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第 三百六 話 閑話 埋められた隙間

 

「あなたはだれ?」


 帝国城の一室。古い書物が多く並んだ本棚がいくつもあるその中で、床には何冊もの本が散乱していた。


「初めまして。ボクはセレティアナ」


 床に尻もちをつきながら疑問符を浮かべてふよふよと空中に浮かんでいる小さな存在を目にしている少女。誰もが振り返る程の透き通る様な銀髪が強く目を惹く容姿端麗なその少女、カレンはボーっと呆けた眼差しで目の前の精霊を見ている。


「きみの名前は?」

「……カレン」

「そう。カレンだね。よろしくカレンちゃん」


 そっと伸ばされた腕に対してなんとなく手を伸ばすと指を一本だけ握られた。その身体の大きさの違いにそもそも疑問を持たなければいけないのだが、カレンにはそんなことどうでも良かった。



 セレティアナとの別れを迎える二年程前。それは出会いの時。

 継承権のないカレンはそれでも何か自分に出来ることはないかと一人帝国城の書物を閲覧しようと訪れている。そんな中、高所にある書に手を伸ばしたところ、バランスを崩してドサドサと本をひっくり返してしまっていた。


 パラっと捲れた一冊の本。精霊に関する記述が書かれた本の中に描かれていた一つの魔方陣。


「なにかしら? 見たことない文字だけど?」


 後になってセレティアナに教えてもらったそれは古代文字で書かれていた魔法陣。過去の魔法研究者によって調査された紋様。それがなんとなく気になって手を伸ばし、指が触れた途端に魔方陣は眩い輝きを放つ。


 状況の理解が追い付かない中で現れた自身を精霊だと称する小さな生物。まるで妖精かと見紛うような見た目をした存在は生物などではないのだが、カレンの知る精霊ともまた違っており、理解するまでに僅かな時間を要した。それほどまでにセレティアナはカレンに対して自己を主張して状況を話して聞かせている。精霊の知識の中にはそのような行動を取る存在など、契約を交わしていない中でそんなことが可能などということはあり得なかった。


「それはきみ達人間が得ている知識に過ぎないからね」


 あっけらかんと言い放つ、自身の存在、その超常なる精霊としての格を窺わせながらも砕けた話口調のセレティアナにカレンは親しみを覚えるのに何故かそれほど時間が掛からない。


「きみの願いはなんだいカレンちゃん? 言ってみてよ」

「わたしの願いは帝国の繁栄に貢献することよ?」

「……へぇ」


 ジッとカレンを凝視するセレティアナにはそれが真意ではないと知っている。それでも言葉にしたその願いもまた本音であった。


「なに?」

「ううん。別に。ならきみはボクを召喚したのだから、せっかくだしボクと契約してみる?」

「……そうね。詳しい話を聞いても?」

「もちろん」


 ニコリと答えたセレティアナはカレンの精霊術士としての素質とその可能性を話して聞かせる。


「わたしにそんな力が?」

「うん。気付いてなかったんだね」

「ええ。でも、もしそうならわたしも認めてもらえるわね」


 そうしてセレティアナとカレンによる契約が成立した。

 通常ではあり得ない程に簡素なその最初の契約。次に行われたカレンからの契約の提示。それは対等な立場としての契約。セレティアナを見ている限り、精霊を使役するといった感じにはどうしても見えなかったので提示したのだが、実際の心理としては城内で友と呼べる間柄の人がいなかったということからきた寂しさだということを後にセレティアナから指摘されて恥ずかしい思いをすることになる。


 互いの意思の尊重を重視した間柄。気を遣う必要のない関係。その心地良さを自覚するまでそんなに時間は掛からなかった。


「もしカレンちゃんに好きな人が出来て、ボクが必要なくなったらお別れになるかもしれないね」

「そんなことあるわけないじゃない」

「そんなにそのラウルっていうお兄さんがいいの?」

「当り前じゃない。兄さんは強くてカッコいいの。それに、わたしは好きな人を作ったところで意味がないもの」


 皇女として生まれたからこそのその宿命。想い人と添い遂げることなどあり得ない。


「ならボクの願いも叶えてもらえそうかな」

「任せて。って言えたらいいのだけど」


 一方的な契約ではなく、セレティアナの事情を聞いたカレンは龍脈の弱体化の解決、可能な範囲でそれを行うことを決めている。


 あくまでも可能な範囲。その大前提は覆らないのだがセレティアナにはわかっていた。この契約が確実に履行されるかどうかということではなく、必ずそれが履行可能な状況に直面するのだということを。状況次第ではそれが不履行になるかもしれないことも併せて知っていたのだが口にはしなかった。


 そのことを告げることなく、契約が解消されることになるその条件も提示している。


 ・今後、精霊王としての力を取り戻し、自身の存在を必要としなくなる程にカレンが力を身に付けることが出来た時。

 ・術者で契約主であるカレンが死んだとき。

 ・他の上位精霊と契約を交わした時。二重契約に該当する時。


 基本的に日常を過ごしていればその可能性がある場合にはセレティアナから注意喚起ができることばかりである。だが、その中でも咄嗟の事態で意思とは関係なく契約が解消されることになるその条項。


 ・契約者であるカレンが自身の明確な意思の下、自身が命の危機に直面している、又はそれに相当する危険に曝されている状況に陥っているにも関わらず、他者の命を救うために優先してセレティアナの力を該当者に向けて行使してしまった時。


「これはボクがカレンちゃんを守るという意思ではどうにもできないことだからね」

「わかったわ」

「くれぐれも頼むよカレンちゃん」

「ええ」


 契約する精霊からすれば契約主の安全を放棄して他者を護るということ。それは相当な違反なのだと真剣な眼差しを以て伝えられていた。



 そして二年後。



(あれからも色んなことがあったわね)


 ガタゴトと車輪の音を鳴らす帝都に戻る帰り道の馬車。程よい風を感じながら車窓から見る景色を眺めてセレティアナとのいくつもの思い出に思いを馳せながらそっと首元にぶら下げていた翡翠色の石を手に持ち見る。


「ねぇねぇお兄ちゃん。これすっごくおいしいよ」

「どれどれ?」


 正面、ドミトール産のクッキーをパクパクと口にしているニーナの横にヨハンが座っていた。


(ありがとうティア。ティアのおかげで彼を死なさずに済んだわ)


 視線を中に向けて、慈しむような笑みを浮かべてヨハンを見る。


「……カレンさん」

「な、なにニーナ?」


 またニーナに問いただされると感じて思わず息を呑んだ。


「あげませんからねっ!」

「え?」


 チラリと視線をニーナの手元に向けるとクッキーを隠すように僅かに後ろに下げられる。


「いらないわよっ!」

「うそ。絶対羨ましそうにこっちを見ていたもん!」

「そんなわけないじゃない!」

「じゃあボーっと何を見ていたんですか? あっ。やっぱお兄――」

「く、クッキーに決まってるじゃない!」

「絶対うそだっ!」

「ちょ、ちょっと二人とも」


 まぁまぁ、といった感じでヨハンが仲介に入るのだが、ニーナはニヤッとカレンに向けて笑いかける。


「はい。お兄ちゃん、あーん!」

「「え?」」


 スッとクッキーを手に取り、ヨハンに顔を近付けて口の中に放り込んだ。


「もぐもぐ。あっ、ほんとだ。これ美味しいや」

「でしょー」


 フフンとしたり顔をしながらヨハンと腕を組むニーナを見てカレンは俯き加減にプルプルと肩を震わせる。


「ニーナ?」

「なに?」


 冷たく底冷えのするような声。


「あなたは喧嘩を売っているのかしら?」

「素直じゃないカレンさんが悪いんだよ?」

「へぇ。そう?」


 まるで動じないニーナ。


「だいたいティアちゃんとお別れしたから喧嘩をしたところであたしが負けるはずないじゃない。そんな相手に喧嘩なんて売らないよ?」

「あっそう」


 顔を上げた途端に翡翠色の石が輝き始めた。


「へ?」

「実はね。まだ検証しなければいけないこともあるから落ち着いたら話そうと思っていたのだけど、ティアはわたしに置き土産をくれてたみたいなのよね」


 不気味な笑み。ニコリと笑うカレンの周囲に色とりどりの光が漂い始める。


「そ、それって……」

「そうよ。微精霊の加護よッ!」

「ちょ、ちょっとカレンさん! こんなところで使ったら!」

「問答無用ッ! この子にはいい加減教育というものを教えてあげないとね!」


 ドカンと轟音を響かせる馬車はモクモクと煙を上げていた。


 突然の轟音に思わず身構える兵達。襲撃を受けたと勘違いするのだが、すぐに馬車から飛び出して来たニーナをカレンが追いかける。


「待ちなさいっ!」

「待つわけないじゃない!」


 その様子を後方からラウルとシンとローズが護衛に当たりながら見ており、ジェイドとバルトラは最前列に位置していた。


「旦那。妹はいつもあんな感じで?」

「そうではないのだが、楽しそうだな」

「もし彼がカレン様の想い人になればお兄さんとしてはどうなのですか?」

「おいおいローズ。んなもん身分が違い過ぎるだろ。だいたいカレン様はどっかのお貴族様に嫁がなければいけないんだろ?」


 ローズとしては戦ったからこそわかるそのカレンの心情。推測でしかないのだが、どうにもヨハンに気がある、そう思えて仕方ない。今回の一件でカレンの地位は確かにいくらか向上したのだが、それでもその鳥籠のような人生を不憫に思えてならない。


「……確かにそうだけど」


 貴族、引いては権力者や豪族商人など地位ある立場なら常識であるその婚姻。身分の違いがあれば想い人と添い遂げることなどほぼ叶わない。


「うーん。いや。それはそれでアリだな。アトムとエリザさんと親戚になるのも悪くないしな」

「「えっ!?」」


 突然のラウルの言葉に目を丸くさせるシンとローズ。


「どうした?」

「い、いや旦那……」

「い、今なんとおっしゃられましたか?」


 思わず耳を疑った。一体誰と誰の名前が飛び出して来たのかと。


「ん? ああ。もしかしてお前達は知らなかったのか? あいつがアトムとエリザさんの息子だって」


 あんぐりと口を開けるシンと額を抑えるローズ。


「(なるほど。そりゃあ強いわけだぜアイツ)」

「(あ、危なかった。バルトラが殺してしまってたらどうなっていたの私達)」


 突然知らされた事実に驚愕せずにはいられなかった。



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