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第 三百七 話 英雄扱い

 

「えっと……。どういうことでしょうか?」


 帝都に戻って孤児院に顔を出し、アイシャや他の子ども達には大いに歓迎され迎えた翌日。カレンが一人で伝言を持って孤児院を訪れていた。


「だから、お父様、現皇帝であるマーガス帝があなたに爵位を授けるのですって」

「へぇ凄いわねヨハンくん」


 孤児院の応接間。アイシャがドミトールの茶葉で淹れた紅茶を出しており、ミモザが匂いを嗅ぎながら口に運んでいる。


「でもほんとに香り豊かねこの紅茶」

「ですよね。私もこれすっごい良いと思うの」

「じゃあ定期的に取り寄せておいてあげるよ」

「ほんとですかニーナさん!?」

「もちろんじゃない。アイシャちゃんのためなら。あたしに任せておいて」


 ドンっと胸を張って孤児院に定期的に茶葉の仕入れを約束するニーナにアイシャは顔を綻ばせていた。

 ニーナが安請け合いするのは、アダムから今後何かできることがあればいつでも言って来て欲しいと。その例えに茶葉の流通のことが含まれているので自信を持って断言できるし事実その通り。


「うわぁ。ありがとうございます!」

「私も嬉しいわぁ。ありがとニーナちゃん」

「えへへ」


 ミモザに頭を撫でられ嬉しそうにしているニーナ。全く以てカレンが持ち込んできた話に驚きを示していない。誰一人として。


「い、いやちょっと待ってよみんな。なんでそんなに冷静なのさ」


 困惑しているのが自分だけのこの状況が異常ではないかと思えるほどの周囲の落ち着き。何事も起きていない。平時と変わらない。


「だって帝国を救った英雄なのでしょ? なら当然じゃない」

「そんなわけないじゃないですか!」


 英雄などということなどない。話が誇大してしまっている。


「一体何がどうなってそんなことに…………」


 ミモザには昨晩の内にドミトールで起きた出来事の一部始終を話して聞かせていた。ヨハンとニーナが無事に帰って来たことをまず喜んでくれているのだが、その中に帝国を救ったなどということは話していない。そもそも事実ですらない。多少の激しい戦闘があったという程度。


「それで爵位は?」

「……あー、いえ。わたしも詳しくは聞いていないので。……たぶん、騎士爵ではないかと」


 ミモザの問いにカレンが僅かに口籠りながら答える。ミモザは疑問符を浮かべるのだが、同時に考えるのは、騎士爵ならそれほど珍しいものでもない。


「それもそうね。なら面白くもなんともないわね」

「騎士爵って?」


 首を傾げるニーナ。


「ニーナちゃんは知らないのね。まぁ簡単に言うとヨハンくんの場合は一代限りの名誉爵位ってとこね。一般的に騎士爵と呼称されているけど、時には勲功爵とも呼ばれている爵位のことよ」


 公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の貴族の基本五階級に含まれない階級。

 基本的には帝国兵団などの将軍、栄誉職の際に授与される爵位ではあり、その際は騎士爵家とも扱われる。それ以外には国に大きく貢献した時にも授与されることがあった。

 しかしそれが今回異例中の異例なのは、通常爵位が授与されるのはその国に帰属している場合の時であり、帝国の冒険者として多大な貢献をすれば爵位を賜れる可能性はあるのだが、永住しているわけでもなく他国に籍があるヨハンに授与されるなどということは通常あり得ない。


「ヨハンさん。すごいですよねぇ」

「いやいやアイシャ、そこだけ聞くと凄いのかもしれないけどさ……」

「私はヨハンさんなら別に不思議はないですよ?」


 絶対的に揺るがないアイシャの信頼に返す言葉がなくなる。


「でも僕ほんとにそんな大したことしてないよ」


 頬をポリポリと掻きながら抱く困惑。


「はいニーナちゃん。ヨハンくんが向こうでしたことをもう一度話してみて」


 ミモザがニーナをピシッと指差した。


「お兄ちゃんが向こうでしたこと?」


 口元に指を一本当てるニーナは上を見ながら思い返す。


「えっと。まずドミトールに行って、暗殺されかけたルーシュ様を助けてぇ。それでシトラスに捕まったあたしを助けてくれてぇ。アイシャちゃんの村や帝国中に被害をだしていた魔道具の一件を解明したことと、メイデント領の茶葉を帝都に流通させる約束を取り付けたことに、あとは反逆者に仕立て上げられたカレンさんを助けたこと。ついでに龍脈を正常に戻したことぐらいかな?」

「はい受勲されるには十分な理由ね」


 満足そうに再び紅茶を口に運ぶミモザを見ながら苦笑いしかできない。


「いやいやちょっと待ってよ」


 確かに端的に言えばそうなのかもしれない。しかしおかしなことがいくつもある。

 暗殺、元々未遂に仕立て上げるつもりだったのだが、それもニーナの嗅ぎ分けられる鼻がなければ防げなかった。魔族であったシトラスに関してもニーナが捕まらなければ辿り着けなかったし、カレンやセレティアナの力がなければ倒しきれなかった。茶葉の流通を取り付けたのだなんて、実質カレンとラウルの二人でしたこと。何の貢献もしていない。

 挙句の果てに、ジェイドとバルトラの二人には敗北した上に殺されかけてカレンとセレティアナに助けてもらう始末。まだまだ自分の力不足を痛感していた。だいたい龍脈の正常化なんてものは副産物。結果そうなっただけで意図していたものではない。


「そもそも僕一人だけじゃなくて……」

「言いたいことがあるなら明日の謁見の時に好きに言いなさい」


 次の日には叙勲式を設けるという唐突な展開もまた混乱の原因。


「言っていいんですか? そんな時に」

「ダメよヨハンくん。言ったらコレよコレ」


 首元に親指を持っていき、横にスッと動かすミモザ。


「処刑……ですか?」

「当り前じゃない。カレンちゃんの話だと皇帝がそれを決めたのでしょ? なら国の最高機関の決定に背くことになるわ。臣下でもないただの冒険者でしかないあたなた意見すれば当然そうなるわよ。もしそれが嫌なら今晩中に逃げるしかないわね」

「そんなのわたしが許さないわ。兄さんには絶対に連れて来いって言われてるのだから」

「えぇっ…………」


 逃亡などをするつもりはないのだが、そうでなくとも逃げ道などどこにもなかった。


「とにかく。伝えたわよ。明日はニーナと二人で城に来て頂戴。そこで着替えてもらうから」

「……わかりました」


 しぶしぶ返事をするヨハンを横目に満足そうに立ち上がるカレン。そのカレンの様子を見たミモザは疑問符を浮かべながら首を傾げる。


「カレンちゃん?」

「はい。なんでしょうミモザさん」

「嬉しそうね? 何か他にも良いことあるのかしら?」

「えっ? あっ、やっ、べ、別にないですよ!」


 ポッと顔を赤らめる様子を見るミモザは更に疑問に思っていた。


「じゃ、じゃあわたしはこれで。絶対遅れないでよ!」


 そのままスタスタと部屋を出ていくカレンの後ろ姿を見送る。


 小さい頃から見て来たカレンの変化に気付いたミモザ。ヨハンが爵位を受ける話をしていた時も嬉しそうに話していたのだが、どうにも腑に落ちない。それだけではないと思えて来た。


(あの様子。たぶん他にも何かありそうね。ラウルに聞いてみようっと)


 そうして後で孤児院を出てこっそり城に行ったミモザはラウルから翌日の予定を聞くと大声で笑う。そのままの足で冒険者ギルドに向かい、ミモザと同じく叙勲式に参列予定のアリエルに今正に聞いたことを話しに行っていた。


「――なるほど。それは面白い」

「でしょ! まさかこんなことになるなんてねぇ!」

「だが、あの子が自由になるためには確かにそれも一つなのだが、カレン様の気持ちは大丈夫なのか?」

「あっ、それは大丈夫よ。私が保証するわ」

「そうか」


 満足気にルンルンとした足取りでミモザは孤児院に戻って来る。


「……なんですかミモザさん?」


 夕食時、ミモザからニヤニヤとした目で見られることがヨハンは不気味でならなかった。


「ううんー。なんでもないわぁ。明日が楽しみね」

「何を言ってるんですか。全然楽しみじゃないですよ」

「そういえば叙勲式の手順とか知ってるの?」

「まぁ一応は。シグラムと同じでいいんですよね?」

「そうね。それでいいわ。でも間違えたらこっ恥ずかしいわよ」

「ですよねぇ」


 冒険者学校でも式典関係の基礎だけは教わったのだがもう遠い昔に感じられる。

 夕食後、部屋で一人ベッドに横になりながら天井を見上げて思い出していた。


『英雄になれば勲功があるんだぜ?』

『へぇ。どんな感じになるのかな?』

『もちろん厳格な場だ。台詞も決まってるんだぜ』

『ちょっと練習してみる?』

『はははっ。いいぜやろうぜ!』


 レインと二人で遊びながらしたことを懐かしむ。まさかそれが本当に活用される時が来るなどとはその時は思いもしなかった。


「はあぁっ。帰ったら絶対にびっくりされるんだろうな」


 溜め息しか出ない。

 レインは大笑いしそうであり、エレナとモニカもそれなりに驚きを示すのだろうなといった程度には想像できる。長期遠征に出て帰って来ればまさかの爵位を授与されているなどはきっと想像もしていないだろうと。


 頭の中で翌日の叙勲式の練習、台詞を言い間違えないように繰り返していながら夜が更けていった。



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