第三十 話 閑話 とある休日
エルフの里に向かう前の休日の朝、学生寮内の自室でヨハンは考え込んでいた。
「――うーん、あの二人はなんで怒ってたんだろ?」
「(お前があんな約束するからじゃねぇかよ)なんで断らなかったんだ?」
「だって別に断る理由もなかったし……」
「そうかよ(こいつはほんと鈍感だな)」
どうして悩んでいるのかというと、先日こんなことがあった。
――――ヨハン達がいつものように冒険者学校での授業を終えた後、以前助けた黒髪の少女サナが話し掛けてきたのだ。
「あ、ああの!ヨハン君!!」
「ん?どうしたのサナ?」
「…………(よしっ!)。ヨ、ヨハン君!あの!明日休みじゃない?」
「まぁ、休みだね」
「二人でご飯に行けないかな!?」
「「!?」」
モニカとエレナが同時にピクリと反応するのに対してレインはゾクリとしていた。
「ご飯?別にいいよ?」
「やたっ!じゃあ明日10時に東地区の門で待ち合わせね!」
「いいよ?けど寮の門で待ち合わせしたらいいんじゃ――」
「いいの!約束だよ!!」
サナがうきうきして外に向かって走っていく。
――――ちらりとモニカとエレナに視線を送りながら。
「サナ、急にどうしたんだろう?」
いきなりの誘いに首を捻りながらヨハンが考え込むが答えが見つからない。
「さぁ、何ででしょうね!」
「わたくしもわかりませんわ!」
「ど、どうしたのふたりとも!?」
「知らない!!」
「知らないわ」
思わず二人の放つ謎の威圧感に気圧されてしまう。
「(あーあ、俺はしーらねっと)」
レインが素知らぬ顔でやり過ごそうとしていた。
――――そんなやりとりがあり、翌日の朝を迎えていた。
「まぁとにかく、行ってくるね」
「あぁあぁ、気を付けてな、色々と」
ベッドに横になりながら今後のことを懸念しながら諦めた様子のレインが背を向けながら手を振りヨハンを送り出す。
「……色々と?」
「まぁ気にすんな(ほんとは気にして欲しいけどな!)」
待ち合わせていた東地区の門に着くと柱を背もたれにして既にサナは待っていた。
普段学校では地味な色合いの服を着ている少女なのだが、今日はいつもと違い赤と白を基調とした服に帽子も合わせて着ている。
「可愛い服だね。それに帽子もすごく似合っているよ!」
ヨハンが会うなりサナの服を褒めと、ボンっとサナの顔が紅潮した。
「そ、そんな可愛いだなんて…………」
唐突に褒められたサナは早くも限界突破しそうである。
そんな二人を遠くから見つめる視線があった。
「サナ?大丈夫?」
赤くなり俯いたサナの顔を覗き込む。
「はうぁ!大丈夫です!!はい!すいません!」
意識が飛びかけていたサナが我に返った。
「それで?どこに行くの?僕まだそんなに王都のこと知らないんだよね」
「あっ、その、とりあえず付いて来て下さい」
サナがヨハンの手を掴んで東地区内の商店街に入って行く。
二人を見つめる視線は手を繋いだ瞬間に殺気を孕んでいくのであった。
サナに案内されたのは男物の洋服屋。
「今日はね、実はヨハン君にお礼をしたくて」
「えっ?お礼だなんてそんな、別にいいよ。それにサナ達を助けたのは僕だけじゃないし」
「ううん。そんなことないよ。私たちどころか、熟練の冒険者でさえ倒すことが困難なビーストタイガーをヨハン君は倒したのでしょ?ヨハン君がいなければ私たちはきっと今頃は…………」
サナは表情を落とす。
言葉にしてみたものの、想像するだけで恐ろしい。
だが、今は暗くなっている場合じゃない。しっかりと顔を上げてヨハンを見る。
「だからね、今日はそのお礼をさせて!」
「うーん、まぁサナがそう言うなら」
そうしてそれからというもの、サナはヨハンに服を当て「どれがいいかなぁ」と楽しそうに選んでいた。
そんなサナを見ながらヨハンは「まぁいいか」とサナの厚意を受け止める。
「ヨハン君に似合う服があって良かった!」
お礼の服をプレゼントしてもらい、食事を終えている。サナに食事処も教えてもらい、そこがまた美味しかった。
そんな中、帰路に着いているのだが、横で歩くサナは満面の笑みを浮かべていた。
陽が傾いてきた頃、一際活気づいた商店街を二人は歩を進める。
周囲を見渡すと様々な店があった。陶器や果物に布製品に雑貨など。
「あっ、ちょっと待って!」
ふと視界に入ったことでサナを呼び止める。
サナはどうしたのかと疑問符を浮かべながら不思議に思うのだが、ヨハンは目に留まった露店に向かっていった。
しばらくするとサナの元にヨハンが戻って来る。
「これ、今日のお礼に」
そう言ってヨハンがサナの手を取り、手首にキラキラ輝くブレスレットを取り付けるのであった。
「…………ヨハン君…………これ………………」
聞かなくてもわかる。だが、どうしても聞き返したくなった。
「今そこの露店で見つけたんだ」
「そんな」
か細い声を上げながらサナが涙ぐむ。
「ど、どうしたのサナ!?どこか痛いの!?」
「ううん、違うの、嬉しくて。ありがとう」
「そんな泣かなくても。ああ、それとそのブレスレットなんだけど、魔力が付与されている魔道具だと思うんだ。嫌な感じが全くしないから良い魔道具だと思うんだけど、不安ならきちんと鑑定してみるよ?」
「魔道具!?そんなことわかるの!?」
「うん、前に魔道具店に行ってからなんとなくだけど魔力の付与の有無がわかるようになって、それの善し悪しも色々調べていたらわかるようになったんだ。ただ、効力まではちょっと……。プレゼントしておいてなんだけど、どうしよう?」
「いい!このままで!!ヨハン君が言うなら絶対大丈夫!!」
改めて考えると、魔道具の効力がわからないのもどうかと思う。
鑑定してもらおうかと提案したのだが、食い気味に断られた。
「そこまで言われるとちょっと不安になるな。まぁ魔力もそんなに強くないから大丈夫だろうけどね」
苦笑いしながら答える。
「えへへっ!絶対絶対大事にするからね!!」
サナはその日一番の笑顔をヨハンに向けた。
「(サナって可愛いな)」
遠くからはその日一番の殺気がヨハンに向けられ、思わず身震いして周囲を見る。
――――その夜。
寮に帰って来て入口でサナと分かれたあと自室に向かう。
その途中の談話室にモニカとエレナとレインがいるのを見かけた。
談話室は寮内に数ヵ所あり、通常男性寮と女性寮はお互い行き交うことができないが、談話室は含まれず男女がよく歓談している。時には逢引の場にも用いられていた。
「よう、ヨハン、おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえり」
「ただいま」
どこか怒気を孕んでエレナとモニカも声をかけ、レインは顔をヒクっとさせる。
「楽しかったようでなによりですわ」
「どうしたの?何か問題が起きたの?」
わけのわからない怒気を当てられながら何か起こったのかと質問をする。
「(何か起こったとしたらヨハン、お前の身に起きたことだよ!)」
レインは心の中で突っ込むのだが言葉にできない。
「いえ、何も起こっていませんわ。さて、そろそろ明日の準備もありますし、行きましょうモニカ」
「そうね。じゃあレイン、ヨハンおやすみ」
「あっ!ちょっと待って!」
エレナとモニカが部屋に戻ろうとしたところをヨハンが呼び止める。
「あのさ、これ、二人に」
肩にかけていた鞄を開けて取り出し二人に手渡した。
「えっ?これ…………」
突然ヨハンから手渡されたネックレスに驚きと戸惑いながらも聞き返す。
「今日サナと出掛けた時に見つけたんだ。絶対二人に似合うと思って。いらなかったかな?」
反応の薄い二人の様子を見ながらヨハンが迷惑だったかと思っていたところに。
「そんな!いらないだなんて!!ありがとうございます!」
エレナがヨハンの困り顔を目にしたとたん口早に話し、モニカもそれに続く。
「そうよ!急に変な物渡すからびっくりしたんじゃないの!いや、変な物ってことはないんだけど――――と、とにかく嬉しいわ!」
「そう?それなら良かった」
ほっと胸を撫で下ろした。
「……これ、着けて頂いてもよろしいでしょうか?」
エレナは手にした物に目をやりながら上目づかいにヨハンに確認する。
「あっ、エレナずるい!ヨハン私にも着けて!」
「別にいいけど?」
二人に送った色違いのネックレス。
エレナのネックレスにはトップに赤い宝石。モニカのネックレスには青い宝石がそれぞれ埋め込まれていた。
サナにブレスレットを購入する際に見かけた物で、ちょうど二人にも日頃の感謝の気持ちを込めてプレゼントしたのだった。
そうしてエレナとモニカにお願いされ、二人の首に着けるのだが思わず恥じらいを覚えるのは「(なんだか良い匂いするな)」と髪をかきあげる二人から仄かに香る匂いに釣られてしまうから。
「ありがとうヨハン!じゃあまた明日ね!」
「ではまた明日」
ネックレスを着けた二人がヨハンに声を掛けて背を向ける。
上機嫌で部屋に戻ろうとしてところに背後から声が聞こえた。
「――あっ、これレインの分だから」
「「えっ!?」」
二人の後ろからそんな声が聞こえ、バッと振り返るとレインに指輪を渡しているヨハンがいた。
「おっ、俺にもあんのか?やりぃ、ありがとな!」
指輪を受け取ったレインは部屋に戻ろうとした二人を見て頭に手を乗せ笑う。
レインに苛立ちを覚える。
殺気を放ちながら二人は部屋に戻ったのだが、怒りの収まらない二人によって翌日レインは模擬戦でぼこぼこにされたのであった。




