
「いいのよどっちでも! とにかくあの時の私はもういないの。あとね、あなたが勝手に食べに来るのは構わないけど、ちゃんと買い物に付き合いなさいよ! それと当然料理の手伝いも! あなたの方が収入は遥かに上なのだからタダ飯は食べさせないのだからね」
「はいはい。私は別に構わないよ。では買い物ついでに少し昔話に花でも咲かせようか。あのカレン殿に婚約者ができたのだ。私達が祝うにも十分な理由だろ?」
「まぁ……それは確かに。そうね。ほんとよねぇあのカレンちゃんが、だもんねぇ」
人混みの中に向けて歩き始める二人。
「にしても、結局ラウル、継承権放棄しちゃったわね」
「国が落ち着く目処が立ったらって昔から言っていたからな」
「あんなだからラウル自身はまだまだ落ち着くことなさそうね。結局アイゼンくんに全部任せちゃったし」
「とはいえ、長男に生まれた宿命がラウルの運命を縛り付ける必要もないさ。高貴だろうと下賎だろうと生まれた立場に縛られることを私達自身が経験しているだろ?」
「まぁ……」
「それに、そういう意味では彼も無能皇子を気取るのも大変だと思うが、彼なら上手く事を運ぶだろう。過程ではなく結果のことだがね」
「ほんとあの子もラウルも不器用よねぇ」
再び大きく溜め息を吐くミモザ。
「私らにはわからない葛藤があるのだろう。仕方ないさ」
「ま。でもヨハンくんのおかげで色々と上手くいったみたいだし、とりあえずは良い感じにまとまったんじゃないかな。ほんと感謝よね。向こうではかなり大変だったみたいだけど」
そのままミモザは苦笑いをしてアリエルを見る。
「ああそうだな。報告は聞いている。まさか私もあれだけの事態が起こるとは思ってもいなかった。しかし冒険者とは、英雄とはかくあるべきだ。困難を乗り越えてこそ成長できる」
平然と言ってのけるアリエルの横顔をミモザはジーっと見つめるのだが、視線を感じているアリエルは意に介していない。
「それ、今だから言えることよ?」
「もちろん。私はなんといっても帝都のギルドマスターだからな。駆け出しだろうが熟練者だろうが指導して導く立場にあるのだから」
「昔のあなたが知ったら一笑に付すだろうね」
「違いない」
「立派になったものよ」
「お互いにな」
フフっと笑い合う二人。
そうしてミモザとアリエルの二人は帝都の大通りの雑踏の中に姿を消していった。




